今日は比較的に仕事が少ない日だったので、ドクターはアーミヤを昼食へ誘うことにした。
「ふふふ。ドクターと一緒にご飯を食べるのはすごく久しぶりな気がします」
「そうだね。大体食事は部屋にあるもので済ませるか、秘書のオペレーターに運んできてもらっているし……」
「ドクター……お忙しいのは分かりますが、インスタント食品や保存食ばかりではダメですよ」
「ああ……気をつけるよ……」
ドクターとアーミヤは他愛のない会話をしながら廊下を歩く。
昼時の廊下は人が多い。
「アーミヤさん、ドクター、こんにちは」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
時々、すれ違うオペレーターたちと挨拶を交わす。
「今日のメニューはなんだったかな」
「確認してみますね。ええと……」
端末を取り出すアーミヤを見ながら、ふとドクターは十数分前の出来事を思い出した。
アーミヤを彼女の部屋へ迎えにいく途中で起きたことだ。
そして、そのことについて彼女に意見を聞いてみようという考えが浮かび、それはそのままドクターの口から転がり出た。
「……アーミヤ、君はキャノットのことをどう思う?」
「え?」
アーミヤがまんまるい目でドクターを見上げる。
先ほどまでの2人の会話にキャノットの名前は一度も登場していないのだから、それはそうだ。
「すまない、急に。さっき、君の部屋へ向かっていたら、たまたまキャノットに会ってね。どうもクロージャに用があってここに来ていたらしい。それで少し話をしたんだが、彼と別れたらすぐ、今度はブレイズが私のところへやって来てね。多分、私と彼が話しているのを後ろで見ていたんだろうな。それで、彼女に"クロージャも君もあいつと仲良くしてるみたいだけど、本当に大丈夫なの?"と言われたんだ」
「ああ……」
アーミヤが苦笑する。
はっきりとは言わないが、ブレイズが何を「大丈夫なのか」と言っているのかが分かったのだ。
キャノットは怪しい。
ドクターはクルビアの荒野で初めてキャノットに出会ってからというもの、どういうわけか度々彼と顔を合わせるようになった。
このロドスでも、外勤先でも。
そして、クロージャの方はといえば、いつ、どうやって彼と知り合ったのかは分からないが2人はなかなか気が合うらしい。
一度、彼と何やらトラブルがあったらしく、「あいつに騙された!」などと言っていたが、関係は修復されたようで、また取引をしている。
しかし、ドクターにしてもクロージャにしても、彼について知っていることよりも、知らないことの方がずっと多い。
身元不詳、神出鬼没。
それが彼だ。
どこの出身で、種族は何で、何歳なのか。
何故商人をやっているのか。
荒野を歩き回るだけでは手に入らないようなものまで持っているが、商品はどこから仕入れているのか。
古城、海―普通の商人ならばまず来ない、来れない場所に何故いるのか。
何故、いつもいつもドクターに手を貸してくれるのか。
それらをあの分厚いヘルメットとコートの外からうかがい知ることはできないし、彼がそれらについて話したこともない。
こちらから聞いてみても、からかってはぐらかされたり、適当な答えでごまかされたりするだけだ。
「なるほど、そういうことだったんですね。キャノットさんは……たしかに不思議な方ですが、悪い方ではないと思います」
「ああ。彼については荒野を拠点にする商人だという以上のことはほとんど知らないし、そもそも本当に商人なのかも分からない。彼の私たちへの態度も、かえってこちらが身構えてしまうほど親しげなものだ。それこそまるで何年も付き合っている"友"みたいにね。やたらと投資を勧めてくるわりにいざそのシステムを使ってみればすぐ停止するし、投資をしようと思った時に限って現れないし、商品はなかなか2個以上更新されないし……。だけど、私もアーミヤと同じ考えだよ」
「ドクター……キャノットさんと何かあったんですか……?」
「少しね……」
古城や海での苦い思い出はさておき、ドクターは初めてキャノットと会った時のことを思い出す。
あの時彼はドクターたちに、企業が感染者に仮初の希望を与えるのを見過ごせと、クルビアの"現実"を受け入れろと言いながら、2人がどのような行動をとるのか試しているような、2人がこれからとる行動に期待をしているような雰囲気があった。
そして、ドクターたちがクルビアの"現実"に立ち向かうと決めた時、彼はなおも2人に自分たちの無力さを突きつけるようなことを言ったが、そのヘルメットの奥の瞳がギラギラとした光を持つのが見えた気がした。
ドクターたちとの会話の中で彼は、「現実を理解した後でも、それに屈することを拒もうとする……お前らのような連中は好感が持てる」と言った。
きっとそれは事実なのだろう。
彼は理不尽で残酷な現実に抗う人間に"何か"を期待しているのだ。
それで、そういう人間に彼が言うところの"投資"をしているのだ。
"何か"が何なのかは分からないが。
ドクターには特に彼の期待に応えようという気持ちはないが、あの時と同じように、ドクターたちが自分がやるべきだと思うことをやっていれば勝手に彼の期待に応えることになるはずだ。
彼がドクターたちの、ロドスの歩む道を阻まないのであればそれでいい。それどころか手助けをしてくれるというのであれば彼を拒む理由はない。お互い上手く付き合っていけばいい。
そうドクターは思う。
それに―
「もし、本当に彼が何かロドスによからぬことを企んでいたら私が止めるさ。ただ、他の場所でならともかく、ここで何かしようとすれば私が出るまでもなくケルシーやエリートオペレーターたちが出てくると思うけどね」
「はい。そんなことは起きて欲しくないですが……」
「ああ。さっき君も言ったように、彼は多分悪い人間じゃない。それにそんなに無謀な人間でもないだろう。大丈夫だよ」
そんなことを言っていると、気づけば2人はもう食堂に着いていた。
「さて、どこに座ろうかな」
「あっ、ブレイズさんがあそこに!ロスモンティスさんもいます!」
「じゃあそこにしようか」