結局みんな狂ってるそれは本当に気まぐれに、断ろうと思えばいくらでも理由はあったのに。
仕事が忙しいとか、娘の事業を手伝わないといけないだとか、天国の会合が忙しいとか。
色々あったんだ。
しかし、それは本当に、本当に魔がさして、出向いてしまった。
「よくお越しくださいました」
へこへことこびへつらい手で胡麻をする支配人にはぁ、とため息を着いた。
いつもならこんな低俗な悪魔の元になど来ない。
毎週届くラブレターのような封筒を毎週ランプの種火としてくべていたのに。
この日はつい、手紙を開けてしまった。
美しいものがあるので来てほしい。
なんて書いてあり、この地獄に美しいものなど何もないというのに。どういったものなのかほんの少し興味が沸いてしまった。
「おべっかはいい。本題だけ。私は忙しい」
目深に帽子をかぶった。
周りには不愉快なものが多すぎる。
やせぎすの悪魔が檻の中に入っていたり。
子供の悪魔が泣いていたり。
何かと何かが混ざった動物が檻の中に入っていて汚らしい。
動物はそのままの姿が美しいというのに。
人間の感性というのは理解しがたい。
「申し訳ございません、こちらです」
見せられたのは見覚えのある一対の翼。
「どうですか。あの、天使アダムの羽です」
「……どこで手に入れた」
「闇市で流れてきたものを買ったのです。しかし、私だけで占領するのはいかがなものかと思いまして。貴方様もゆかりがあるでしょう?」
にやりと笑われて不快に感じる。
わかった上で呼び出していたのだ。
来るかわからない自分を。
「来てくださって本当によかった。そろそろ処分しようと思っていたんです」
「処分とは?」
「人食い悪魔の町に売るんです。また高値でね」
「……私に買わせようとしているのか?」
「それは、あなた次第」
商売人である。
少なからずアダムとは縁があった。
それをわかっていてこういう話し方をするのだ。この悪魔は。
「はぁ…わかった。買おう」
「毎度、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
悪魔たちにとっては大金で、私にとってははした金を払ってアダムの羽を購入した。
勢いで買ってしまったものの、これをどこに置こうか。
散らかる部屋を眺め、とりあえずタンスの裏に隙間を見つけたのでそこに押し込んだ。
やたらとかさばるそれに嫌気がさしながら溜まり切った書類に手をかけた。
***
「いらっしゃいませ。ようこそお越しいただきました」
もう二度と訪れることがないと思っていた場所に再び訪れていた。
また意味深な手紙を寄こしたからだ。
「いらっしゃると思っていました。貴方は美しいものがお好きですから」
以前案内された場所を再び通る。
やせぎすの悪魔はぐったりとしていて泣いていた子供はもうどこかに売れていったらしい。
何かが混ざった動物は元気に飯を食っていた。
「こちらです」
そういって見せられたのは足。
「……なんだこの汚らしい足は」
決して美しいとは言い難いそれに眉をしかめた。
「まぁまぁ。これはアダムの足です」
「…本当か?」
「まぁ…これだけじゃわかりませんよね。私も怪しんでおります。しかし、地獄で人間の肌色を持っているものは多くない。これは美しい人間の足だ。悪魔にならずにここにあるということはきっとアダムの足に違いない」
自信満々にいう悪魔にもう一度足を見た。
お手入れがなっていないすね毛。指にも毛が少し。
運動不足気味の大腿。膝に少し肉がのっている。
