デスクの上に置いたロリポップキャンディの袋から一本を取り出し、包装を剥がすと何回か舐めてからガリガリと噛み砕く。
すると当然すぐに飴はなくなるので残った持ち手の部分を足元のゴミ箱に捨て、しばらくキーボードを叩いてからまた新しいロリポップキャンディを袋から取り出す。
こんなことを繰り返してもう何本目だろうか。
少し頭を動かしてゴミ箱の中を見れば答えは分かるが、そこまで気になるわけではない。
飴と一緒に問いは噛み砕かれて、喉の奥へ消えていく。
またドクターが足元も見ずに棒をゴミ箱へ捨てる。
その時、
コンコン
とドアがノックされた。
「よう、兄弟。入ってもいいか?」
キャノットだ。
「どうぞ」
飴を口の中へ入れながら答える。
「失礼するぜ。―ってオイオイ、何やってんだお前。口の中がズタズタになるし歯が折れるぞ。仕事をしすぎてストレスが溜まってんのか?だが、ロドスの他の連中を見た感じ、そこまで忙しそうではなかったがな」
「ああ。暇というわけではないけど、最近は比較的仕事は少ないよ。まあ、いつまでこれが続くかは分からないけどね」
「いいことじゃねえか。ならどうしたんだよ」
デスクの前のソファへキャノットが座る。
「忙しくないと……色々考えてしまうんだよ」
「色々って?」
「自分のこととか、ロドスのこととか、感染者のこととか、この大地のこととか…まあ、色々さ」
「つまりなんかややこしいことを考えてたってわけだな。だが、分からなくはねえさ。忙しい時には自然と頭の隅へ追いやられていたものが、そうじゃなくなった時には頭の真ん中へやって来る。で、そういうもんはしょうもないもんだったりもするが、すぐに答えが出ねえ、どうしようもないもんだったりして、考えてると疲れたり気分が下がったりするんだよ」
「そういうことだよ」
ドクターは薄く笑うと、マグカップを掴む。
いつ淹れたのだったか、すっかり温くなったコーヒーを口の中へ流し込むと、わずかに痛みを感じた。
キャノットの言った通りになっていたらしい。
自分がしていることは自傷行為の一つなのだろうかとぼんやり思う。
「通りで酷い顔をしてるわけだ」
「そこまでか?」
「ああ。お前がそんな顔でそんなことをしているところを見たら、子うさぎは大慌てだろうな。もしくはあのデカい耳を垂らしてしょげるかもしれねえ」
「アーミヤやオペレーターたちにこんなところは見せないよ」
「俺ならいいって?俺が"友人"だからか?」
分厚いヘルメットで表情は分からないが、ドクターはキャノットがニヤリと笑った気がした。
「そうでもあるし、そうでなくもある。君といるのは楽なんだよ。だから気が抜けてしまうのかもしれない。君は……他人だからね」
「かーっ、こんなに長く付き合ってるってのに傷つくことを言ってくれるじゃねえか。良い関係を築けたと思ってたのは俺だけだったってのか?それに言ってることが矛盾してるぜ」
「君のことを信頼してないということじゃない。君のことは信じてるさ。個人としても、ロドスの指揮官としてもね。だが……なんと言えばいいのかな……そうだな、君は私の……身内ではないだろう?君はロドスのメンバーではないし、これからもそうなる気はないだろう?君のやりたいことがはっきりと分かっているわけじゃないが、君の歩いている道と私たちの歩いている道は違うはずだ。そして、君は自分のことをあまり詳しく話さないが、逆に、私やロドスのことを根掘り葉掘り聞いたり、私やロドスのやることにあれこれ口を出したりもしない。あくまで君は商人で、私たちは客で、君は私たちに時々手を貸すだけ……そういう君との距離がまあ、ちょうどいいんだよ」
「ふうん……たしかに、随分信頼されてるみたいだな。光栄だ」
「万が一私の考える君が実際の君とは全く違うもので、君が私やロドスに害をなそうとしたとして、私はそれに対処できると思ってるしね」
「急に物騒なことを言うんじゃねえよ。そうやって脅かさなくてもしねえよ、そんなことは」
「ああ、知ってるさ。……しかし、なんとなく感じていることを改めて言葉にするのは難しいね。それに……こそばゆい感じもする」
「そうか?そういうことはむしろ十八番だろ?口は剣より強しって感じじゃねえか、お前は。表情だって全然変わってないように見えるぜ」
「ハハ、そうかな?……ところで、今日はどうしてロドスに?」
「ん?……ああ、そうそう。あのブラッドブルードの嬢ちゃんがなんだかまた面白いことを考えてるみたいでな……」
「嫌な予感がするなあ……」
一気にテンションの上がったキャノットと、その話す内容にドクターは苦い顔をする。
「まあ聞けよ兄弟、まずはな……」
「聞きたくない……私も共犯にされるだろ……」
「チッチッ。共犯なんて言うとまるで悪いことをしようとしてるみたいじゃねえか。面白いことを一緒にやろうとする仲間だよ」
「私が否定して欲しいのは呼び方じゃなくて君たちに巻き込まれることだよ……」
ドクターは頭を抱える。
だが、キャノットの口は止まらない。
「あの商品をあんな使い方をするとは流石に俺も考えつかなかったなあ……」