部屋の明かりは柔らかく、上質なマットレス、さらに加湿器のおかげで居心地がいい。
リカオはモノトーンで統一されたゲストルームで横になっていた。
「ダークモンスターの討伐に、倒れるまで力を使うなんてさ。ユーのリスク管理どうなってるの?」
家主であるクースカが呟いた。
「ま、リカオらしいといえばらしいけど」
起き上がり、声のする方へ体を向けようとすれば、視界の端でクースカがそれを制した。まだ頭がぼうっとしていたので、それに甘え、再度横になる。
「あの場には子供が沢山いた……音楽の力を使える大人には、子供たちを守る義務があるだろう……です」
「相変わらず難儀なミューモンだなあ」
2時間ほど前、ショッピングモールの広場にダークモンスターが現れた。仕事の都合でたまたま通りかかったリカオは、咄嗟に愛器を構える。他にもそこにいた数名が協力して音を鳴らし、ダークモンスターの浄化には成功したものの、ここ最近の激務が響いてリカオの力は底をついた。
なんとかクースカの部屋までたどり着き、それからはずっと布団と仲良くしている。
「あのショッピングモールからだと、病院のほうが近かったんじゃないの。それこそ夜風とか……」
「……大げさにはしたくない。当然のことをしただけだからな……です。……それに」
「それに?」
「……お前は怒らないだろう?」
少しだけ不安そうに、それでも問いかけというよりは断定のニュアンスを滲ませた言葉に、あかい瞳に見上げられたクースカは苦笑した。
「そうだね。呆れてるだけ」
掛け布団がもぞりと動く。尻尾が揺れたのだろう。存外感情表現が素直な男だ。
「でも、ここまでしっかり歩いてきて、えらかったとは思うよ」
当然のことをしただけと言い、子供たちに弱ったところを見せたくないというのは、いささかヒロイック趣味だ。ただリカオに関して言えば不快なところはなく、怯えた子供たちに余計な心配をかけたくないという、心からの気持ちなのだろうと解釈できる。己の体調管理の至らなさが一因ではあるが。
頼られたのは素直に嬉しかった。
いつも辛口なクースカに褒められ、リカオはしずかに照れた。それが体調不良からの火照りに見えたのか、頭を撫でられ、何か欲しいものがあれば取ってくるよ、と優しく問われる。
欲しいものは、ある。
「…………添い寝を、してほしい……です」
「心細いの?」
「……ああ」
「リカオでも弱るとそんなふうになるんだ」
「そう、かもしれない…………クースカ、」
自分でも驚くほど切ない声が出てしまった、とリカオは頭のどこかで考える。でも他人事だった。何よりも優先すべきタスクが存在していた。
クースカはそんなリカオを黙って見つめる。
長い一瞬の沈黙の後、クースカはいたずらっぽく笑って、言った。
「……残念、これからウララギとジャロップが来るんだ」
「………………結局怒られるんじゃないか……です」
「ボークじゃ料理できないし。ちゃんと栄養とりなよ。怒られるのは自業自得」
「う、それはそうだが……」
布団の中にするりと冷たい手が入ってきて、リカオの手に触れ、
「……」
「よかったね。賑やかになるよ」
指先が絡まる。
そこで、インターホンが鳴った。
冷たい手は離れ、クースカは部屋を出ていった。
しばらくして俄に部屋の外が騒がしくなる。
「ウララギ、まさか調理器具も持ってきたの?」
「だってクースカさん、キッチン、何もないじゃないですか」
「それはそうだけど……あ、ジャロップ、ゲストルームはそこ左」
「りょ!あでも手ぇ洗いたいかも〜」
「洗面所は右だよ」
「広え〜探検してい?」
「ジャロップさん、僕たちはお見舞いに来たのですから、静かにしましょうね」
「ほーい」
「大丈夫でしょ、寝てないから。……まだ、ね」
まもなく、部屋に彼らが来るだろう。
それまでにこの真っ赤な顔をどうにかしなければ、とリカオは思った。