確かにアダムと言われたらそんな気がしてきた。
「…わかった。買おう」
「毎度ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
汚い足を二本抱えて城へと帰った。
散らかった部屋の中に謎の人の足。
おそらくアダムのもの。
さて次はどこに置いておこうか。
長考の結果自身のブーツの型崩れ防止にすることにした。
「くそ、入らないじゃないか!デブめ!!」
ぽい、とその辺に放り投げベッドに沈んだ。
そうこうして、アダムの羽がホコリをかぶり始めた頃、再び手紙が届いた。
しばらく連絡がなかったからもう来ないものかと思っていたルシファーは何事かと店へ足を運んだ。
「ルシファー様、こんにちは、よくぞお越しいただきました!実は!ようやく完成したのです!」
いつも胡麻をすり、こびへつらうオーナーが興奮気味に寄ってきた。
同じようにまた部屋に通されると以前いた悪魔や動物は消えていた。
大きな布をかけられた物の前まで案内されるとスポットライトが当たる。
「どうぞご覧ください!これが私共の最高傑作です!」
ばさりと布を外されその中のものを見て絶句した。
大きな水槽に両腕を固定された人魚。
茶色い髪に顎鬚。
鍛えられた上半身。
そして、サメの尾のような下半身。
「見てください!こちら!元、天使アダムの人魚です!」
「……これのどこが人魚なんだ?」
そう、その人魚は歪だった。
腰から下、魚の部分と人間の部分は不自然な縫い目でくっつけられている。
どう考えても人工的に作られた人魚だった。
「精々、つぎはぎの人間と魚じゃないか」
「いえいえ!少々結合には傷が残りましたが内部はしっかりとくっついています。あまりにも暴れるので今は眠らせていますがちゃんと下半身も動きますよ」
両腕としっぽを鎖で繋がれ磔になっているアダムの人魚を見て不快な気持ちになった。
神の創造物をよくもまぁここまで無茶苦茶にしてくれたもんだ。
「いかがでしょうか!?今回も連れ帰って……」
「もういい」
指をぱちりと慣らしてその悪魔を消し炭にする。
悲鳴も上げないほどの強い炎で燃やし尽くした。
アダムの入った水槽を魔法で浮かせ、ポータルで城に運び込む。
自分もポータルに入る瞬間に不快なその店を全て燃やして帰った。
***
やはりあの店はアダムの全てを回収していたんだなぁと思う。
悪魔は本当に抜け目がない。
「はぁ…」
人魚にするのに不要な部分を私に買い取らせ、最後に本体を買い取らせる。
悪徳業者だ。
アダムをもう一度みる。
本当に、歪な姿だ。
背中の羽があったところにも無理やりひれが縫いつけられている。
「本当にこれ、目覚めるんだろうな…」
ずっと磔は可哀想に思い、鎖を外してやる。
重力に沿ってゆっくりと水槽に沈むアダムが本当に哀れだ。
じっくりと観察するとアダムの口からこぽこぽ、と泡が漏れている。
「!本当に死んでいないのか、これは…!人間を水中生活出来るように改造するなんて…!なんという才能というかなんというか…もっとほかのことに力を注げばよかったものを…」
魚は鰓呼吸というがアダムの鰓はどこにあるのだろうか…。
脇腹の付近に怪我かと思われた切りこみが入っている。
これが鰓か。
人間の肌色で鰓があるのは少し不気味だった。
「本当に人体改造だな…」
アダムが起きたら暴れるだろうがなにも動かないのも退屈だ。
早く目を覚まさないか楽しみに待った。
***
がしゃーーーん!!!!
