砂塵と守り人(全年齢版)雲一つない星空が青く広がっている。
星座ってやつはよくわからないから、これから勉強しようか、とか思いながら、自分の胸の輝きと同じものを見つめている。
手を伸ばして、あいつのいるところにまで届けばいいのに。
「るり?」
草人が顔を覗き込んでくる。砂漠だというのに、なぜかこのオアシスにはやたら「いる」。
目を向けると、何かきらきら光るものをしきりに指さしている。
「るり、よんでる。」
呼んでる、って何なんだ。体を起こし、指さす方向をみてみると、懐かしい声が聞こえて、あぜんとした。
「瑠璃、なのか?」
「・・・その声、シャルか!?」
これは、それからずっと後の話。
「あれ?この砂漠にこんな建物あったっけ?」
「ユーメイだにゃ。ここいらのキャラバンはみんな、ココにお参りして、商売の安全を願うのにゃ。」
二人が見つめるのは、白地に青の装飾が美しい、小さな霊廟のような建物だった。砂漠にも関わらず、この一帯は水源豊かなオアシスが広がっている。
魔法都市と他の都市を、繋ぐ交易拠点になっているらしい。
話をしているのは二人。片方は赤い帽子に金髪碧眼の青年。
片方は長い耳と糸目が特徴的な大柄のウサギの商人だ。
「で、ゴリヤク、とかあるんだ。」
「抜群にゃ。ココ数年、盗賊もでっかい魔物もキャラバンにはこなくなったのにゃ。」
「そんな凄いんだ。会ってみたいな。」
「夜なら会えるかも、にゃ。でも姿を見た人はめったにいないにゃ。何でも、ひどい砂嵐が起きるらしくてにゃ。」
「ありがとう。夜に探してみるよ。親父さんによろしく。」
「スマ~~イル。」
「はいはい。スマイル。」
そして、その夜。
赤い帽子の旅人、シャルは問題の廟の扉の前に立っていた。
曰く。この廟の主は全身を薄緑の外套で包み、巨大な剣を携えて巨大な魔物や盗賊団からキャラバンを守り続けているらしい。
旅人を守る剣士。砂嵐。
シャルの直感が正しければ、自分の知っている人物だ。
「結界、とかは特に無いな。お、開いてる。」
お邪魔しまーす、と重たい扉を開けて、中に入る。
外もそうだったが、中の装飾も幾何学模様が美しい。石造りの床をゆっくり、静かに進んで行く。
廊下を進んで、大きな広場に出た時だった。
「誰だ。」
静かだが、冷たく、重い声が背後から響く。振り向くと、頭から足元まで暗い色のローブと薄緑の外套があった。
フードは目深にかぶられており、顔はうかがい知れない。
しかし、胸元に光る、青く懐かしい煌めきをシャルが見逃すことは無かった。
「お化けみたいだぞ。瑠璃。」
「全く変わってないアンタの方がオバケじゃないのか?シャル。」
かつての友を前にして、薄暗い廊下を青いほのかな光が照らしていった。先ほどまでの鋭い敵意はあっという間になくなり、穏やかな空気が満たしていった。
フードを下した彼の現状の自室に通された。飲食を必要としない珠魅らしい簡素だが、静謐な部屋だ。ただ、茶器は一式そろえてあるし、ところどころに干した果物がつるされている。
「いらん、って言ってるのに、お供えだとか言っていろいろよこしてくるんだ。そのままにしておくのも勿体ないから、保存できるようにして、少しずつ食ってる。はじめなんか、獣肉一頭分焼かれてえらい目にあった。さすがに次からは断った。」
「すげーや。ほんとに神様みたいじゃん。瑠璃。」
ふん、と肩をすくめて、言われた当人は茶葉とお湯の入ったポットとカップを持ってくる。カップに注がれた液体から香りのいい湯気が立つ。
口にしながら二人は話を進める。
「で、廊下のあれ、マナストーン?にしちゃ小さいよな。」
「煌めきは感じない。ただ、ここいらの水源にはかかわってるみたいだし、ほっといたら盗まれそうだし、お前の声もあれから聞こえてきたし、見張ることにした。」
「俺もびっくりした。木からはじき出されて、地上に戻ろうか、って思ったときにいきなり瑠璃の声が聞こえてきたんだもん。」
カップに口をつけつつ、シャルは手を伸ばして瑠璃の緑色の髪に触れる。
最後に会った時、彼の髪は短かったはずなのに、今は胸にかかるくらいまでに伸びていた。
「髪、伸びたなぁ。」
「マナストーンのせいかわからないが、珠力が強くなっちまってな。その影響らしい。面倒だからそのままにしてる。」
「おれ、最初、都市に行ったんだぜ?ジンの曜日にさ。そしたらパールが、瑠璃は砂漠にいるって言ってさ。」
「珠力の強い珠魅が固まっていると危険だと思ってな。真珠を守るために自分から出て行った。もっとも、真珠には定期的に会いに行っている。連絡だって取っているさ。」
言い終わったときには、シャルが瑠璃の顔やら髪やら核やらをじっと見まわしていた。
しまいには核をペタペタと調べ始め、傷や曇りがないことを確かめて、ほっと一息ついた。触られた瑠璃は瑠璃で、気が気でない。
