地球滅亡まであと地球滅亡まであと
「賞金100億ゥ!?」
俺たちが日本政府に呼び出されてから告げられたのは、"100億円の賞金首を殺してほしい"という暗殺依頼だった。
生憎俺たちは日本国内での暗殺もしてきたもんだから、日本政府の招集においそれと応えられる訳がなかった。それでも日本政府は諦めないらしく、あんまりしつこく連絡を入れてくるので、俺たちは渋々その招集を受けることにした。
俺たち「限界」が指定の場所に出向くと、政府のお偉いさんがたがいて、依頼したいことがあるとのことだった。暗殺稼業を始めて数年、まさか国から依頼がくるなんて、俺たちもデカくなったもんだ。
「それで?俺たちはその最高速度マッハ20の超生物を殺せばいいんスよね?」
「そういうことだ。我々は殺し屋に依頼しなければならないほど、かつてない危機に瀕している。もはや国家の軍事力ではヤツに対抗できないのだ。…君たちのようなプロの殺し屋がヤツを殺せなければ、地球共々爆破されて人類はもれなく滅亡というわけだ」
「へぇ……まぁ賞金も地球滅亡もどうでもいいですよ」
したり顔であろえが言った。俺たちの意見はもう決まっている。会議なんてせずとも、みんなの考えていることなんて手に取るようにわかる。
「俺たちは今まで誰も殺せなかったヤツを殺して、歴史に残る暗殺者になるんで」
なんて豪語したのが一週間前のこと。一週間いろんな計画を練っていた俺たちに届いた通知は
───椚ヶ丘中学校三年E組に生徒と教師として編入し、暗殺の機を伺え───
というもの。俺たちは校舎の外から暗殺するもんだと思い込んでいたせいで、今まで組んできた計画が全てが水の泡となった。
それにしても気になることがある。
「教師……はまだわかるとしてさ、生徒ってなに?」
「え?俺ら平均年齢23なんだけど」
「中三って何歳?」
「15歳じゃない?」
「やっば!いくら何でも無理があるわ」
「最年少の二人でもキツいだろ」
「うん、キツいね」
「はぁ!?俺ならいけるね!ピッチピチの女子中学生やったるわ!」
「いやほんとにやめた方がいいってたらこ!後悔するから!」
「そうだよたらこさん…!ぼくらも教師側で潜入しようよ!」
「それは無理だろ」
「え?」
「いや、お前らに教師は無理だって!あとついでにかねごんも」
「は?なんで俺も?」
もうこうなったら収拾がつかない。恐らく政府は、教師として潜入するのに七人という人数は些か多すぎる、かつ生徒という立場からターゲットと関わる暗殺者も必要という考えからこんな指示をしてきたんだろう。つまり生徒役は不可避。そしてこの状況をまとめる方法は一つ。
「おけ、わかった。こうしよう。今からなんかのゲームして、勝ったやつが全部決めよう」
「osuにしよ」
「は?無理」
「ロケリじゃね?」
「それは正直アリ」
「いや待って?こんそめ絶対強いよ?」
「みんはやは?」
「ぐちさん自分が勝ちたいだけやん」
「だってみんな自分が得意なゲームしか言ってねぇじゃん!」
「EFTは?」
「やだ」
「雑!」
「VALOは?VALO」
「人数考えて?」
「わかったあれだ、ぐちつボウにしよ」
「おい天才かよ」
「それだわ」
「めっちゃアリ」
結局みんな自分が勝ちたいせいで、得意なゲームしか挙げない状況にはなったが、やはり俺たちが共通してスキルを持っているゲームといえばMinecraftだ。そして俺が考案したゲーム、「ぐちつボウ」。
