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    弟へ ピアス買ったよ オニイチャンより

    ##うちよそ

    「ピアス、買ってやるよ」

    そうは言ったものの、あれの趣味を把握しているわけでもなく、そのためだけに外へ出る時間が取れるわけでもなく、ずるずると半月ほどが経過していた。「ねえねえピアス何時買ってくれんの」などという催促のひとつもはいるかと思いきや、あの日以来ピアスの話題を出してすらいない。ファーストピアスをつけたままにしているあたり、開けた穴を塞ぐつもりはないらしいが。
    客先からの道すがら、そんなことを考えながら歩いていると1軒のアクセサリー店が目に留まる。派手な主張のない店構えで、店先に展示された商品の値札を見るに、少なくとも流行に敏感な若年層をターゲットとした店でないことがわかる。
    次の客との予定まではまだ時間があったはずだ。手帳を開いて問題のないことを確認した肇は、コツ、とひとつ軽やかな音を鳴らして、アクセサリー店の中へと向かった。

    店内に入ってひとつひとつを眺めていくと、やはりそういった客層を意識しているのか、いずれも年齢や性別を問わないようなシンプルなデザインのアクセサリーが並ぶ。そんな中、この店に置かれるには些か浮いた雰囲気の、しかし肇の気を引くには十分なものがあった。

    2つのピアスが細く短いチェーンで繋がれている、2ホール用のピアス。
    片方は何の装飾もない小ぶりなドットピアスで、全体にマット加工が施されており、金属特有の光沢感はない。色は黒、シルバー、ゴールドの3色。
    もう片方はシルバーの土台に小さな石をはめ込んだデザインのピアス。こちらはドットピアスに比べて一回りほど大きいだろうか。石の種類は豊富で、組み合わせにしてざっと見ただけでも40近くはありそうだ。
    けして少なくはないそれらの中から肇が手にしたのは、黒と緑色の石の組み合わせだった。石の名前を確認すると、アレキサンドライトと書かれている。
    棚を離れ、レジへ一歩踏み出そうとしたその時、彼が入店してから今に至るまで一言も発さなかった店員が「お決まりですか」と口を開いた。一瞬面食らうも、「ええ」と返して、手にしたピアスを店員に渡す。

    「ラッピングはいかがいたしましょう」
    「無しで構わない」
    「かしこまりました」

    手短なやり取りを経て会計までを済ませ、ピアスがおさめられた小さなケースを受け取る。紙袋は、と訊ねられたがそれも不要と答えた。
    鞄の中を整理しながら時計に視線を落とす。少しばかり長居をしたようだ。来た時と同じように靴底を鳴らし、店の外へと向かう。

    「良い時間となりますよう」

    店員はそう言って、肇の背中に向けて恭しく頭を下げた。


    (良い時間、ね。まったくだ)

    コツ、コツ、と靴底を鳴らしながら店員の最後の言葉を反芻する。
    このピアスを見た時、あれはどんな顔を見せるだろう。次に何を言うのだろう。受け取るか、受け取らないか。身につけるのか、つけないのか。あるいは捨ててしまうというのも有り得るだろうか。結果はなんであれ構わない。それを鬼頭彰人自身が選んだということだけが、大事なのだから。
    塞ぐものを失ったピアスホールに触れた時も、その隣にもうひとつ穴を開けた時も、普段と変わらないように振る舞ってみせたあの人間は、次にいったいどんな選択を見せてくれるのだろう。

    (――せいぜい、楽しませてくれよ。鬼頭彰人)
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