「傷も、色の変化もないや。安心あんし・・・」
「お前なぁ…。」
シャルが何かにつけて瑠璃の核を触りたがるのは、聖域に行く前からの癖のようなものだった。宝石泥棒の一件の後、好きだから触りたいといわれて、断ることもできずに触られている。
どうやら俺はこいつに「べたぼれ」しているらしい。それを瑠璃が自覚したのは、彼が聖域に行って7日が過ぎて、彼を探しに砂漠を歩き回り、雲一つない夜空を見つめていた時だった。
また、会いたい。一緒に旅をしたい。一緒に話をしたい。流れ星のように思いが瞬いては、胸の中に吸い込まれていった。
砂漠に通ううちに、魔物に襲われている商人たちに出くわすようになった。魔物や盗賊を撃退していくうちにお礼をもらうようになり、うわさを聞き付けた商人たちがオアシスに集まり、テントだらけの隊商宿から小さな町にまで発展した。工事も手伝っていたら、昔の神殿跡が見つかって、そこを職人たちが補修して、住めるようにまでしてくれた。
神殿跡にあったマナストーンのかけら、そこからシャルの声が聞こえていなければ、とっととこの砂漠は離れるつもりだったのだけれど。聞こえてしまったから、また会えることが分かったから、この街を守って、待ち続けていた。
やっと会えて、こうして話ができて、心の底から泣きたいくらいにうれしかった。
また会えた。また話ができた。また核に触ってくれた。
もう。駄目だった。
瑠璃はシャルを宝石と人間と両方の腕で抱きしめて、ただただ彼のぬくもりを感じていた。
「何年、待ったと思ってやがる。本当に、寂しかったんだからな。」
「ごめん。ただいま。瑠璃。」
ぽろぽろと涙を流しながら、瑠璃は消え入りそうな声で答えて。
「おかえり。シャル。」
自分の唇をそっとシャルの唇に押し付けていた。
太陽みたいに、こいつはあたたかい。
ふかふかのベッドみたいにこいつは優しい。
だから、俺はこいつの前だと弱くなってしまい、甘えてしまう。こいつに愛されたいと願ってしまう。こいつを愛したいと願ってしまう。
「なぁ、シャル?」
「どうした、瑠璃?」
はぁ、と大きく息を吸い込んで、変な声にならないように必死になって、ずっと言いたかったことを伝える。
「また、あんたといっしょにいていい、か?」
「うん。」
「また、あんたをすきになって、いい?」
「もちろん。」
ありがとうの代わりに、もう一回口づける。
「でも、ちょっと今砂だらけだから、水浴びしてからでもいいかな?」
こらえ性のない自分に思わず、瑠璃は赤面した。
少しして。ちょっと落ち着いた後、地下にある浴槽で二人は水浴びして砂を流していた。
「はぁ。冷たくて気持ちいいな。」
「だろ?ここだけ、水源が別になってて、沐浴用になっているんだ。」
人はめったに入らないがな、とつぶやいて瑠璃は浴槽に肩まで浸かっていた。
「すごく、きれいだ。」
見つめる金の隙間からの青にとらえられる。自分も目が離せなくなって、しまいには吸い込まれそうになる。きれいなのはお前の瞳もだ、と言いたくなるのをぐっと腹の中にしまう。
「そろそろでよう。風邪、引くぞ。」
ベッドに腰かけて、シャルは頭からバスタオルをかぶった瑠璃の髪をぬぐっている。昔からこうだった。子供じゃないのに、やたらと髪が濡れたままなのが気になるらしい。
髪をぬぐっている間に、自分は核が傷つかないように別の布で水分を拭っていく。
そうこうしているうちに終わったらしく、バスタオルが外されていた。
立ち上がり、引き出しの中から白くて光沢のあるリボンを取り出して、毛先を結んでやる。
「あれ?そのリボンって」
「あぁ。真珠にもらった。自分の核の色と同じだろ、って選んでくれたんだ。遠くでも、一緒だね。とか言われて、なんとなく外せなくなった。」
悪いかよ。そう口にして、ばつが悪そうに眼をそらしてほほを染める彼は、かわいい。そう、シャルは思ってしまう。
「変わらないなぁ。瑠璃。」
「お前もだろう。」
「そうだな。」
・・・ぐぅ。
甘い時間を邪魔するように、腹の虫が鳴る。そういえば、夕食をとっておらず、お茶だけですっかり話し込んでしまった。大きな笑い声が横から容赦なく響く。
「・・・腹、減ったな。・・・ってなんだよ!瑠璃、笑うことないだろ!」
「いやいや、このタイミングでなるか普通。朝市の屋台が出始めてるだろうから、食いに行くか。」
ふくれっ面のシャルにをなだめながら、外套を羽織る。
さて、どの店に連れて行こう。窯焼きのパン屋に焼き立てのパンはあるだろうか。串焼きも食べさせようか。フルーツの屋台の品ぞろえに驚くだろうな。
見せたいものはたくさんある。
星空だって、色とりどりの店だって、きっとこいつの目を輝かせることだろう。
砂漠の夜は、まだまだこれから。