大きな音がしてルシファーはその部屋へ向かう。
ルシファーが扉を開けると水槽が壊れ、床が水浸しになっていた。
「ふーーー!!ふーーーー!!!」
怒りで顔が真っ赤になったアダムが水槽から飛び出していた。
ガラスが身体に刺さり金色の血が水槽の水と混ざる。
「おい、怪我をしているじゃないか。大丈夫か?」
手を差し伸べたが、アダムは勢いよくそれを払った。
「触るな!!私をこんな目に合わせておいて!!今更なにを偽善者ぶっている!!」
「はぁ??お前がこんな風になったのはお前の傲慢さ故だろう?何を被害者ぶっているんだ。お前は」
「っ!!うるさいうるさいうるさい!!お前のせいだ!!お前の…!!」
「わかったわかった。もう静かにしろ、うるさい」
魔法を使って水槽を元通りにして水を張る。
怪我をしたアダムの身体も魔法で治して水槽の中に入れた。
「やめろ!魚のように扱うな!!」
「半分魚じゃないか」
「っ!くそっ…!!ここから出せ!!」
「出てもいいが、どうなるか知らないぞ」
アダムの要望通り、床にタオルをしいて地面に置いた。
その足ではどこにも行けないくせに。
「あ、そうだ、お前の足拾ってあるがいるか?」
随分昔に回収したアダムの足をアダムに見せた。
「ーーーー!!!!この!!無神経野郎!!!!しね!!!」
「…ええええ…」
暴言を吐いてそっぽを向いた。
しばらくするとぐすぐすと鼻をすする音がして、ちょっとやりすぎてしまったように感じた。
足はアダムが見えないところにそっと片づけた。
確かに、足だけあってももう元には戻らないだろう。腰から下が魚なんだ。骨盤がない。
すすり泣くアダムをそっとしておいた方がいいと判断し、部屋を出ていった。
***
しばらくして、アダムの様子を見に行くと床でぐったりとしたアダムを見つけた。
「アダム!!」
魚の部分の鱗が異常に乾いている。
ぱりぱりと鱗が何枚が剥がれ落ち、皮膚が露わになった。
身体を少し治して水槽の中に入れてやる。
ゆっくりと沈んでいくアダムに死んでしまったかもしれないという罪悪感を感じながら見つめた。
しばらくアダムを眺めているとゆっくりと瞼が開いた。
自分が置かれている状況に少し怒りを露わにしたがす、と表情が消え、現状に悲観しているようだった。
天国に命じられるがまま、行動したアダムの結末としてはあまりにも悲惨なものだと思った。
「アダム、聞いてくれ…。すまない、知らなかったんだ。お前がこんな状況になっていることを…。知っていればもっと早く探してやれたのに。羽が私の元に来た時点で気づくべきだったんだ…。職務怠慢だった。地獄を統括しているというのに。本当にすまない…」
水槽に手を置いて謝罪した。
自分のせいではないけれど、全く関わりがないとも言いきれない。
羽が出回った時点でほかの部分はどうなったのか、ちゃんと確認すべきだった。
確認を怠ったせいで、アダムの身体は悪魔でも、人間でもない歪な存在になってしまった。
「お前は私を、地獄を、許さなくていい。お前の面倒は私が責任をもってする…元に戻る方法も最善を尽くそう」
「…」
アダムは何も言わなかった。
顔を背けたまま、水槽の底で寝転がっている。
しん、と静寂が部屋を包み、いたたまれなくなった。、
「な…なぁ…腹は減らないか?何が食べたい?何でも用意する」
「……肉。天国で食べられる程に衛生管理がしっかりしたもの」
「わかった、用意する」
携帯電話を弄って手配した。
夜には届くだろう。
「肉が届くまで、話をしないか…」
「……何の話をするっていうんだ」
「その…楽しくなること…?」
こんなにも話題に困るとは思っていなかった。
どれがアダムの地雷になるかわからない。
また暴れられて死にかけられても困る。
「……なぁ、これってさ、本当にちゃんと泳げるのかな」
「え?」
「ちょっと手伝え」
水槽に手を入れろと指示され上から手を入れる。
必死に浮上したアダムがルシファーの手を掴むと尾ひれをゆっくり動かした。
「わ、すごい、動く」
「……順応力高すぎやしないか?」
「お前が私の面倒を見てくれるんだろう?この地獄で一番天国と接点があって安全で私が要求したら何でもしてくれるやつを手に入れたんだ。ならもう悩むのは終わり。元に戻す方法も探してくれるなら私はもう何も怖くない。ただ、無神経さはどうにかした方がいいぞ。だからリリスに逃げられるんだ」
「今リリスは関係ないだろう!!」
久しぶりにみたアダムの笑顔はちょっと歪であったが昔に見た笑顔の面影を残していた。
「ほら、ちゃんと持ってろ、溺れるじゃないか」
「人魚が溺れるなんて聞いたことない」
「これからちゃんとした人魚になるんだからほら、私をちゃんとした人魚にしろ!」
「わがままなマーメイドだ…」
ぎこちなく動いていたひれが優雅に水をかきわけるようになった時に肉が届いた。
今日はスペアリブにしよう。
END