交わる世界 もはや執念と言ってもいいだろう――ある時山で出会った人間はどうしようもなく私に魅入られてしまった。
否、正確には“人外という生物”に彼女は惹かれたのだろう。出会って以来何度追い返してもやって来る彼女を追い返すことも面倒になってきてしまった。目を輝かせて私を観察する彼女の視線にも慣れてしまった。
「ねえ、今日こそ身体を触らせてよ」
「あまりふざけたことを抜かすと本当に山奥に置いていきますよ」
「大丈夫だよ、私山の中歩くの得意だからさ」
この人間なら確かに大丈夫そうではあった。溜息を吐くことしかできない私を彼女は笑った。
「体の構造や雰囲気は私とは違う生き物なんだとは思うけどさ、それでも君は随分人間臭くて好きだな」
「はぁ?何を言っているんですか君は」
「私のこと、何だかんだで気遣ってくれるし、心配してくれるしね」
そう言いながら彼女は私の翼にそっと触れて撫でた。
「いつも羽根で風除けしてくれるでしょ?君の羽根に包まれるのはね、実はすごく気に入ってるんだ。暖かい気がする」
「…君がいつも薄着だからですよ。余計な手間を掛けさせないでください」
「あははっ。いつもありがとね」
悪びれる様子もない彼女に調子が狂う。彼女は自分勝手だが、どういうわけか不愉快ではなかった。彼女が人里で何をしているかは知らないが、私の前に居る彼女が気を楽にして私に心を開いているということだけはわかる。それがどうにも、悪い気はしなかったのだ。
何故かは知らない。知る気もない。考えたら負けたような気がする。
そんな私の葛藤など露知らず、彼女は今日も機嫌良さそうに微笑んでいる。
「いっそ君と結婚できたらいちいち山に入って探さなくて済むのかなあ」
その発言が理解できず思考が止まったが、短絡的過ぎる彼女の思考に深く溜息を吐いてしまった。
「人間が人外の私と?正気ですか?」
「少なくとも私は村の訳のわからない男と一緒になるより、好きだと思っている君と一緒になれた方が嬉しいなって思うけど」
「…そうですか」
彼女の言う“好き”とは何か。私にはわからないものだが、不愉快ではなかった。
「…観察対象として付き纏われるのは迷惑ですが」
「あはは、君の身体のことも知りたいけど、他のことも知りたいんだよ。初めてなんだ、そういうの。多分これは“好きだから”ってことだと思うんだけど」
「…君が私のものになると言うなら君は人の理から外れることになる。それでも私を選ぶと言うのですか?」
「うん。どんな世界よりも君がいい」
そうハッキリ言われてしまってはもう考えることもどうでも良くなってしまった。決して頭は悪くない彼女がここまで言うのだ。そして私もその言葉は“気に入った”。
「わかりました。いいでしょう、今から君は私の伴侶です」
自分の意思を明確に、揺らぐことなく貫き通す彼女はちゃんとしている。どうせ彼女は私に付き纏うのだから、いっそ契りでも交わしてしまえばいい。彼女が私を選んだのだから。
彼女はもう誰のものでもない、私のものなのだから。