シンデレラタイムが終わっても──ここは、どこだ?
意識のはっきりしない頭で周りを見渡す。目が覚めたら知らない場所にいるなんて、まるでマンガみたいだ。
ふと、自分の服の惨状に気づく。
「はあ?!なんじゃこりゃ、ボロボロじゃねえか!」
裾はほつれ、服もツギハギだらけでこれはまたなんとも…みすぼらしい。
おまけにいつもの頭のリボンは灰で薄汚れた頭巾に変わっている……ん?
床に散らばる汚れたハタキに、雑巾に、目の前の暖炉。高級そうな。これってもしかして。
「シンデレラ!もう掃除は済んだのかよ?」
聞き覚えのある声と共に重厚そうなドアが開けられる。
そこに立っていたのはドレスを着て扇子を持った──
「倉間!?それに速水、浜野…?何してんだよ、お前ら……?」
「いつ呼び捨てて良いって言ったんだ?オレたちはお前を追い出しても良いところをゼンイ!で!家事をする代わりに住まわせてやってるんだからな!」
「は、ハァ?」
「お母様、ちょっと言い方キツ過ぎじゃないですかぁ〜…?」
「そーそー、そんなカッとなったら血圧上がるよ〜?」
扇子で顔を隠しながらオドオド言い出す速水。頭を掻きながらヘラヘラ笑う浜野(なぜか、ドレスの袖は肩まで捲られている)。
そして、顔を見上げてキッと怒る倉間。なんかいつもの光景だ。服装を除けば。
「うるさい!とにかく、オレたちは今夜の舞踏会に行くんだから、帰ってくるまでに全部掃除やら洗濯やら全部やっとけよ!」
そう吐き捨てて倉間はドアを蹴って出て行ってしまった。
「えーっと、じゃあ…そういうことなので」
「頑張ってね〜」
後に続いて二人も部屋を出て行った。
…これ、やっぱりアタシって“シンデレラ”なのかな。
多分またアーサー王の時みたいなことが起きてるんだと思う。難しいことはわかんねえけど、腹が立つから後でアイツら絶対シメてやる!
それはそうと…この屋敷全部か。見たところなかなか広そうだから、一苦労しそうだな。まあ仕方ねえ、やってやる!アイツらの度肝を抜いてやるぜ!なんてったって天下の雷門サッカー部マネージャーだからな!そう意気込んでアタシは雑巾を手に走り出した。
「ハア、ハア…!こ、これで、全部、か……?」
数時間後。アタシはピカピカになった廊下にへたり込んでいた。なんなんだこの屋敷、広すぎんだろ!神童ん家ぐらいあんじゃん。こりゃあそこのメイドさんたちも大変だわ。使用人の苦労に思いを馳せながら、疲れで落ちてくる目蓋に抗っていると──
「うわあ〜!すっごく頑張ったんですね、シンデレラさん!これはご褒美あげなくっちゃ!」
「あ、葵?」
やってきたのはえらくご機嫌そうな葵だ。どうやらこの世界では魔法使いらしく、可愛らしいピンクのローブを羽織ってファンシーな星がついた杖なんか持っている。
「はい!魔法使いのアオイです!素敵なシンデレラさんには、こちらをプレゼント!」
「え、え?」
一振りで現れたカボチャの馬車に、みるみる変わる服。
完全に忘れてた。そっか、シンデレラは舞踏会に行くんだった。
「王子様は退屈そうだったし、これはチャンスですよ、シンデレラさん!行ってらっしゃーい!12時までに帰ってきてね!」
「チャンス…!?ちょっと待てよ葵…!!」
アタシは蝋のついた手紙を持たされ、馬車にあっけなく押し込められた。
しばらくして、馬がいななき馬車のドアが開いた。どうやら目的地に着いたらしい。門番(顔を隠していたからわからなかったが、後から思えばあの声は剣城だった)に手紙を見せて、城内に入った。すると、舞踏会の会場までの廊下を歩く間、いろいろ耳に入ってくる。「ねえ…王子様はどんな人がいいのかしら」「もう何人も断っているそうよ」「私にもチャンスがあるかしら?」「ああ、王子様はハンサムね」「あら、私はミステリアスだと思ったけど」そっか、これって王子の結婚相手を探してるんだっけ。王子役はやっぱり神童か?アイツああいうの似合うしな。
そこまで考えたところで、…思い出した。
「このままだとアタシが結婚するんじゃねえのかーー!?」
なんというか、非常にまずい気がする!いや、神童のことは嫌いじゃないけど、そういうのじゃないし…何よりアタシは…って違う!そうじゃない!でもそもそも王子が神童かもわからないんだし!
ちょっと浮かれてたけど、一気に血の気が引いた。今はとにかく…そういうんじゃないから!
