星よ、貫け運命を!(MF🏎⛴ss) ──これはプリテンダー達が地球に来るよりもっと前。平和で豊かだったセイバートロン星に、争いの火種が撒かれ始めた頃の話。
セイバートロン星のとある地域。そこには“プリテンダー”と呼ばれる、超ロボット生命体ながら有機体へと擬態することも可能な種族が多く暮らしていた。
星全体で見れば少数の民族であるが、他の種族と交流をとりながら、穏やかに生活を送っていた。
──繁華街を歩く、黒と白のシンプルなボディーカラーが様になる男、ダイバーもプリテンダーの一人だった。
ダイバーは、暗い顔をしながら並ぶ店を眺める。
(ここらへんもすっかり活気を失っちまってる)
そう遅くない時間にも関わらず多く閉じられたシャッター。商品が殆ど並べられていない店。客を呼び込むこともなく俯いて店の奥に構える店主。そんな本来なら異様である風景を眺めて、ダイバーは静かにため息をついた。
今、セイバートロン星には一つの大きな動きが起きていた。
──破壊大帝メガトロン。
そう名乗る男がデストロンという集団を作り、多くの武力を抱え市民を襲い始めたのだ。
彼らの目的は武力中心の政治、潤沢な資源の独占と、それを保持する為の兵力だった。
物資の強奪と、それに抗う為の軍需。街から平和な日常を送るの為の物資は消えてゆき、また戦いの中で人々そのものすらも失われつつあった。それは戦闘で命を落としたり、拉致・洗脳をされたり、様々な理由であった。
突如変わってしまった日常に人々は疲弊していた。穏やかな日々が帰ってくることを信じる事が出来なくなっていっていた。今まだ残っている人々からすらも生きる力が日に日に失われつつあった。
(ここの酒屋の店主はデストロンに拉致されたらしい。あそこのエネルギーショップは家族を亡くし表に顔を見せなくなった。くそっ……くそっ……!)
悪い方向にしか変わっていかない日々に、ダイバーは歯を食いしばって拳を震わせるしかなかった。
ダイバーは街の警官だった。勉学も嫌いではなかったし、生物学への興味も尽きなかったが、自分は何より腕っぷしが人の役に立つだろうと思いその道に進んだ男であった。
その腕で人々を助けたかった。街の人々の笑顔を眺めるのが好きだった。なのに今はどうだろう。大きな黒い力の渦に為すすべなく飲み込まれていくしかなかった。
──希望を、暗闇を照らす星をダイバーは渇望するしかなかった。
項垂れながらも宿舎への歩をダイバーが進める中、事件は起きた。
「テメェーッ!ここが医療施設だって分かってんのか!」
一人の青年の叫び声が響いた。
慌ててダイバーが駆けつけると、白と赤のボディの青年が、紫のボディの男へとしがみついていた。男のボディにはデストロンのマークがついている。
紫の男はどうやら青年の背後にある医療施設に向かおうとしているらしい。だが、手には剣と盾を持っており、“本来”の目的でそこを利用するわけではないことは明白だった。
周囲の街の人間はおろおろと男と青年を見守っていた。だが無理もなかった。相手は武器を持っているデストロンで、街の建物の様子を見るに、以前にも被害を受けた跡がある。恐らく威嚇の為の攻撃もされているだろう。人々から、立ち向かう為の活力が失われていた。
デストロンの男は青年のふんばりをものともせず投げ飛ばし、青年の後ろにある医療施設へと歩を進めようとする。それでもまた青年は立ち上がり、絶対に行かせるものかと手を広げ立ちふさがった。
「お前らのせいでなぁ……っ、どれだけ傷ついた人々がいると思ってんだ!これ以上好きにはさせねえぞ……!」
「そんなのは俺の知ったこっちゃねえなあ!ここにエネルギー貯蔵庫の情報を持った奴がいるんだよ。ソイツを出しな」
「出すわけねぇーだろ……っ!」
青年の瞳は、震えながらも真っ直ぐに男を睨みつけていた。胸元につけた赤いクロスマークを見るに医療関係者なのだろう。力を持たずとも守るべきものの為に立ち向かう姿に、ダイバーは思わず息をのんだ。
苛立った男が持っていた剣で青年に斬りかかろうとしたその時──、間一髪でダイバーの斧が弾き返した。
「ギルマー!!」
「なぁんだ、お巡りさんじゃねえか」
紫の男、ギルマーとダイバーは旧知の仲、言うなれば宿敵の関係であった。
だが、今はそんな事はダイバーにとってはどうでもよかった。
(この青年の守ろうとしたものを、そしてこの青年を……俺は絶対に守らなきゃならない!)
