一時間延長で「好きです!」
間髪入れずにつかれた嘘に対し、イデアは悲しみよりも怒りすら湧いてきていた。
つくにしてももう少しマイルドなものがあるでしょ。と。
なんの陰謀かなにか知らないけれど、嘘をつかなくては出られない部屋。なお本当のことを言うとその時点から一時間なにがあっても出られない。とかいうハートの女王もびっくり仰天するだろうヘンテコを極めた部屋に入れられて、まあ適当なこと言うかなと口を開くより先に、監督生が先の発言をした。
嫌いな相手とは一分一秒でも一緒にいたくないってことね、はいはいおけおけ把握把握。とノブを捻るが、扉は開かない。
「は? おい、なんだよこれ。嘘ついたのになんで開か……」
賢い脳がこんな時に情報を瞬時に整理し解を導き出す。
恐る恐るイデアが振り返ると、真っ赤な顔で目をぐるぐる回しながら唇を尖らせている監督生がいて、ぎゅうっとシワが寄るほど握りしめているスカートの丈が短くなっていて目に毒だなとかそんなことはどうでもよくて、とイデアは目をカッと開いて狼狽える。
「な、な、な、なな、なにしてんの君ッ! こ、こんなとこで、こ、告白予行練習? ば、馬鹿なの? み、密室になってるんだよ? い、一時間、こ、この空気どうするわけ⁈」
「だ、だって、せ、先輩なかなかな会えないし、一時間も一緒にいられるチャンスないなって……そしたらつい……」
「お、おお……だ、大胆だね……なんだか冷静になってきちゃったよ拙者」
とりあえず立ち話もなんですしと椅子に座ろうと提案したが、対面ではなく隣に座られると思わず気まずい。
イデアはごきゅっと唾を飲み込み視線を彷徨わせ「で、だけど」と先ほどの嘘の嘘の真相を問う。
「こ、告白と捉えてもらって大丈夫です」
「あ、そ……そうなの。りょ……あの、ど、どうしたらいい?」
「先輩は私のことどう思ってますか?」
「……嫌いではない、よ」
「付き合ってってお願いしたら」
「ど、どこに?」
「……」
「サセン……つ、付き合う……ぐ、具体的になにを持ってだ、男女の交際と定義できるのか、僕にはわかりかねるので、そ、それに、君のことは、嫌いじゃないけど、好きかと問われた時、君と同じ種類のものを持ち得ているかがわからないんだよね」
監督生は少し悲しそうに眉を下げるが、その表情に胸を締め付けられる程度には好感を持っているイデアは、申し訳なさそうに困り眉をぎゅっと下げて「ごめん」と謝罪した。
が、監督生はそこで諦めるたまではなかったし、三時間もの猶予がある。
「試してみてもいいですか」
「なにを?」
「先輩が私を好きになるかどうか」
「……え」
「手を貸してください」
イデアはおずおずと手を出して監督生のすることに一々びくつく。
重ねられた手が自分よりもずっと小さくて、指も細くて脆そうだと、そう見つめていた視線をふっと上げた時に、監督生のまん丸な瞳が自分をじっと見つめていて、目が合っても逸らすことなく見つめ続け、イデアの方が気恥ずかしくなって逸らしてしまう。
とくとくと早くなる心音と熱くなる頬を隠したいのに、両手は脆く頑丈な鎖に繋がれている。
振り解けばいいのに、それはできなかった。
「イデア先輩」
さっきまでなんともなかったこの声も、鈴の音のように心地よいのに鼓膜がぞわりと震わされ、目をギュッと閉じて唇を噛み締める。
なに、これ。と熱くなり続ける顔の熱や、髪が桃色に変化しているであろう感覚に逃げ出したくて仕方がなくなる。
「て、はなして……」
「先輩が離していいですよ」
握っているのはイデアの方で、監督生は重ねているだけだ。
その事実にぼわりと炎髪が完全にピンクに染まり、首の後ろまで赤くなりながら「うう」と恨めしそうに眉を吊り上げて睨む。
「イデア先輩……私とキスできそうですか?」
「き、きす……」
監督生の顔がイデアを覗き込むように寄せられる。
下から覗き込み、見上げる瞳があざといくらい可愛いくて、キスと音にした唇は小さいのにぷっくりと膨らんでいて、触れてみたい衝動に駆られてしまう。
「嫌いな人とはキスできないんですよ」
「……その、論理は、いささか暴論ではござらんか……せ、拙者、け、健全な男子高校生ですし、か、かわゆい女子に色仕掛けされたら、そ、そりゃ、き、キスの一つや二つ、し、してみたくなる、でしょ……」
「……ふぅん……」
小悪魔のような顔をする。
試すような妬いているような、その表情が気持ちの証明になっていて、イデアは自分を好きだという希少な女子からのアタックに対して、なんの装備もなく挑んでいる時点でもう負け確イベントじゃんと悟る。
「……き、キスは、してみる価値、ある……と、思う」
欲深い男を見上げる小悪魔は、ふふっと空気を震わせて顔をゆっくり近づける。
触れていた小さな手が、イデアの胸に触れ、あとわずかで唇が触れるところで監督生は瞳を閉じ、顔を少しだけ傾ける。
ちゅ。と口端に触れた柔らかな感触と、離れた後の間近に見る彼女の顔が、さっきまで「好きかどうか」と評していた子ではなくて「可愛い、好き」に変化させられていたことに悔しくてたまらない。
「エイム弱すぎか? この距離で外すはわざとだろ」
「……初めてのキスは好きな人にしてほしいんです」
ぽすんと隣に座り直して頬をぷくっと膨らませる。
なにこのあざとい生き物。本当に現実に存在していいの? イデアはいっそ腹が立って仕方がなくなってきていた。
「あと四十ニ分の間に何回キスできると思ってる?」
「そ、それは……わかんないです。たくさんできそうですけど……」
「時間もったいないんで単刀直入に言うよ。さっきは好きの比率違うって言ったけど訂正。僕の好きは君と同じ」
「……本当ですか?」
「君が提案してきた確認方法なんだっけ」
真っ赤になった顔を一度隠した監督生は、きゅっと瞼を閉じる。
「四十分後に、君に嫌いって言わなきゃいけないのが心苦しいよ」
触れた唇をわずかに離し、もう一度重ねる。
時間にするならわずか三秒ほど。
ちゅっというリップノイズが頬をより染め、上がった息もそのままに額を当てて、イデアは目を細めながらイタズラをするような顔で問う。
「もう一時間くらい延長します?」