焔の狭間で帝都オーディンの昼下がり、帝国軍の作戦会議が終わった後の休憩室は、将校たちのざわめきで満たされていた。ウォルフガング・ミッターマイヤーは壁際に立ち、コーヒーの入ったカップを手にしながら、部屋の様子を眺めていた。普段なら戦術の反芻に没頭する彼だが、今日は視線が一人の人物に吸い寄せられていた。オスカー・フォン・ロイエンタールだ。
ロイエンタールは部屋の中央近くで、若い士官――まだ20代前半と思しき、頬に少年っぽさを残した金髪の男――と談笑していた。士官は熱心に何かを語り、ロイエンタールは片手にワイングラスを持ちながら、時折その異邦人のような青と黒の双眸を細めて笑みを浮かべていた。
「提督、あの作戦の立案について、もう少し詳しくお聞かせいただければ!」
士官の声は明るく、どこか無邪気さを帯びていた。ロイエンタールはグラスを軽く傾け、優雅な仕草で髪をかき上げると、低い声で答えた。
「君の熱意は悪くない。後で資料を渡そう。私の部屋に来るか?」
その言葉に、士官の顔がぱっと明るくなり、「ぜひお願いします!」と勢いよく頭を下げた。ロイエンタールは小さく笑い、その肩に軽く手を置いて「楽しみにしているよ」と付け加えた。距離が近い。あまりにも近すぎる。
ミッターマイヤーの手の中で、カップが僅かに震えた。コーヒーの表面に波紋が広がり、彼の胸に渦巻く感情を映し出すようだった。あの若造がロイエンタールに近づき、彼がそれを受け入れるように笑う姿は、ミッターマイヤーの理性を切り裂いた。ロイエンタールの美貌と妖しい魅力は誰もが知るところだが、今日のこの軽やかなやり取りは、まるで彼がその若者に特別な何かを見出しているかのようだった。
「お前は俺のものなのに…」
ミッターマイヤーの頭の中で言葉が繰り返される。戦場で幾度も命を預け合った親友であり、最も信頼する存在。だが、その信頼が今、嫉妬という名の毒に侵されていく。彼の指がカップを握り潰しそうなほど力を込め、視界が熱で歪んだ。ロイエンタールが誰かに笑いかけるたび、ミッターマイヤーの心は鋭い刃で抉られるような痛みを覚えた。特にあの若造――名も知らぬその男が、ロイエンタールの視線を独占していることが我慢ならなかった。
夜が訪れるまで、ミッターマイヤーは自室で苛立ちを募らせていた。酒を煽っても、胸の疼きは収まらない。ついに我慢の限界を超え、彼は軍服の上着を乱暴に脱ぎ捨て、ロイエンタールの私邸へと向かった。足音はまるで敵陣に突撃する狼の如く荒々しく、夜風さえ彼の熱を冷ますことはできなかった。
ロイエンタールの私邸に着いたとき、彼は応接室でいつものようにソファに腰掛け、ワインを傾けていた。ミッターマイヤーが乱暴にドアを開けると、ロイエンタールは僅かに眉を上げ、異色の瞳で彼を見た。
「ミッターマイヤー、随分な剣幕だな。まるで戦場のようだぞ」
軽い調子だったが、ミッターマイヤーは一言も返さず、ロイエンタールに近づいた。そしてその細い手首を掴み、力任せに引き寄せた。
「お前がそんな気分でも、俺は我慢ならん」
声は低く、抑えた怒りと疼くような熱を帯びていた。ロイエンタールは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「ほう、昼間のあの若造か?嫉妬とは珍しいな、ミッターマイヤー」
その言葉が火に油を注いだ。ミッターマイヤーはロイエンタールをソファに押し倒し、その首筋に唇を押し当てた。歯を立てるように強く吸い上げると、ロイエンタールが小さく息を漏らす。普段は人を寄せ付けない彼がこんな声を出すことに、ミッターマイヤーの欲望はさらに燃え上がった。
「お前は俺のものだ。誰にも渡さん」
彼の手はロイエンタールの軍服のボタンを乱暴に外し、露わになった白い肌に爪を立てた。ロイエンタールは抵抗せず、ただその双眸でミッターマイヤーを見上げていた。そこには挑発と、どこか甘えるような光が混じっている。内心、ロイエンタールは小さく満足していた。この激しい嫉妬、この荒々しい独占欲――ミッターマイヤーが自分をここまで強く求めている証拠に、彼の心は密かに昂ぶっていた。
「こんな風に俺を縛る気か。面白い男だな、お前は」
ロイエンタールは掠れた声で呟きながら、内心の喜びを隠すように微かに唇を歪めた。ミッターマイヤーが自分以外を見ないこの瞬間が、彼にとって何より甘美だった。
ミッターマイヤーはロイエンタールの唇を奪った。強引で、支配するようなキスだった。舌を絡め、息さえ奪う勢いで貪る。ロイエンタールは最初身をよじったが、やがてその腕をミッターマイヤーの背に回し、引き寄せるように力を込めた。ミッターマイヤーの手はロイエンタールの髪を掴み、その首を反らせてさらに深く肌を味わった。ロイエンタールが喘ぐたび、彼の理性を焼き尽くす炎は勢いを増す。
「他の誰かに笑いかけるな。お前は俺だけでいいだろう?」
声は命令ではなく、懇願に近かった。ロイエンタールは目を細め、内心の喜びを押し隠しながら微かに笑った。
「お前がそう言うなら、仕方ないな」
その返答に、ミッターマイヤーはさらに激しくロイエンタールを抱いた。ソファが軋む音と、二人の荒い息遣いが響き合う。ロイエンタールの肌に残る赤い痕は、ミッターマイヤーの独占欲の証であり、ロイエンタールにとっては密かな勝利の印だった。夜が深まるにつれ、二人の熱は増していき、嫉妬の嵐が過ぎた後には、互いを求める二人の姿だけが残されていた。
おわり