ショコラティエのワルツ ワルツは三拍子。強く弱く弱くと一定のリズムを刻む。
カションカションカションとホイッパーがボウルの底にぶつかる。ダンスレッスン中のボールルームの静寂唯一の音色と近しいものを感じるのは、初めてのことに悪戦苦闘しているが故に、時折ワルツのテンポを外れるからだろう。
窓の外は粉砂糖を振りかけたガトーショコラ以上の冬景色。
思考がすでにチョコレートに侵食されていて、これはもう脳まで甘くなっているに違いないとスカリーはため息をついた。
溶かして固めるだけ。誰ですかそんなことを言った方は。
溶けたと思ったら分離して硬くなりポロポロになる。を繰り返して三回目。
材料が底をついてしまった。
「はあ……こんなんじゃ渡せるわけない」
スカリーは計画段階はしっかり練り込むので、カボチャの型に入れて冷やして、可愛い箱に入れて、と構想にはかなりの力を入れていたのにも関わらず実力が伴わず、味見用にとかろうじてきちんと溶けることに成功したチョコレートを、丸い型に流したものが眠る冷蔵庫を見つめた。
重たいため息を吐いて頬に手を当てて「絶望」に浸る。
入れる予定のものが完成しないので、可愛いラッピングも悲しそうに見える。
「スカリーもう入っていいかな?」
「……はい。とても見せられる状態ではありませんが……」
オンボロ寮のキッチンでやるというのもなかなかのもので、自分への期待値が高かった分だめだったことのショックも計り知れず、気落ちした顔を隠すこともせずに「どうぞ笑ってください」と惨状と現状も隠す努力もしない。
「バレンタインだから、貴方にチョコレートをと思ったのですが……なんですか? 我輩の顔になにか?」
「うん」
「え?」
「チョコレートのついた指で顔触ったんでしょ」
「顔……」
スカリーが考えている間に、監督生がスカリーの腕をぐっと自分の方へ引き込んで顔を寄せ、チョコの跡がついている頬に唇をちょこんとくっつけた。
「へあっ⁉︎」
突然のことに顔を真っ赤に染めながら、キスされた頬に触れると、監督生は「広がっちゃうよ?」とクスクス笑う。
「後で買い足してチョコ一緒に作ろうよ」
「で、ですが、我輩は貴方に贈り物を」
「贈り物って欲しいものの方がいいと思うんだけどな」
「我輩のチョコレートは欲しいものではないのでしょうか……」
「そうじゃなくてさ、私はスカリーと一緒になにかしたりしたいなーって。おんなじ寮にいるのに、ずーーっとキッチンに立て籠ってるからさみしかったよ」
「わ、我輩としたことが、貴方にさみしい思いをさせていたとは知らず!」
監督生はうんうんと頷いて「そうと決まったらしゅっぱーつ」と拳を握る。
スカリーも習うように拳を軽く握った時、自分の手がチョコで汚れていることに気づき、片付けをと背を向ける。
「スカリー。ありがとう」
チョコで汚れていた顔を落として振り返り待っている監督生に笑顔を向け、自分自身の猪突猛進な部分や面倒臭い部分、そして単純な側面を把握され、そしてうまく溶かしてくれる彼女が憎らしいほど愛おしい。
自分のことなどわかっているさ。そう思うのに、心は簡単に操縦できない。
だというのに彼女の前ではお利口な犬のように尻尾を振って伏せるのだ。
ああ。
スカリーは胸に両手を当てて雪景色の外の寒さなどどうとも思わないほどの暖かな心地に顔を蕩けさせる。
冷蔵庫に眠る溶かし固めただけのまるいチョコレートを取り出して、監督生の唇に許可も得ずに押し当てれば、戸惑いも疑いもなく口を開いて受け入れてくれる。
「これに毒が入っていたらとは思わないのですか?」
コロンと頬の奥にチョコを動かして、イタズラっぽく彼女は笑った。
「なら一緒に毒かどうか試してみようよ」
まるでワルツを踊る手つきで腰を引き寄せ、スカリーは監督生の唇にキスをした。