俺たちは裏社会で「限界」として名を揚げた。複数人で仕事をする、正体不明の暗殺者集団ってことになってるらしい。別に間違っちゃいない。でも俺たちはグループとかチームみたいな確かな関係でもないし、まして友達とか仲間みたいな面倒な関係でもない。ただ同じ標的を狙っていて、都合よく利用できるから利用しているだけの関係だと俺は思ってる。そんな俺たちの共通の趣味はゲームだ。生まれも育ちも年齢も異なる俺たちに唯一共通することは、ゲームが好きだということと、他人の邪魔をするのが好きだということたろう。仕事の合間だったり、少しでも時間があれば集まってゲームをする俺たちだが、そこには致命的で最悪な思考が渦巻いている。俺たちは他人を蹴落とすことが大好きなのだ。なんなら自分が勝てなくたって誰かの邪魔をするためにゲーム内の命を投げ出せるくらいに。
俺たちがこの仕事の行く末を賭けて戦った「ぐちつボウ」は、無事に決着がついた。
tarakoTBTB WON
画面に表示されているのはこの言葉。勝ったのは本番に強い男、たらこだった。なんとなくそうなる気はしてたけどさ。
「っしゃァ!!!」
「クッソ……!!」
ラストは俺とたらこの1on1。結果の通り俺が負けた。悔しいが俺が言い出した条件だ。たらこの言う通りに役を演じよう。
「で?どうするの?たらこ」
「んーとね、とりあえず…ぐちさんとそめさんは教師かなぁ」
「あーね?まぁ納得」
「それで…原人さんとあろえは……なんだっけ、あれよ。あの…たまに来る教師」
「あぁ非常勤ね」
「それ!それね」
「なんで俺らは普通の教師じゃないの?」
「なんか…毎日学校なんて行ってたらさ、裏で調べものとかできなそうじゃん?」
「うっわたらこがちゃんと考えてんの怖すぎなんだけど」
「わかる」
「は?ムカついてきた」
「…で?残りはどうすんの?」
「俺と焼きパンとかねごんでしょ?」
「うん」
「そりゃあ……生徒っしょ!」
「マジ!?マジで言ってんの?」
「大マジ」
やっぱりコイツぶっ飛んでやがる!21歳と24歳に中三を演れなんて無茶な話だ。絶対すぐにバレる。
「なんで?」
「だってさ、俺らに教師は無理じゃん?」
「無理だろうね」
「ってことは……生徒しかなくない?」
「そうだけどさァ……さすがにバレんだろ」
「まぁやってみないとわかんないって!ね?」
──────
そんな俺たちの限界な会議から二週間後、急ごしらえの教師の技術と知識、学力を詰め込んで、俺たちは椚ヶ丘中学校別校舎、三年E組の教室に向かった。
こんな山を登らされるとは思ってなかった…。俺たちは基本インドア派で、暗殺には体力の必要ない作戦を選びがちだ。そのせいで山登りがしんどすぎる。今日は俺とこんそめ、原人、あろえの四人で来た。教師を演じる四人だ。いきなりあの教室に七人も人間が増えるのも混乱するだろうから、生徒たちのことを思って、別日に分けてくれという指示を受けてこうなった。もはや政府の指示に逆らうのも面倒なので、軽く了承した。
軽快な足取りでこんそめだけがどんどん進んでいく。コイツはボルダリングが趣味で、足腰も強いし腕のパワーも強い。フィジカル最強の近接格闘タイプだ。そのくせ銃を持たせても上手い、ブレインをさせても強いそして顔も良いとかいうチート人間。
「おいおい遅すぎだろ」
「うるせェ!俺たちがお前みたいに運動が趣味です〜みたいな陽キャだと思うなよ」
「お前らひきこもってるからなぁ〜」
「クッソ!疲れてるときに煽られるのマジでムカつく」
「あははは!ほらもう校舎見えてきたぞ〜」
こんそめが俺たちの方を振り返ってそう言った瞬間、シャッという音を立てて、こんそめの背後に巨大な影が現れた。
腐っても殺し屋。俺たちは即座に銃を抜いてその影に向かって構える。最も近いこんそめは、対超生物用ナイフを抜いている。
そこにいるのは黄色の巨体にアカデミックドレスとモルタルボードの超生物。写真は渡されてたけど、さすがに実物はデカくて、こんなのを殺すとか最高にワクワクする。どうやら他のヤツらも同じことを考えているようで、楽しみだと顔に書いてある。
