待たせたな マトリフがこの世を去って十年が経つ。私はまだ彼のことが忘れられない。
波の音は今日も絶えない。この洞窟にいると時間の感覚が麻痺していくようだ。人里離れた場所であるから人間はいないし、大渦があるせいか魔物も寄り付かない。
ただ日々は穏やかに過ぎていく。昨日と同じようで少しだけ違う日々が、波のように無限に繰り返していく。そこにささやかな楽しみを見出すこともできずに、あれほど愛読した本すらも、最近では埃を被っている。
旅に出るのも気晴らしになると勧めてくれたのはマトリフの愛弟子だ。だがその言葉もその場限り頷いただけで終わってしまった。いつの間にか少年から立派な青年に成長した姿を、マトリフも見たかっただろう。あれほど心配していた宮仕えでの苦労も杞憂に終わり、後進育成に力を入れているようだ。たまにこの洞窟へと訪れては、マトリフの思い出に付き合ってくれる。
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