黄金の手「よ~こそ迷える子羊ちゃん♪この名探偵ヨワハラに何か――」
「張り紙見ました、体力があれば雇ってもらえるんですよね」
雨が降っていたその日の、初めての来客が彼だった。
*
「傘もささずに雨の中来たの?まるでずぶ濡れの子犬だねえ。まぁまるでも何もずぶ濡れなんだけれど」
「すいません、余裕がなくって」
「タオルでしっかり拭いて、そうしたら話を聞かせておくれよ」
「ありがとうございます」
ボクがタオルを渡すと彼はぎこちなくそれで髪や手足を拭って、ソファに座った僕を見下ろす。
視線が泳いでいるのは緊張しているからか、それとも現状への不安があってかな。
「座ってどうぞ?」
「でも濡れてるんで…」
へえ。
「…わかった。じゃあまず、アナタのお名前は?」
「丑旺です」
「ウシオ?字は何と書くの?」
ペンを握らせてテーブルの上のチラシの裏に書かせる。
きれいな字ではないけれど、ちゃんと書けている。
「へえ、丑に旺…かっこいい名前だねえ。じゃあ丑旺ちゃんだ」
「ちゃん?」
「丑旺ちゃんはどうしてウチに来てくれたのだい?」
「えっと…実は、探偵業には全く関係ないんですけど」
「構わないよ、聞かせてごらん」
*
話を聞いたところによれば、衣食住をお世話になっていた道場のお師匠さんが亡くなって、以降行き場もなく点々とその日暮らしをしていたとか。血縁者も不明、いわゆる孤児だ。
支援もない状態で定住するには相応の稼ぎがないといけないし、そもそも後ろ盾のない彼にまっとうな環境で働けというのは少し無理がある話だろう。
「それで、体力さえあればいいというウチのところへ来たんだね」
「はい」
初対面のボクにたいしても一般的な礼節はなっているし、特に黒い話があるわけでもない。
しかも道場主に鍛えられた武道の技なんて、願った以上の逸材!
彼がいればウチの事務所も安泰なのではないかな?
「よし分かった、採用!」
「え、そんないきなり?」
「だって体力には自信があるのだろう?それだけで条件は十分満たしているし、アナタは特に隠さずにいろいろと話してくれた。ボクはその誠意を受け取るべきだと思ったのだけれど、違った?」
驚いた彼の顔がなんだか可愛くて、もうそれだけで十分。
「改めて、ボクはこの馨香探偵事務所の探偵、豫釆頗躶だ。ヨロシクね、丑旺ちゃん♪」
「…よ、よろしくお願いします、ヨワハラ、さん」
彼はボクの差し出した右手をおずおずと取る。冷えた手の温度がした。
きょろきょろと彼の視線が泳ぐ。
「ああごめん、驚かせたかな。大丈夫だよ、ボクはミダースじゃないから」
「え?」
「ん?」
その時初めて彼と目が合ったことに気が付いた。