タイムイズマネー 口約束は嫌いだ。不確定だから。証明できないから。
だというのに「忘れないでくださいね」そう言ったのだ。この僕が。自分の意思で。
ああ、もしかしたら期待してなかったのかもしれない。
霞のように目の前から消えるかもしれない。流れる水のように止まらないで、いつの間にかどこか遠くへ行ってしまうんじゃないか……なんて。
僕は大人になりたかった。
でもあの人は子供のままでいたかった。
時間が経つ事を恐れているように見えた。
「今年もお祝いしてくださるんでしょう?」
小さな背中に問い掛ければ、黒檀の瞳が僅かに揺れた。
哀愁の混ざる優しい色だ。
子供のままでいたいはずなのに、彼女はどんどん大人になっていく。
置き去りにされているのは僕の方だ。
「触れてもいいですか?」
その断りの言葉さえ紡げない。
握りしめた拳を緩めて、眼鏡を押し上げて誤魔化す。
「当然じゃないですか。約束しましたもんね」
その約束があなたを締め上げているのだろうか。
あなたの、自由を奪っているのだろうか……
「プレゼントは……あなたの時間が欲しいです」
言ってしまってから、はっと口を抑えた。
それに見合うだけの価値が、僕にあるとでもいうのか?
「いいですよ」
眼鏡がズレるくらい驚いて、うわずった声をあげてしまう。
今、なんて?
「実はもう元の世界に帰れないみたいなんです。あ、もちろんそれが理由ってわけではないいんですよ。えっと……」
しどろもどろに言い淀んだ子供のままでいたがっていた大人擬きは、幼さの残る顔をくるくると変えて、ついにふっと破顔した。
「どれくらい欲しいですか?」
やっぱりこの人は僕よりもよっぽど大人びている。
「僕が欲しいのは全てですよ」
許可を得ずに細い手首を捕まえて、張り裂けそうな胸を反対の手で抑えながら、僕は子供のように欲張る。
「全部、寄越してください……僕に」
二人きりの渡り廊下。
この世でもっとも価値ある時間を共有している。
不確かな口約束に彼女は肯定の微笑みを浮かべた。