祝福休暇で日本に帰ってきてしばらくして、俺は一通のメールを受け取った。なんでも、円堂も今日本にいるらしく、どうしても大事な話があるから電話でなく二人で会いたいという。久しぶりに会えると喜んだ俺は、一も二もなく了承の旨を返信した。
「あいつ、なかなか押しが強くってさ」
待ち合わせた店の奥まった個室、向かいに座る男はそう独りごちながら幸せそうに薬指を撫でる。その顔は、今まで見てきたどの顔よりも穏やかだった。俺はおめでたい報告を聞きながら、胸の奥でずっと蓋をして仕舞っていた感情に再び向き合っていた。
「そうか、おめでとう」
「へへ、ありがとな。…いやあ、お前には一番最初に聞いて欲しくってさあ!」
「……なぜ俺なんだ」
「運命なんだよ」
「え?」
円堂はまっすぐ俺の方を見据えて言う。
「俺、今でもお前に会えたのは運命だったと思ってる」
「……照れるな…」
「本当だって!帝国との試合で一点決めてくれたあの日がなかったら、俺、今頃サッカーやってなかったかも」
「それはないな。お前ほど筋金入りのサッカーバカが他に宇宙の何処にいる」
「でも、お前に会えなかったら今の俺がなかったのは本当だよ……ありがとう」
こんなことを言われて自惚れてしまいそうになるが、テーブルに置かれた円堂の左手を見て落ち着かせる。
裏切られたと思うのはあまりにも勝手だ。しかし仕舞っていたせいで余計に溜め込んだ気持ちを直ぐに捨てられるほど、俺は実直でもなかったようだ。
苦い酒を煽りながら目の前の男を見る。
初めて会った頃から変わらず、太陽のような男の目が今の俺には眩しすぎて、気づかれない程度に視線を逸らし、顔の中心のあたりを見つめて息を吐く。これは大人になって覚えた仕草だった。
「俺も…円堂に会えてよかった。こちらこそありがとう」
(でも俺はお前の“運命”にはなれなかったな)
円堂の話はそれから今のお互いの現状、かつての仲間たちの近況の話、サッカーの話…と移っていき、いつのまにかまた円堂の妻の話題になっていた。
気づけば普段あまり飲まないはずの自分のジョッキは既に一つ空になっていて、耳に入っても通り抜けるような心地で話を聞きながら、手を挙げて店員を呼びつけ水を頼む。
雷門…いや、円堂夏未のことも俺は嫌いになんてなれなかった。眠ったままの妹を気にしサッカーから遠ざかっていた俺を、再びフィールドに立たせてくれた彼女のことは尊敬していたし、同じ雷門の一員だと信頼していた。
己を救ってくれた円堂に特別な感情を抱くことだって、何ら俺と変わりなかった。
「……そんでさ、夏未の気持ちは嬉しいんだけどさすがに味が……ん?聞いてる?」
「聞いてるぞ」
俺はいつも遅かった。結局俺のほうは何も言えないままに雷門は円堂に告白し、付き合い、結婚したのだ。そうあるべきだったし、実際そうなったのだ。俺に言えることはただ祝福の言葉であって、他は許されない。ましてや、割り込むことなんて。
夜も更けそろそろお開きかといったところで円堂が口を開いた。
「式のことなんだけどさ。あとでちゃんと招待状は出すけど……来れるか?」
「予定なんていくらでも開けられるさ。なんたって親友の結婚式だからな」
自分で言いながら少し傷つく。が、顔には出さない。
「あ!でも無理して来るとかやめろよ?出来るだけ皆が忙しくない時期にしたつもりだけど」
「円堂が呼べば全員無理してでも来ようとするだろうな」
「ええ〜っ!」
子供みたいに笑いあえる時間が一番楽しいと思った。
まだ無邪気だったあの頃を思い出して、残っていた水を一気に飲んで立ち上がる。
「この後河川敷に行かないか」
「お、サッカーか?よし、受けて立つ!」
あの頃みたいにボールを追いかけている間は、この気持ちを忘れよう。
次に会うときは純粋に祝えますように。