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うちよそ（北松とむらと椥辻左京）
役はあくまで役なのか、中の人とは切り離せるか。オタクの課題ともいいますね

##うちよそ

何度目かの椥辻の家。
私物なんだか持ち込まれたものなんだか判別付き難いものが多い部屋の一角に自分の出演作が並べられているのを見つけたとき、どことなく気恥ずかしさを感じたのを思い出す。
状況が状況だっただけに何者でもない素の自分をさらけ出した数少ない人物だから、余計に。
そのせいだろうか、椥辻を相手に殻を被るのが難しい自分がいる。

――北松とむらは、一度演じた役を忘れない。
それらすべてが『北松とむら』を演じる上での引き出しとなるから。

だから、椥辻の部屋に"ない"作品も、すぐに気づいてしまった。
せめて買い揃えられた作品に傾向のひとつでもあればよかったのだろう。
北松が主演の作品だけ、あるいは特定のジャンルだけ。そういった傾向があれば、そういうものだと納得してそれきりだったかもしれない。
けれどそうではなかった。むしろ逆だったのだ。ある特定のジャンルだけが、置かれていなかった。

（どっち、なんだろう）

少なくない数の濡れ場をこなしてきた。
相手は女性のときもあったし、男性のときもあった。いわゆる「攻め」も、「受け」も、両方した。
そういえば不思議と、普通に女性を抱く演技だけはしたことがなかったっけ。無理やりにさせられる役はあったけれど。

飲み物を用意しているらしい背中に向けて、ある台詞を投げかけてみることにした。
北松が主演で、女性を抱かされ、男性に抱かれた作品。この部屋に"ない"もの。
半野京を演じながら、他人のなかに自分の存在価値を見出すもんじゃないと思わされた作品だった。
反応が無いなら無いで、それでいい。次の撮影の台本読みとでも言えばいい。
そうじゃなかったら、どうしようか。

「……『君を狂わせでもしなければ、君は僕を見ないじゃないか』」

かちゃん、と食器かなにかをぶつけた音が鳴る。
ゆっくりと振り向いた椥辻の表情に、要らぬ嘘をつく必要はなくなったな、と思った。
……あれ。今の自分は、どっちなんだろう。

「左京さんに、『京くん』は、どう映りました？」

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