明白なる天命 彼女は言った。「最初で最後の恋だった」と。
初恋かどうかはわからない。こんな気持ちになるなんての大きな表現に過ぎないかもしれないけれど、僕にとってそれは最上の喜びであったことは否定しようがない。
まさに僕も同じ気持ちだった。
運命の人というのは、きっと彼女のことなんだと全身全霊を持って言えたからだ。
結婚せず子も成さず、シュラウド家の継承なんてくそくらえなんて思っていた時期だってある。
実際心のどこかではそう思い続けてきていた。
でもそれは許されない事であるのは明白で。
天命そのもの。
シュラウド家は世代を跨ぎ、祝福されながら誕生して呪われるのが運命なのだから。
だから誰かと結ばれる未来は確定しているけれど、それが好意があるかないかなんて当時はどうだってよかった。
だってそうなるとわかっているから。
でもいざ運命が両手をあげて朗らかに微笑む様を目の当たりにしたら、身体中に電流が走ったような衝撃に身を焦がした。
手放すことは到底できない、と悟ったのだ。
口では「君のため」と身を引こうとしたり、釣り合わないと落ち込むそぶりを見せたとて、実際はそんなこと微塵も思ってなどいない。
君の隣に立つことのできる人間は僕以外赦さない。
劣情。とかそんなむき出しの欲望ばかりを募らせているくせに、彼女に悟られないように気を遣っているところが気味が悪いくらいだ。
醜い姿を隠すケダモノのように、僕は美しい花をガラスケースに収めようと躍起になっていた。
けれど彼女は僕とは想いの総重量がだいぶ違ったらしい。
「帰れることになったんです」
「は?」
「私、元の世界へ帰れるみたいなんです」
彼女は思っているよりも傲慢で、純粋だったのだと思う。
僕が「元の世界に帰れないなんてかわいそ」とリップサービス100%で言った言葉を鵜呑みにして、自分の幸福を他人、ましてや恋人である僕が同じように喜ぶと思っていたらしいのだ。
哀れすぎるお花畑な思考回路に、怒りを感じつつも馬鹿すぎて可愛いという妙な浮遊する感情を芽生えさせた。
ある意味新しい性癖を開通してくださったわけで? お礼をしてあげなければならないのかもしれない。
そう。とびっきりのサプライズを。
脳内お花畑な彼女は、運命の片割れとの今生の別れだというのに、笑顔満開悪意ゼロで「また会いましょう」なんて言いながら、ご丁寧に自分がいつどうやって元の世界へ帰るかを説明してくれた。
ニコニコバイバイできると本気で思っていたのだろうか。最早脆弱すぎる運命の糸が、このままではいつ断ち切られてもおかしくないなと、焦りを感じさせてくれる。
頭ゆるゆる可愛いで済む問題もここまで。
ご期待に添えなくてごめんなさいね。と笑顔で帰宅方法の鏡を叩き割った。
オンボロ寮にある鏡から満月の夜にだとか、なんとか、まあもう今更どうでもいいか。
「なん、で……」
「なんで? 君ってさぁ、ほんっっっとにバカなの? 僕のことを舐めてる? 試してる? 怒らせたい? どれ?」
「だって、私……元の世界にパパとママが……」
「は? じゃ拙者は? 君と僕は運命っていう硬い糸で結ばれてるわけ。どうやっても解けない。二人で一生ハッピーに暮らす。それが君の未来なんだよ。帰る? そんなのムリムリ。ダメ。絶対に赦すわけないだろ」
ボロボロと泣き出す彼女。
なんで泣かれないといけないのかわからない。
確かに両親と永遠に別れることになっちゃったけど、基本的に親は君より先に逝くし。どっちを取る? で選択するのはナンセンスでしょ。
「僕と君は離れられない運命なんだよ。諦めろよ」
涙でぐしょぐしょの頬を包み込んで、怒りで燃えていた髪で照らされた可哀想な彼女をじっと見つめる。
軽蔑と怒りの中に、わずかに恋心が囚われたまま揺らいでいるのが見てとれた。
運命に囚われるよりよっぽど哀れに思える。
「フヒヒッ、君はやっぱり僕の運命の相手だ……こんな仕打ちしたヤツなんかを、大嫌いになれないんだからさ」