しかし俺たちは今までの経験からわかっていた。今この銃を撃ったところでヤツには当たらないと。つまり連携が必須。この場で出来る連携は、こんそめがナイフで攻撃し、それをターゲットがかわしたところを銃撃、そしてこんそめの第二撃といったところだろう。こんな連携、言葉を交わさなくたって理解できる。
こんそめはこちらに向かって後ろ手にハンドサインで合図をすると、かなりのスピードとパワーでナイフを振った。
「にゅやッ!」
意外にもターゲットは驚いたようで、かなり焦ってナイフを避けた。そこですかさず俺たちが発砲。もちろん弾は対超生物用BB弾。いつもの鉛弾とは違って、パンと軽い音がする。これは人間を殺す音じゃない。
ヤツも少し冷静になり、あっけなく弾は地面に落ちていった。そこですかさず体勢を整えたこんそめが第二撃を入れる。こんそめが全力で振ったナイフはターゲットの"触手"をかすめ、その黄色の巨体に切り傷を付けた。
ターゲットは持ち前のスピードでこんそめのナイフの圏外まで逃げた。どうやらこの攻防はここで一区切りらしい。
「ヌルフフフフ。はじめまして皆さん」
「……趣味の悪ィ笑い方だな」
「あなたたちですね、今日からこの三年E組に赴任してきたのは」
「ま、そういうことッスね」
「ここでアンタを殺せば教師なんてやらずに任務完了ってことでしょ?」
「ヌルフフフ!殺せるといいですけどねぇ…三月までに。国家の軍事力を持ってしても殺せない私を皆さんが殺せるとは思いませんけど───」
「……今はもう無理か」
「そうだね。校舎行こっか」
「そうだな」
「なッ…!煽りが効くと思ったのですが……」
俺たちは黄色の巨体を無視して校舎に向かう。暗殺に警戒したヤツを殺すのはもう不可能だ。今のタイミングでは殺せない。また次の機会を狙うべきだ。その判断で俺たちはこの場での暗殺をやめた。そしてヤツは俺たちがさっき煽られてキレてるところを見ていたらしい。それで俺たちを煽ってみたようだが…残念だなァ。俺たちは別に煽りに弱いわけじゃない。限界の中で煽り煽られるからムカつくし、自分が煽ったときは最高に楽しい。他人から煽られたところで俺たちは冷静なままだ。ヤツもそれは意外だったみたいで、ちょっと落ち込んだ顔をしていた。
校舎の入り口まで進むと、スーツを着たいかにも堅物って感じの男が出てきた。顔が怖い…というか目付きがヤバすぎんだろコイツ。こんなヤツが教師ってマジ?
「今日からここで教鞭を執る方たちですね。よろしくお願いします。私は防衛省の烏間。この教室では体育を教えています」
「あ〜、よろしくお願いします」
「お名前を伺っても?」
名前を聞かれた。確かにここで過ごすうえで名前は必要だろう。日本で潜入するときに使う用の名前はそれぞれ持っている。五十嵐とか、宇佐原とか。しかしそれを名乗ったところで恐らくターゲットには本名でないことはバレているだろうし、この烏間さん…いや、烏間先生もそのうち気づくだろう。と考えて、後ろにいるやつらにどうするか聞くことにした。
「なァ、名前……どうする?」
「え?あ〜いつも通りでいいんじゃない?どうせ俺らが本名使ってないことなんてわかってんだろうし」
「そっか。じゃあいいや」
「一応資料は上から貰っている。他に何か名乗る名前があるならばと」
「なんだ、知ってんじゃないスか。じゃあその資料の名前でいいッスよ」
「そうか。」
ナチュラルに敬語やめてきたなこの人。別に構わないけども。資料があるなら俺たちが年下だって知ってんだろうな。この人は見た感じ20代後半…28くらいかな。俺たちの中で最年長は原人の26だから、確かに俺たちのほうが年下だ。
「じゃあ……教室まで案内してもらってもいいスか?」
「お願いしま〜す」
「…あぁ」
向こうがタメ口でくるなら俺たちもある程度雑な態度でいいか。なんて考えながらそのまま歩き始めた烏間先生に着いて歩く。
