【カスリン】オメガバースキャプション:自認ベータのカスパル×オメガのリンハルト
残念ながらえっちなシーンはないです
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第二性と紋章の関連性にまつわる研究。今日のリンハルトは、それにすっかり夢中になっていた。アルファもオメガも世間的には珍しい側に入るはずなのだが、紋章持ちに限れば比率が逆転する。自分がそうであるように。
夜が明けきった頃、眠気に抗いながら外をふらつく。胸の奥が熱い。何かが足りない——かき乱してほしい。照り付ける日差しが、視界を切り裂くようだ。
リンハルトのヒートは個性的だった。普通のオメガなら引きこもるか、パートナーと愛に溺れて過ごすのだろうが、彼は違う。
「……なんだか暑くなってきちゃったな」
辺りを見回す。通りすがりの男と目が合う。
男は吸い寄せられるように近づき、頬へ手を伸ばした。リンハルトは抵抗もせず体を預ける。
夢遊病のオメガが囚われようとしたその瞬間。
その光景を断つ手が割り込んだ。
「そいつはオレのだ」
リンハルトの幼馴染、カスパルが男の手を引き離す。子孫を残すどころではない生命の危機でも覚えたか、男はあっさり離れていった。
「あれ? ……どうしてここに」
「そろそろヒート来ると思ったからな!」
少しずつ夢から追い出されて、目をぱちくりさせる。聡いリンハルトは自身に起きた状況を理解する。
自分がそういう生き物であると知りながらも、違和感は止まない。お気に入りの枕を選んだつもりが、名前も知らぬ男だったのだから。
安心したリンハルトは、また夢遊病の世界に引き戻されていく。だが、心配することはもうなかった。カスパルが手を繋いでくれたから。
まどろみの中、幼馴染の呟きが遠く聞こえた。
「オレがアルファだったらな」
生まれ持った何かを羨む機会なんてカスパルにはいくらでもあったはずなのに。よりによって『それ』を欲しがるのかとリンハルトは戸惑っていた。一対のものとして運命を分かち合うことを。
自分がオメガであることを悲観したことはない。むしろ最も手軽に使える実験材料があると好ましいくらいだった。ヒートは確かに面倒だが、それだけだ。なのに、どうして今、こんなに震えているのだろうか。
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「面倒だと思うんですよ」
先生からお茶会に誘われたときにこぼした言葉があった。
「僕は順当にいけばいずれ家を継ぎ誰かの子を産むことになります。でも僕って面倒なことできないじゃないですか? 子供を愛せるかわからないんですよね」
先生はじっくり考えて答えを出せばいいと言ってくれたけれど。
「まあ、紋章を持っていたら身近な研究対象としての興味は湧きそうなんですけど。そんな理由で興味の比重が偏ってもかわいそうじゃないですか」
要するに紋章を持つ子と持たない子を平等に扱えるかが心配という話で。
こういう人となら結婚してもいいという条件はあるか、と先生が尋ねる。
「今と変わらない生活をさせてもらえることですかね。昼寝と研究に集中させてくれる人がいいです」
簡単そうで結構無茶苦茶かもしれない。
「興味の対象は同じでなくて構わないんですけど、あまり喧嘩にならない人がいいですね」
「カスパルは?」
予想外の回答に、リンハルトは少し考えてみる。
彼の境遇を考えれば婿入りしてもらうことになるだろう。親同士の仲はともかく、当人同士ではそこまで嫌悪感はないかもしれない。よく助けてくれるし。そういえばカスパルと喧嘩になったこともない。あれだけ正反対の性格をしているのに。
ただ、そこまで全部踏まえても、ひとつの事実が足を止めさせる。
「カスパルはベータなので僕の番にはなれませんよ」
他人の第二性を晒す行為は本来良くないのだが、カスパルはちっとも隠していないし、先生も知っているようだったから。
「そうか」
オメガとベータの恋は綱渡りに等しい。攫われて噛みつかれでもすれば、そこですべてが終わってしまう。オメガの側は新しい相手を受け入れられるかもしれないが、ベータにとっては理不尽に恋人を奪われた暴力に映るだろう。
それでもお互いを選び続けたいなら、それでいいと思う。
だがリンハルトにとって、それでは足りなかったのだ。
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それからリンハルトは研究に精を出した。研究テーマは『第二性の後天的変化』。
アルファに項を噛まれることでベータがオメガになる事象は古来から存在していた。首から特殊な力を流し込んで体質を書き換えている。
そこまでは、ある程度知られている話だ。
リンハルトの思考はここから飛躍する。
自覚していないアルファがオメガの項を噛むこともある。
もしこの因果が『逆』なら?
項を噛んだからアルファになったのだとしたら?
ならば相手に毎日噛んでもらう。性行為も積極的に行う。そうして、相手の身体に「リンハルトのアルファであること」を刻みつけるのだ。
全てのベータは「未分化」であり、アルファまたはオメガになりうるというのがリンハルトの仮説だった。
という説明を受けたカスパルは、リンハルトと番になれる可能性があるという要点だけはしっかり理解し、実験に参加を決めた。
やることは単純。毎日項を噛むだけ。性行為も積極的に行い、二人の匂いが混ざり合うまで続けた。
事後のリンハルトは眠気に耐えきれないらしく、カスパルの腕の中で寝息を立てるのが常。
ただ、欲しかった。誰にも奪われない未来が。