育成計画始動 【育成計画始動】
医務室の扉を勢いよく開けて、安否の確認をする前から無事かどうかを尋ねながら、薄いカーテンを開く。
無機質で清潔感のあるベッドに腰掛けている人物は、癖のある銀糸の髪をブラシでとかしながら「無事かどうかでいうなら、無事ではないですね」とケラケラと笑いながら、いつもよりも数段高い声で言うと、首を監督生の方へとゆっくりと向けた。
「ど、ど、どちら様ですか?」
「あなたの恋人アズール・アーシェングロットですよ。なんです? 性別が変わってしまったらわからないなんていうツレないことをおっしゃるんですか?……はぁ、悲しいですね」
「アズール先輩だ……」
嫌味ったらしくネチネチとしつこいような物言いに、どう見ても女性となったアズールが、あのアズールであると理解した。
当然その判断にニッコリ微笑みながら、失礼だなぁという苛立ちを込めて、なんらかの嫌味を口にしていたが、監督生はそんなことは最早どうだってよくて、アズールの姿を上から下まで不躾と言っても過言ではないくらいの視線を向けていた。
胸が……
監督生は己の真っ平ら……いや、奥ゆかしい胸元に視線を向けてから、普段着ている制服がパッツパツになるくらいに巨大な胸とを見比べ、そして先程までの心配をよそに劣等感やらと妬みで下唇を噛み締めて、クシを棚に置くために立ち上がり、本人にその意思があるかは疑問だが、わざとらしく突き出したぷりっとしたお尻を見ても、自身の肉のないお尻を掴み、眉をぎゅっと寄せた。
「当てつけですか?」
「はい?」
アズールは長くなった髪を押さえて、中腰のまま振り返る。
もちろんこれは、アズールの意思ではなく、恨みを買ったばかりに得体の知れない薬液をかけられて、性別が変わったと言う自業自得の流れなのだが、あまりにもグラマラスな姿に、監督生は心配より嫉妬が優ったのだ。
「当てつけって……こんな肩も凝るし、窮屈な肉の塊を貼り付けていたいわけないじゃないですか」
「数十年女やらせていただいてますが、胸が大きくて肩が凝るなんて経験したことありません」
「あ、そ、そうなんですか? へ、へぇ、それは……えっと、いいんじゃないですか? 肩凝りなんてわずらわしいだけですしね」
アズールはようやく監督生の感情を理解したが、口を開くほどに墓穴を掘る。
当然左の頬に美しい秋が咲き誇った。
「男の人はみんな胸がおっきくてぷりぷりのお尻が好きなんでしょっ」
「僕は違いますよ」
「じゃあご自分の胸に手を当てて揉んでみてくださいよ」
「わ、わかりました、証明してみましょう」
自分の胸を揉み、その柔らかさに眉が緩んだのを、監督生は見逃さなかった。
「ほら!」
「ち、違います、比較対象がないからこうなっただけです!」
「じゃあ今度は私の胸と、アズール先輩の胸を揉み比べてください!」
「わかりました」
ん? とどちらとも疑問に思ったが、とりあえずアズールは監督生の胸に手を置いて、そして自分の胸にも置き、もみもみと指を動かした。
がしかし、監督生の方は揉むというより、摘むという表現が正しいような心地になり、監督生も監督生でぴくりと身体を跳ねさせ、喘ぐような声を出すもんだから、アズールのメガネはぐらっとズレ顔も真っ赤に染まってしまった。
男ではないので勃つモノ歯なかったが、お腹より下の方がじんわりと疼くのを感じて、居た堪れない気持ちになる。
「育てればいいのでは?」
アズールは口が回るタイプの男だったので、すっかり蕩けた顔をしてはいるが、なんらかのスイッチが入ったおかげで、その提案を口にできた。
認めよう。胸はないよりあったほうがいい。でもそれは、ないことを憂いているのではない。
監督生をベッドに押し倒し、その上に覆い被さるようにしながら、長い髪が影を作るのを押さえもせずに唇を当てる。
女の子の身体はどこもかしこも柔らかい。
重力に逆らわないまま折り重なれば、でかい胸が監督生の胸と重なる。
押しのけようと胸に手をやった監督生だったが、あまりにもふわふわとた触り心地に無意識に揉み続けてしまった。
「んっ……ふふっ、くすぐったいです」
「先輩は女の子になると反応が可愛いですね」
「え?」
「怒ってたのが馬鹿らしくなりました。早く元に戻ってください」
すねたように唇を尖らせている監督生に、アズールはここにきて大正解なセリフを言う。
「あなたの方が可愛いですよ」