──────────
律が僕ら3年E組の一員になってから数日が経った。
始業のベルが今日も鳴る───
はずだったんだけど、今日はどうやら殺せんせーから話があるらしい。いつもより少し長めのホームルームで殺せんせーはこう言った。
「今日からこの教室に新しい先生が来ます!」
教室は一瞬だけザワついたけど、みんなすぐに冷静になった。そう、この教室に来る教師なんて、どう考えたって僕らの担任を殺しに来た"殺し屋"なんだから。
「ささ、皆さんで明るくお迎えしましょう!ほら、どうぞ!入ってください!」
殺せんせーは転校生でも紹介するみたいに教室の閉まったドアに声をかけた。数秒待ってもドアが開くどころか返事すら返ってこない。ドアの向こうに人の気配はするけど、開ける気はないみたいだ。
殺せんせーがそっとドアを開くと、そこにいたのは憂鬱そうな顔をした烏間先生だった。いくら殺し屋だったとしても、新しい先生の登場にみんな少しはワクワクしていたのに、まさか殺せんせーにのせられただけなのか?なんて空気になった。
みんなが訳がわからないという顔をしていると、烏間先生が口を開いた。
「彼らなら隙をついてお前の私物を調べに行ったぞ」
────────
ホームルームの数分前。
教室の入口付近まで案内してもらった俺たち四人は、教室内部にすでにターゲットの気配があることに気がついた。最高速度マッハ20の超生物なら、俺たちより先に教室に入っていても何らおかしくない。
聞いた話によると、ヤツは相当なまでに生徒のことを大切にしているらしい。ならば生徒の様子を見てコミュニケーションをはかる朝のホームルームという時間を無駄にするわけが無い。
そう踏んだ俺たちは、この隙を狙って職員室にあるであろうヤツの机を調べる事にした。本人が居ては隠されるモノもあるはずだ。暗殺には下調べが必要不可欠。ヤツの情報を多くは持たない俺たちは、少しのチャンスだって逃したくなかった。
「おい、これは?」
「これは……生徒の情報が纏めてあるファイルか。やべぇなコレ……」
「とんでもない情報量だな」
げんぴょんが手に取ったファイルには生徒一人一人の情報が事細かに書いてあった。学力の傾向から細かな性格分析まで。ヤツがいかに彼らにとっての教師であろうとしているかが見て取れた。
「あ、引き出し開くよ」
「お!なにがでるかな〜」
「………。」
こんそめとあろえは、デスクの引き出しを開いて数秒見つめてから無言で閉じた。
「どうした?」
と聞いてみると
「これは別に関係なさそうかも」
「うん、エサにはなるだろうけど俺らにはどうしようもねぇな」
げんぴょんが気になったようで、もう一度その引き出しを開けると
「女だ!エロい女!」
と嬉々として入っていた雑誌を取り出していたため、俺はそっと目を逸らした。
職員室のドアがガタガタと音をたてて開かれる。立っているのは呆れた顔をした烏間先生と、触手で顔を覆いながら赤面したターゲット。「勘弁してつかぁさい……」と呟いている。
「生徒たちが待っている。そろそろ教室に向かってくれ」
「は〜い」
烏間先生の言葉に俺たちは気の抜けた返事をした。ターゲットに関する有益な情報はこれといって見つからなかったけれど、ヤツに精神的ダメージを与えられたなら良しとしよう。
─────────
殺せんせーと烏間先生も教室から出ていってから数分前が経ったとき、殺せんせーがマッハで教卓に現れた。
「さ、気を取り直して新しい先生方の紹介に移りましょう!」
殺せんせーの頬がほんのちょっと赤いのが聞きなったけど、それより僕らは新しい先生に興味津々だった。
「ささ!どうぞ!入って入って!」
やけにテンションの高い殺せんせーがガタガタ音をたてながらドアを開けると、驚いたことに、男の人が四人入ってきた。てっきり一人増えると思っていたのにまさか四人も一度に増えるなんて、誰が決めたのかは知らないけど地球の危機への焦りを感じる。