青年の正義の心がダイバーの心を熱く燃やした。斧を握る手に強い覚悟が籠められる。
(──敵の人数は、ギルマーだけじゃなく背後にドローン兵がいたな。俺の手持ちは実質……この斧だけか)
ギルマーは後ろに兵を構えさせていた。白兵戦には向かない状況にダイバーの顔は険しくなる。腰に警官用の銃も備えていたが、すぐ真後ろに守るべきものが残されている状況では、相手との距離を取って一体ずつ処理している余裕は無い。それでも、やるしかなかった。
青年にダイバーは笑いかける。
「君はここの施設の者だな。よく耐えてくれた。後は任せて周囲に怪我人がいないか確認をするんだ」
「オッサン、でもアンタ……!」
「君は君のやるべき事を為せ!」
ハッとした青年は駆け出す。同時にダイバーもギルマーへと斧を構えた。
ギルマーもまた剣をダイバーへと突き付けながら、くつくつと笑う。
「ヒーローごっこは楽しいかあ?」
「俺もそんな趣味はないんだがねえ……!」
駆け出し叩きつけたダイバーの斬撃をギルマーの盾が受け止める。その盾の後ろから繰り出される剣を寸の所で斧が防ぐ。一瞬の判断のミスも許されない高速の鍔迫り合いだった。
だがダイバーの相手は一人ではない。ギルマーの横から施設へと乗り込もうとするドローン兵がダイバーの視界に入る。
剣を斧で制止しながら、ダイバーは腰の銃に手を伸ばした。
「…………!」
しかし、銃の斜線には民間人がいることにダイバーは気づいてしまった。もし避けられれば取り返しのつかないことになってしまう。手に取りかけた銃は取りこぼしてしまったが、剣を振り切りドローン兵と駆け出し、体当たりを喰らわせる。その一体は確かに機能を停止させた。
「ほぉらほら俺と遊んでくれよお!」
「……!くそっ!」
隙を見せたダイバーの背後から再びギルマーが斬りかかる。咄嗟に体勢を立て直し斧で受け止めながらも、力で圧されて足場を崩し、膝立ちで受け止める形になってしまう。その中でも他のドローン兵は侵入を止めなかった。
動揺した瞬間を狙ってギルマーの蹴りがダイバーの横腹を抉る。手から落ちた斧が地面を揺らす音が脳に響いた。
(俺は……何もっ……!)
蹴りの衝撃で地に倒れ伏しながら、ダイバーの目の前は真っ暗になってしまった。それは心の中も。あまりに、あまりに無力だった。
──その時だった。
「このランダー様が相手になるってんだよおっ!」
一等星のように眩く映ったのは、銃の光線だったのか、そのボディの白色だったのか。
ダイバーの取りこぼした銃がたまたま滑っていっていたのだろう。
先程の青年は銃で一体のドローン兵を撃ち抜いていた。
構えもおかしい。反動で手も震えている。それでも青年は果敢に叫んだ。
「こっちに来いよ木偶の坊共!!」
味方を撃ち抜いた青年にドローン兵はターゲットを変更する。青年はガムシャラに駆け出した。
ダイバーはその無茶な行動に顔をしかめる。
「あんのバカッ!」
「人を気にかける余裕があんのかあ?」
「ぐうっ!」
青年を気にかけたダイバーのその隙に、ギルマーは無慈悲に剣を叩きつけた。その斬撃は、咄嗟に頭を庇ったダイバーの左腕の制御回路を破壊した。
肩がズキズキと、神経がショートした事をダイバーに訴えかける。それでも、ダイバーは再び立ち上がった。
ギルマーとの距離を取りながら、力の入らなくなった左腕を無視してダイバーは右の拳を握りしめた。
(青年を助けるにはコイツがどうしても……。だが、間に合うか……?)
