お前だから、触れてほしい 煌めきの都市に珠魅がもどって、少し経った。そのくらいから、俺は核に奇妙な感覚を覚えるようになった。もちろん、宝石王を倒した後に俺の核の傷は治っていて、パールやルーベンスからも、大丈夫だ、と言われている。
あいつの顔を思い浮かべたときに、ぼんやりとだけど。
核に、触ってほしい。そう思うようになった。
珠魅にとって核は心臓同然だ。傷つけばその力が弱まることも、身をもって知っていた。でも、あいつは決して傷をつけることはないだろう。だから、あいつに触ってほしい。
「瑠璃君は、あの人のことを思うと、そうなるの?」
「・・・あぁ。真珠姫は平気か?」
「うん。さみしいけど、時々会いに来てくれるし、平気。」
「じゃぁ、俺だけか。なんなんだろうな。これ。病気にでもなったんだろうか?」
ぼんやりとそこまで口にした後だった。急に、くくく、と真珠姫の普段からは想像できない、笑い声が、真珠姫の口からこぼれていた。
「それは、ないな。くくく、すまん。そんな病は聞いたことがない。」
この口調は、間違いない。レディパールだ。最近になって、姿は真珠姫のままだけど、こうやって表に出てくるようになった。主に真珠姫の迷子癖防止のためだという。それと、なんでかは俺にはわからないが、ルーベンスやディアナの言うことには、「丸くなった」らしい。とりあえず、親しいものの前でだけ笑うようになった。この都市で前代未聞の大事件のうちの一つらしい。
「じゃぁ、なんだっていうんだ?核は傷ついてもいないし、あいつ以外にはこうはならないんだ。」
「私にも見当がつかん。ただ、君はほかの仲間とは違うものがあるからな。君だからこそ、今まで仲間が経験したことのないこともあるのだろう。」
「俺、だから?」
俺だから、こんな気持ちを抱くのか?ますます訳が分からなくなってきた。
「そんなに言うなら、会ってみてはどうだ?」
そんなことできるか!・・・絶対笑われるに、決まってる。
「瑠璃君、わたしも、あの人に会いたい。いっしょにいこう?」
こういうときだけ、すぐに引っ込んで真珠姫に代わるなんてずるいぞ。断れるわけがないじゃないか。
「いこう?」
「・・・わかった。」
こうなったら、俺は勝てない。
内心複雑な思いを抱きながら、家の留守を守る双子の魔法使いたちの分も含めた手土産のお菓子をもって(真珠姫が片っ端から選んだやつだ。)俺はあいつのいる家のドアをたたいた。
どうやって話を切り出すべきか思い悩む俺の足取りは重い。核に傷がついた状態でレイリスの塔に行った時よりも、重い。
はぁ。と大きく、俺らしくもないため息をつく。背後から「がんばって!!」と言わんばかりに見つめてくる真珠姫の視線が今だけは痛い。しかし、ほおっておくとレディパールになって俺の背中をつかんで無理やりにでも突入するかもしれない。それだけは何としてでも避けなければ。
「お、瑠璃と真珠姫だ!」
「お久しぶりですー。」
箒を持った双子がドアを開けて挨拶をした。
「その…あいつに用があるんだが、」
「あー、師匠、今トレントさんのとこで収穫してるっす。家に入って待っててもらっていいかな?」
あぁ。今すぐ土産を押し付けて帰りたい。でも、帰るわけにもいかない。
通されたリビングの椅子に座って思いを巡らせる。
「ただいまー。あれ、瑠璃と真珠姫だ。どうしたの?」
「ちょっと会いたくなったので、来ました。それと、えっと、瑠璃君が・・・」
「すまん、外に、顔を貸してくれないか?」
だめだ。さすがにきつい・・・せめて、二人きりで話させてくれ。
「コイバナですか?」
「コイバナだな」
「ちが・・・・!!!とにかく、借りるぞ!」