「では自己紹介をお願いします」
「ぐちつぼで〜す。シャス」
ぐちつぼ……?見た目はどう見ても日本人っぽいけど…殺し屋としてのコードネームなのかな。レッドアイさんみたいな感じで。
「げんぴょんで〜す」
「あろえです」
「んそめでぇす」
四人とも個性的な名前だ。最後のんそめ…先生?に関しては"ん"から始まるとか、ちょっと呼びにくそうだな。ぐちつぼ先生とげんぴょん先生は気だるそうな雰囲気で喋っていた。でもなんだか大人っぽくて、烏間先生とは違う、ちょっと"アブナイ大人"の魅力があるんだと思う。あろえ先生とんそめ先生は人の良さそうな笑顔をしていて、とても殺し屋には見えない好青年のように思えた。
「あ〜、んそめは呼びにくいだろうから"こんそめ"って呼んだ方がいいよ」
ぐちつぼ先生がそう言った。なるほど、"んそめ"は"こんそめ"から"こ"が取れてる名前だったのか。僕らが呼びにくいだろうなんて気を遣ってくれたぐちつぼ先生は、目つきは烏間先生に負けず劣らず鋭いけど、きっと優しい人なんだろうな。
「ぐちつぼ先生とこんそめ先生には、今日から三年E組の国語と数学を担当していただきます。もちろん、先生の授業もありますから、寂しがらないでくださいね」
ぐちつぼ先生は国語の教師なのか。四角いメガネがよく似合っていて、どこか理系の人みたいに見えたせいでちょっと意外だった。こんそめ先生は数学か。国語も数学も僕らには受験に関わる大切な教科だ。最初の頃のビッチ先生みたいに、身にならない授業をされるのは嫌だな。
「げんぴょん先生とあろえ先生には非常勤講師として、美術と家庭科を担当していただきます。正直先生に教えられることはあまり多くなかったので助かる話です」
美術と家庭科をちゃんと教われるのは確かに嬉しいな。家庭科なんて殺せんせーのふざけた授業しかないのに、テストもあるからある程度は勉強しなきゃならないしで大変だった。ちゃんとした美術の授業はきっとこのクラスにも喜ぶ人がいるはずだ。
「では突然ですが今日の一時間目と二時間目は自習にします!」
「「「え!?」」」
僕ら生徒の声と、新任の四人の声が重なった。
「皆さんは、一人で自習するも良し!彼らとコミュニケーションを図るのも良し!彼らにわからない問題を質問するも良しです!先生はちょっと香港まで小籠包を食べに行ってきます」
殺せんせーはそう言うと窓から飛び出して行ってしまった。教室に残されたのは生徒27人と、教師4人だけ。微妙に気まずい空気が流れる中、最初に口を開いたのは気遣いのできる磯貝くんだった。
「あの〜、とりあえずこの二時間をどう使うか、みんなの意見を聞いてもいいかな」
「俺はせんせー方にいろいろ聞いてみたいな〜」
なんて誰かが言えば、それがいいという空気が流れる。いくら僕らが特殊な状況に置かれている中学生だとしても、腐っても中学生。この手のイベントは大好物なんだ。
二時間の使い道が決まったところで、四人の先生たちは自然と教室の中でバラバラになった。きっと「聞きたいことがあるヤツの所に行って聞け」ということだろう。ほとんど言葉も交わさずに連携を取れているあたり、彼らのチームワークが滲み出ていた。
僕が四人のうちどこに行こうかと迷っているうちに、ある程度人の移動は済んでいた。ざっと見回すと、ぐちつぼ先生の所には男子が多いみたいで、こんそめ先生のところには男女均等くらいに集まっていた。あろえ先生とげんぴょん先生のところには女子が多いけど、美術の好きな菅谷くんあたりは彼の所に行っていた。そうなると必然的に人が多く集まっているのはぐちつぼ先生のところだった。
「渚くん、誰のとこ行くか決めた?」
「あ…うん。ぐちつぼ先生のとこにしようかな」