それでも、間に合わせなければならない。守り通さなければならない。
ダイバーは解決の糸口を探すように青年にチラリと目をやった。そこでふと気づく。
(…………?アイツ、もしかして)
青年はどうにも目的もなく逃げている様子には見えない。その目はらんらんと輝き口元はニヤリとしている。何かを企んでるとしか思えない顔だった。
──ダイバーは一つの“賭け”に出た。
再びギルマーへと向き合い右の握り拳を叩きつける。
「ははっ、ヒーロー様でも見捨てる命はあるよなあ!」
「……それはどうだろうなあっ」
盾で拳を防ぎながらギルマーは嘲笑う。
それでもダイバーは信じた、希望の星を。
突如、ガラガラと大きな音が響いた。
「な、なんだあ!」
「…………よしっ!」
ギルマーは驚き、ダイバーはニヤリと笑う。
それは一つの廃屋が崩された音だった。
土煙の中から、白いボディがその姿を見せる。
「ここはなあっ!アンタらのせいでボロボロになって放置されてたんだよ!」
青年は逃げるふりをしてドローン兵を廃屋に誘い込んだのだ。
スピードが劣っていたドローン兵は誘い込まれた後、廃屋から脱出した青年に追いつく前に銃で入口を破壊され、そのまま生き埋めになっていた。
青年には勝機があったのだ。
──ダイバーは賭けに勝った。
「よくやったあっ!」
「いぇーい!」
思わず叫ぶように歓喜の声をあげたダイバーに、青年は気の抜けたピースを送る。
「くそおっ!」
ギルマーは悔しさで地面を蹴り飛ばした。
ダイバーはギルマーに拳を構える。もうそこに迷いはない。静かな怒りが空気を揺るがせた。
「…………まだやるか?」
「……くそっ、これ以上やってられるか!」
街の市民もただただ怯えているだけのはずがない。他の警察が集まってくるのは時間の問題だった。
不利な状況になる前に、ギルマーは遠くへと走り去った──。
「派手にやったねえ。まあ僕なら治せますけど?」
「天才医学者の卵さんがいてよかったよ」
「研修医だと思って馬鹿にしてなぁい?」
──戦いが終わった後、そのままダイバーは施設で治療を受けていた。幸いにも腕の回路は治療だけで、新たなパーツの付け替えを必要としていなかった。
物資の供給が限られてる今、治療の為のパーツは勿論だが、銃のエネルギーなども考えなければいけない。先程の武器を失った戦闘の事も思い出しながら、肉体を使った戦闘スタイルをもっと洗練させなければいけないなとダイバーは内省した。
ダイバーは手当を施す先程の青年に目を向ける。
「ランダー、でよかったよな?」
「そうだよ。アンタのヒーロー様なんだからしっかり覚えとけよな」
「ははは、ヒーロー様は腕は大丈夫かい?」
ダイバーはその青年、ランダーの腕を心配していた。銃の反動が肉体に及ぼす影響は馬鹿には出来ない。
「まーちょっとビリビリするけどねえ」
ランダーは手首を振りながら肩をすくめる。
「オッサンが羨ましいよ。──僕には、誰かを守る力があんまりにもない」
「……君の活躍は凄かったじゃないか」
「アンタが来なけりゃ何も出来なかったよ。まあ、ヒーローやれたのもたまたま状況がよかっただけだもんなあ。あの廃屋がなけりゃ今頃お陀仏だよ僕はね!」
「…………」
ダイバーはへらへらと笑うランダーの目を見つめた。軽いノリで話しながらもその目は、己の無力を悔しがっていた。
(……サイバトロン、か)
ダイバーは一つの名前を思い出していた。
サイバトロン。それは遠く離れた地域で一人の青年が、正義の為デストロンに対抗すべく生み出した民間の戦士達の総称だった。
その名と活動は少しずつ様々な地域に広がっていき、プリテンダーの警察達の中でも話題になっていた。
ダイバーは民間人を巻き込む事は反対だった。
──だが、今人々は暗闇の中に囚われている。それは警察のメンバーも例外ではなかったし、先程の戦いの中の自分ですらもあの瞬間はそうであった。
(今、大きな力の闇に立ち向かう、勇気の輝きが必要なのかもしれない)
ダイバーはランダーを力強く見つめた。
ランダーという青年は、医療技術もある上に頭の回転が速い。そして何より、誰かを守る為に戦える、真っ直ぐな勇気を持っている。
大きな闇へと立ち向かうとしたら、きっとこんな男が必要だと思った。
突然にダイバーから黙ったまま見つめられたランダーは、困ったようにおどけた笑みを浮かべた。
「なになに?何か手当てでマズいとこあった?」
「俺が鍛えてやるっていったらどうする?」
「……えっ?」
「口説いてるんだよ。──サイバトロンって知ってるか?」
──これはいつかの昔話。遠い未来の地球で大きな運命に立ち向かう、眩い勇気の星々が集う、昔の話。