そのゲートを開けるのは「な、なに?」
熱視線を感じたイデアはデバイスを操作していた手を止めて振り返る。
ニコニコと微笑んでいる監督生に気まずくて視線をそろーっと逸らし、きゅっと唇を結び「な、なに」ともう一度尋ねる。
「声可愛いなって」
「……声?」
きょとんとしているイデアに対し、監督生はもしかして無自覚だったのかなと察し、言うか言わまいか悩んだ。
指摘してしまうと恥ずかしがって今後見せてくれなくなっちゃうかもしれない。そう思ったら「うーん」と腕組みして悩むことで時間を潰す。この話題どうやって逸らそうかという具合だ。
「ね、ねえ、こ、声ってなに?」
「……歌ってましたよ」
「え」
追求から逃れられないと悟った監督生の一言に、ぱっと唇に触れ、呆然とした後にボンッ! と顔を真っ赤に髪をピンクにして照れ始める。
あーこれはまずい。と監督生が思った通り、イデアは「歌ってた⁈ 拙者が⁈」と自分の無意識行動を恥じらう。
監督生はうまくやりすごすことができない性格ゆえに追撃まで加えてしまう始末だ。
「よく歌ってますよ。いつも可愛い声で歌うな〜って聞いてました」
「いい、いい、い、いつも⁈ そ、そ、そんな高頻度で拙者君の前で、う、う、歌ってた? う、うそでしょ……恥」
赤くなったり青くなったり忙しないイデアに、フォローとばかりに「可愛い声で歌うから聴き心地良くて」と言うも、それはイデアからしたらフォローではない。
「か、かわいくないっ!」
「歌う時ちょっと高めなんだな〜って」
「あ、アイドルとか、アニメの曲とか、だから……た、たまたまだよ」
「でもツノ太郎とアズール先輩とノーブルベルカレッジで歌った時も声優しくて高めだな〜つて思いました」
「うわぁぁぁぁ! 古傷抉るのやめてッ!」
お姫様のように崩れ落ち、ベッドに頭をぐりぐりしながら「ううう」とうなりつづけている。監督生はせっかく彼の警戒心が溶けて、無意識のうちに歌を口ずさむくらいに自分が浸透していたのにと残念に思いながらも、指摘してしまった手前仕方ないと彼の頭を撫でる。
ピンクに色をゆらめかせていた髪の隙間から、湿度を帯びている金色の瞳が覗き、顔がこちらに向いていると理解する。
「ど、どうせ拙者はマレウス氏みたいに低音イケボでもありませんし、アズール氏のような美声の持ち主でもありませんよ……すみませんねぇ二次元特化型の声帯で」
「私先輩の声好きですよ」
「またまた〜女子は低音イケボの虜でしょ」
「先輩だって……」
監督生はそこで言葉を途切らせる。
イデアは確かに歌声は高めであるし全体的に柔らかく優しい。
が、普段……というより自分に対する時の声はまた一味違うのだ。というのを伝えるべきか否か。
彼は自分の魅力の大半を理解していないし使いこなしていない。そこがいいでもあるし、悪くもある。
切れ味の良い使い難いハサミのような男を、このままの状態にしておくのがよいのか、それとなく理解させてしまった方が良いのか……悩みは尽きない。
「なに」
鼓膜を震わせるしっとりとした静かな声。
さっきまで仔羊のように怯えていた瞳が怪訝そうに曇り、男の色を強めている。
沈黙や思考の時間が長すぎて不審に思ったからだろう。
「そのままでいてください」
イデアが監督生の髪に手を伸ばして触れていたので、その大きく骨ばっている手に頬を預けて自分の手で包む。
優しい歌声も、静かに問う声も、その眼差しさえも全て、彼の魅力は自分の前で開かれていって欲しい。
「君の前では気を抜けないな……恥ずかしすぎて溶けそう」
「……そうやってかっこいい顔して言うセリフじゃないです」
「え? 僕どんな顔してるの?」
「知らなくていいです」
「なにそれ」
くるくると指に絡めている髪を解いて、するりと頭が撫でられる。
散々照れて恥じらってと喚いていた人物と同一なのだから驚かされる。
監督生は頬をほのかに染め、イデアを見つめ、彼も意図を察して顔をすっと寄せる。
触れ合った唇は柔らかい。
閉ざしていた瞼を持ち上げて「また歌ってくださいね」とねだれば、彼は眉を下げながら「やだよ」と破られるであろう拒絶をみせた。