「そっか、俺もそうしようと思ってたとこ」
カルマくんに声をかけられた。彼のことだから自分の席で寝たりしてるのかななんて思っていたけど、案外新しい先生たちに興味津々のようだった。
「カルマくん、意外と興味津々だね」
と聞いてみると
「やっぱいろいろ聞いとかないと。イジれる種が欲しいんだよね」
そう返ってきた。カルマくんのブレないところはさすがだと思う。
ぐちつぼ先生の近くの席に座ると、先生が話始めた。
「マジでなんで俺んとこにこんな人多いのかわからんけど、とりあえず始めるか…。はい!なんか聞きたいことある人〜!」
ぐちつぼ先生は思ったよりテンションを上げてきた。自己紹介のときの気だるげな喋り方とは打って変わって、僕らを盛り上げようとしているみたいだった。
「は〜い」
「はいそこの赤髪」
トップバッターはカルマくんだ。随分積極的だなぁ。
「せんせーは殺し屋なんですか〜?」
「……。まァ、本名を名乗らない時点でお察しってことで。はい次の質問どぞ〜」
「は〜い」
「はい赤髪」
「せんせーは何のためにここに来たの?賞金のため?すぐに殺してここを出れると思ってんの?」
「……長期任務の予定ではある。お前らが今までどんな目に遭ってきたのかは調べてきた。お前らの邪魔になるようなことはしねェよ」
カルマくんはかなり攻めた質問をした。でもぐちつぼ先生は真剣な目で僕たちを見てそう言った。きっと本気で僕たちの邪魔をしないと約束してくれているんだろう。カルマくんはカルマくんで、ビッチ先生のときのように授業をおざなりにされて僕らの本業が疎かになるのを案じてくれている。煽るような物言いなのは、ぐちつぼ先生の煽り耐性を試しているみたいだ。
「ふ〜ん、乗ってこないね」
僕の隣のカルマくんは小声で呟いた。そして三度目の挙手をすると、先二回と同じトーンで「は〜い」と口を開いた。
「赤髪どうぞ」
「せんせーはちゃんと国語教えれんの?国語なんて正直誰でも教えられるとか思ってない?」
「…おいおい、あんまナメてくれんなよ。…と言いたいとこだけど、生憎俺が教えんのは受験用の国語じゃない。受験エアプなもんで」
エアプ…?と内心困惑していると、近くにいた神崎さんがこっそり説明してくれた。「エアプレイとかエアプレイヤーの略で、未経験者が玄人みたいに振る舞うこと」らしい。ゲーム用語みたいだから、ぐちつぼ先生もゲームが好きなのかな。
「授業用じゃない国語ってなんなんすか?」
と杉野が聞くと、良くぞ聞いてくれたとばかりに上機嫌にぐちつぼ先生が話し始めた。
「それはだなァ……そう!"話術"だ!」
「話術…?」
「ここの担任もいつかに言ってたって聞いたけど、暗殺には誰かを騙す話術が必要不可欠!そして完結な情報伝達、人前での喋り方、ちょっとした誤魔化し方なんてのも教えようと思ってる。どう?思ったより有意義そうじゃない?」
僕らは目を輝かせてぐちつぼ先生の話を聞いていた。こんなに有意義な授業が増えるなんて、僕らにとっては嬉しい話でしかない。カルマくんですら感心してるみたいだ。結局のところ、言葉から他人の意図を読み取ったり、伝えたい事を理解して要約する能力はテストにも活きるはず。周りを見渡せば、彼の授業が楽しみだとみんなの顔に書いてあるみたいだった。
その後しばらくぐちつぼ先生は質問攻めにされていた。
「せんせー彼女いますかー?」
これは定番。もはや定型と言ってもいいくらいによく問われる質問だろう。
「黙れ。はい次はどいつだ〜?」
この人…誤魔化す方法も教えてくれるんじゃなかったの…?と思えるくらい清々しく「黙れ」って言っちゃったよ。
「先生何歳ですか!」
「あ〜………………は…たち…」
「「絶対嘘だよね!?」」
その場にいた全員から総ツッコミが入った。もしかして…誤魔化すの下手なんじゃ……?