勘の良すぎる双子をしり目に、おれは帰ってきたばかりのあいつの手を引き、家の扉を飛び出していった。
「なんなんだろう?」
「追いかけるのはやめてやれ。彼自身が解決する問題だ。すまないが、お代わりをもらっていいか?」
「はいはいー。えっと、パールさん、でいいのかな?紅茶、お砂糖とか抜きます?」
「いいや。先ほど真珠姫に出したものと同じものをいただこう。」
「あの、えっと、瑠璃??」
こいつが使っている工房の中に入り、扉を後ろ手に閉める。
そして、真剣な面持ちをして、覚悟を決めた。
これは、たぶん俺が前に進むために必要なことなのだから。
「・・・笑うなよ。」
後でこいつが言ったのを聞いたが、俺はこの時、レイリスの塔でこいつを脅した時よりも数倍目つきが悪い状態で、顔を真っ赤にしていたらしい。
「あんたに、ずっと会いたかった。一つだけ、頼みたいことがあるんだ。」
それから十数分後。
「え、えーと、とりあえず手は洗ってきたよ。聖水とか使ったほうがいいのかな??」
「俺は神殿のオーブじゃない。水気は、拭いてほしい。」
そうだ。こいつに前に教えてもらったんだった。俺の核と同じラピスラズリ、という石は薬品や水分に弱い。さすがに核くらいの大きさなら多少のことでどうこうなることはないだろうが。
核に触ってほしい、と打ち明けた後、目を真ん丸にして、しばらく固まっていたこいつは、
「いいの?触っても。」
と口にした。
うなずいて、俺は
「あんただから、いいんだ。」
とつぶやいていた。
それから、工房の広場の縁に二人して、腰かけて深呼吸をした。
「では、いきます。」
「あぁ。」
なんでいきなり丁寧な言葉遣いになってるんだ。
手袋を外した指と手のひらが、そっと俺の核に触れる。
神経なんか通ってないはずなのに、なんだかくすぐったい。でも、傷つけまいとして優しく触れているのがとてもよくわかる。
「あたたかくて、やさしいな。あんたの手。」
思わず顔が緩む。
「だ、だいじょうぶ?」
心配そうな面持ちでおれの顔を覗き込んでくるこいつの頭を、そっと宝石の右腕で、傷つけないようにそっと撫でてやる。
「平気だ。」
目を閉じて、核に意識を向けてみる。こいつの手は、大好きな木陰の中のひだまりみたいに温かくて優しい。
多分、俺はこのぬくもりを望んでいたんだ。今やっと納得した。
「これなら、ずっと覚えていられる、かな。あんたのあったかい手。」
「覚える?」
「そう。もしも、あんたが居なくなっても、俺がずっと覚えてる。あんたがいたってことも、あんたがこうやってあったかい手で触れてくれたことも。」
煌めきの都市に仲間が戻ってきて、改めてこいつの寿命と俺の寿命は違う、と自覚した。だから、こいつが確かに生きていて、この世界に存在した、っていう証みたいなものが欲しかった。
だから、核に触れる、なんていう命がけのことを望んだのか。俺は。
もし、俺があんたのいなくなった世界で生きてても、このぬくもりと思い出があれば、平気だろう。
「ありがとう。」
今、俺はちゃんとこいつの前で笑えているだろうか。頬と唇に力を込めては見るけれど、笑顔なんて今まで作った記憶がないから、きっとおかしな顔をしているんだろうな。
でも、そんな俺の心配なんか吹っ飛ばすように、こいつは俺の両方の頬をとつかんで、そっと自分の唇を俺のに押し付けてきた。
「こっちのが、いいよ。」
「こっちは、恥ずかしいな、まだ。」
「でも、覚えていられるよ。」
「そうだな。」
でもな。さっきから俺たちを探しているであろう双子と真珠姫の声が聞こえているんだ。あいつらの前でこんな姿は見せられない。だから、また会ったときにしてほしい。
あんたが居なくなっても、とは言ったけど、あんたは今、ここに、俺の目の前にいるのだから。