…決めた。アタシは王子に見つからないように逃げることにした。全部を楽しめないのは惜しいかもだけど、背に腹は変えられない。アタシは耳を澄ませる。会場のドアから漏れ聞こえるピアノと…「ねえ、王子様はどこに行ってしまわれたのかしら?」…ん?神童といえばピアノだし…?アタシは意を決してドアからそっと中を覗いてみた。グランドピアノと…演奏は神童!それに玉座みたいな場所には誰も座ってない。じゃあ神童は違うのか。ほっと胸を撫で下ろす。ん?とりあえず安全は確認できたので、中に入る。優雅なピアノの演奏と、テーブルいっぱいのご馳走!天城先輩がいたらはしゃぎそうだな。アタシはスッカリ元気を取り戻して、せっかくだし好物を目一杯食べることにした。
「おお、いい食べっぷりのおなごぜよ!」
前言撤回、勢いよく振り返る。
「錦ィ!?!!」
「ん?ワシを知っとるんか?はっはっは、嬉しいぜよ!ワシはニシキ王子じゃ!こん国の王子に招待されてここに来たんじゃけど、ワシは踊りはさっぱりでのう…」
「…じゃあなんで舞踏会なんかに?」
「美味い飯がたらふく食えると聞いたきに!」
「なんていうか……お前らしいな」
「ん?なんか言うたか?」
「いーや?なんにも。あいにくアタシも踊れないんだ。誘うなら他を当たるんだな」
「おお、そうか!いやあ、大層なドレス着てるもんじゃから、てっきり…。じゃあの!綺麗な嬢さん!」
「…………ハアッ!?」
…今の、本当に錦だったのか?火照った顔を冷ますために、アタシはいそいそと中庭に出る。
でっかい噴水のヘリに座って、しばらくぼーっとしていると、不意に背後から手を引かれた。
「やっと…見つけた」
薄水色の瞳と目が合う。
「……茜?」
「せいかーい」
立って茜の格好を見ると、なんだか高級そうなシルクのタキシード…というかこれは、
「茜が…王子」
「うん、そうみたい。起きたら、こうだった。だから探してた。お姫様」
「で、アタシが。シンデレラ」
「水鳥ちゃん、ドレス着てる」
「似合わないか?やっぱり…アタシだってたまには綺麗なドレスで着飾りたいときもあるんだけどな」
「ううん…似合ってる、とっても。すごく綺麗なお姫様」
「な、なんか、それはそれで…照れるな」
「ほんとのこと。水鳥ちゃん、前に可愛い服着たがってたし、うれしい」
茜はいつもふわふわしてるけど、それでいて言葉は真っ直ぐだから、真正面から褒められるとなんだか嬉しい。
「アタシも、茜の────
ゴーーーン、ゴーーーーーン……
どこかで鐘が鳴った。そうだ、シンデレラの門限は12時だった!
「まずい!茜ゴメン、アタシ行かなきゃ──」
「その必要はない」
「え?」
「わたしたちには別の馬車がある」
「まさか、それって」
「おーーーーい!ワンダバ様が迎えにきてやったぞーー!」
爆風を巻き起こしながら、虹色に光る車体が目の前に滑り込んできた。
「まさか、アーティファクト読み込みの点検中に誤作動が起こるとはね…ごめんね!水鳥さん、茜さん、巻き込んじゃって」
申し訳なさそうにフェイが車内から降りてきた。続いてワンダバも神妙な顔で降りてくる。
「うむ……だが、無事で何よりだ!他のみんなは回収したから、あとは君たちだ」
「…じゃあ、帰るか。茜」
「うん。それに、もう12時だし」
「じゃあ早く乗り込め!そろそろ時空の狭間が閉じようとしてるんだ!帰れなくなるぞ!」
「そりゃやべえ!急げ!」
茜の手を引いて急いでキャラバンに乗り込み、これでアタシのシンデレラは終わりだ。
現代に戻ってきてすぐ、葵からの連絡でサッカー棟に向かう。どうやらアタシと茜以外は何があったかあんまり覚えてないらしい。フェイとワンダバはまだ点検があるらしいので、駐車場で別れることになった。
「お?なんじゃお前さん、その格好は」
歩いていると同じくサッカー棟に向かおうとしていたんだろう、錦が驚いた顔で声をかけてきた。別にもういつもと変わらない…って、あ!
「まだ着てたのかよ……!?」
隣の茜を一瞥する。
「水鳥ちゃん、さっき疲れて寝てたから、その時着替えた」
「茜…言ってくれよ…!」
茜は微笑むだけだ。錦はあっけらかんと言う。
「なんかお主がそんな服着てると、なんちゅーか…馬子にも衣装って感じじゃのう!」
「〜〜〜ッ!さっきのアタシがバカみたいじゃないか!」
「痛え!?!なんで蹴るんじゃあ?!」
「うるさい!」
やっぱり別人だったんだ!アタシはガラスの靴でそのまま錦の尻を蹴った。
「水鳥ちゃん、ナイスキック」
耳横でカシャっと音が鳴った。