「うるせェな!!今年で二十五だよ文句あんのか!」
「「無いけど!!?」」
隠したがるほど年を食ってる訳じゃない事実にまたしてもツッコミが入った。ドッと笑いが起きた中で、次の質問をしたのは神崎さんだった。
「先生はゲームがお好きなんですか?」
「お、鋭いなァ。それは正解。俺たちは七人ともゲームフリークと言っていいね」
「…七人……?」
「おっ…と、喋りすぎたわ。次の質問どうぞ」
彼が口を滑らせたのか、わざと匂わせたのかはわからないけど、彼は確かに今"七人"と言った。今日来たのは四人。つまり、あと三人彼の仲間がいるということだろうか。
「渚くんさぁ…気づいた?」
「どうしたの?カルマくん」
「あの先生に俺らは踊らされてんだよ」
「え?」
「俺たちはさ、あの先生が授業のことを説明したときに魅力的だと思ったわけじゃん?多分それにもタネがあるんだろうね。魅力的だと思わせる話し方とかさ」
「そ、そうかな…。でも僕は実際すごく役に立つ刃になると思うけどな」
「そりゃあ役には立つだろうね。でも……手放しに信用してもいいのかねぇ…」
カルマくんは少し不安そうだ。ぐちつぼ先生だって本職はきっと殺し屋なんだ。お金を貰って人を暗殺する仕事…。しかも日本人なだけあって、ビッチ先生よりも生々しく"死"を感じてしまう。
「せんせーのこと、俺たちは信用していいわけ?殺し屋なんでしょ?」
「あぁ……勉強に関することなら信用してくれていいよ。俺らだって教師くらいマトモに務める気で来てる。ただ……」
「ただ…?」
「…あんまり俺らを信頼するなよ」
「…なんで?」
「なんでってそりゃァ…殺し屋だし。人を殺すことを生業にしてるわけで、お前らの担任みたいに出会って少ししか経ってない中学生のガキを命懸けて守るとかしねェからな。はここだけの話烏間センセーには言えないことは山ほどあるしな……」
「ふーん。じゃあその言えない話を俺らが調べて烏間先生にチクったらどうなんの?」
「俺らが何をしてたかなんて政府も知らない話なんだよね。ナメられちゃ困んだよ……!」
途端に空気が変わったようだった。ぐちつぼ先生はその赤みがかった瞳で、まるで捕食者のような視線をカルマくんに向けていた。今までのぐちつぼ先生が"教師"であったなら、今は一人の"暗殺者"にしか見えなかった。それは彼が教師という皮をどれだけ上手く被っていたのかがよく分かる変化だった。
この教室の中で、僕らのいる周辺だけ空気ががビリビリと鳴っているみたいだ。ホンモノの殺気。僕らにはまだ扱えないようなホンモノの。彼と僕らはきっと全てが違う。たった十五年を生きた僕らと、人を殺すことを生業にしたぐちつぼ先生の二十五年では、味わってきた感情も、経験も、全てが違うんだ───
「…おいぐちつぼ、落ち着け」
「……こんそめ」
誰かが銃に手を伸ばせばそのまま戦闘が始まってしまいそうなほど緊迫した空気の中、その沈黙を破ってくれたのはこんそめ先生だった。
「お前なぁ、中学生相手に殺気立ってどうすんだよ」
「……」
「そこの赤髪もなぁ、ちょっと煽りすぎだろ。あくまでこの教室の中では生徒と教師。教師をナメる不良生徒がいるなんて聞いてないんだけど?」
「…ナメてないけど?俺たちはアンタらの事を信用していいのかって聞いただけ」
「俺らが殺し屋だって事はバレてんだよね?」
「うん」
「それなら言うけど、別に初日で信用なんかしなくていいよ。俺が生徒だったらいきなり殺し屋が四人も教師になるなんて意味わかんねぇし混乱もするわ。それなのにお前らはなんでも受け入れすぎなんだよ。どっかで諦めてる…っていうかさ」
こんそめ先生の言葉は僕ら生徒の心に、鋭利なナイフになって突き刺さった。初対面のはずなのに僕らのことを見抜かれている恐怖と射抜くような視線が示す本心からの言葉だという事実が、僕らの心臓に刺さったナイフから伝わってくるみたいだった。
「なんていうか、俺らはお前らと仲悪くなりたい訳じゃないから。もうちょっとラフに絡んでくれていいんよ。…な?ぐちつぼ!」
「ん?あぁ…みんな悪かった。…ただしナメんじゃねェぞ〜!」
こんそめ先生が来てくれたおかげで、空気が少し緩んだような気がした。ぐちつぼ先生は笑顔で僕らには呼びかける。ちゃんと謝れる大人は信頼できるとどこかで聞いたことがある。彼はきっと、根は真面目でしっかり者。そんな気がした。カルマくんもぐちつぼ先生も冷静さ取り戻したみたいで、今やすっかりいつも通りだ。
「よ〜し、ここでちょっとお勉強な!」
「「「え?」」」
突然お勉強と言われて僕らが混乱していると、こんそめ先生は躊躇わずに明るい口調で元気良く続けた。
「はい問題でーす。俺がさっきぐちつぼに言った"落ち着け"という表現を英語でしなさい!」
「こんそめ先生は数学の先生じゃないのかよ!」
なんてツッコミもとい野次が入ると、からりと笑って彼は答えた。
「これくらいはいいだろ。ほら、答えはぐちつぼに聞けよ〜!俺は俺んとこ来てくれた生徒と話してくるから」
そう言うとこんそめ先生は元いた場所に戻ってしまった。この場の空気はすっかり和やかになって、和気あいあいとこんそめ先生が出した問題の答えを出し合っていた。
……すごい人だと思った。明るく朗らかでありながら常に冷静で、盛り上げ上手で、去り方もカッコイイ。そんなのイケメンじゃないか…顔も整ってるし。
「おい渚〜!お前英語得意だったよな!さっきの答えわかる?」
「あ……うん!Calm downじゃないかな」
「へ〜!渚すげぇな!ありがとう!」
杉野は足早にぐちつぼ先生のところに行って、答え合わせをしているようだった。一瞬明るい顔になったかと思うと、すぐに驚いた表情になり、そして難しい顔になって僕のところに戻ってきた。
「渚〜。なんか、"Calm downも正解だけど定番すぎるから他の表現も持ってこい"だってさ」
「他の表現か……。ごめん、思いつかないや」
「そうだよなぁ…」
「あ、カルマくんわかる?」
「ん〜?案外シンプルな単語でもいいかもよ?Easyとかね」
「なるほどな…!行ってくる!」
しばらくすると杉野が嬉しそうな顔のまま戻ってきた。
「正解だってよ!カルマも流石だよなぁ」
「……あの先生も採点出来るってことは、英語科の教師じゃないのに相当なパターンを知ってるってことだよね?」
「確かに……」
「せんせー!ぐちつぼせんせー!」
と杉野が大声で呼ぶと、ぐちつぼ先生も大きめの声で「どうしたー!」と返してくれた。
「ぐちつぼ先生は英語も出来るの?」
「俺は英語、社会、数学、国語なんでも来いって感じかな。どう?すごいしょ?」
「なんか自分で言われるとウザいな……」
「はぁ!?もっと歯に衣着せろや」
「先生それ使い方合ってんの?」
「合ってないからお前らは正しい使い方覚えな」
あははと笑い声で教室の一角が溢れていく。彼の言葉にみんな心から笑っているようだった。
今までよりもっと刺激的になりそうなE組での生活が僕はちょっとだけ楽しみになっていた。