レトの前でワイングラスを傾けていた大君がふと窓の外を見た。
レトもナイフとフォークを動かしていた手を止め、そちらへ視線を向ける。
今日は珍しく、大君にランチに誘われたのだった。
「おや、可愛らしい鳴き声が聞こえてきましたね」
言われてみれば、遠くの方から高い鳥の声が聞こえてきていた。
庭の木のいずれかの、茂った葉の中に入っているのだろう。
「きっと姿も可愛らしいのでしょうね。レト、リーベリの貴方なら見えるでしょうか?」
「いえ……この鳥は知っていますが、とても小さな鳥ですから難しいかもしれません。そう珍しい鳥ではないので大君もご覧になったことがあると思います。茶色い羽をした、このくらいの鳥です」
このくらい、とレトは両手でその大きさを示す。
「ああ……たしかに見たことがあるかもしれません。……ふふふ、茶色ということはレトの羽と同じ色ですね」
「……ええ、そうですね」
小鳥と、とうに成人をして小柄とも言えない自分を結びつけて考えたことなどなかったのでレトの返事が少し遅れる。
「瞳の色もレトと同じ色をしているのでしょうか?」
「それは……どうでしょう……」
先ほどレトが言った通り、けして珍しい鳥ではなく、おまけに色や大きさからしてあまり目立たないのでじっくりと見たことはなかった。
レトは木々の間を飛び回る小鳥の姿を脳裏に思い浮かべてみる。
すると、小鳥はみるみると姿を変え、やがて、両腕の代わりに自分の体ほどの大きさの翼を生やしたレトになった。
―自分もあの鳥のように翼があれば自由に空を飛び回れただろうか。
だが、鳥になったレトはすぐに地上にいるサルカズたちがクロスボウを、あるいはアーツユニットを自分に向けていることに気づいた。
そして、レトを見るサルカズたちの中にはいつも通り穏やかな微笑みを浮かべたブラッドブルードがいた。
矢やアーツが次々に飛んできて、レトの近くを通り過ぎていく。
そして、ブラッドブルードが片手をゆっくりと上げると、レトの体から血が抜け出して、大君のもとへと向かっていった。
まるで血に意思が宿ったかのように。
そして、レトの体はみるみる軽くなり、最後には枯葉のようにふらふらと地面に落ちた。
「……」
想像の中ですら自分の思い通りにはならないのかとレトは口を結ぶ。
「……そういえば、レト。私たちの友情の証としてあなたに贈り物をしたいと思っているのですが、受け取ってくださいますか?あなたの瞳と同じ、青色の石がはまった首飾りです。きっと似合うと思いますよ」
「……そういったものは私よりも貴方様のような……見目の整った人が身につけた方がよいかと思います」
「おや。ふふっ……レト、あなたもなかなか口が上手なのですね」
「いえ、そういうわけではなく……それに、私が身につけているといつか壊してしまうかもしれませんので……」
「ああ……そうですね。あなたは軍人ですものね。では、部屋にでも飾ってください。ですが……例えばこうして、私と仕事ではなく個人的に会うような時はぜひ身につけてきてくださいね」
そう言って大君が笑みを深める。
「安心してください、身につけてもそこまで目立ったり、邪魔になることはないと思いますよ」
「……そこまでおっしゃるのでしたら」
「ああ、よかった。では、次に会う時にお渡ししますね。あなたがつけたところを見たいので」
「……承知しました」
そう言ってから、何もないはずのそこが締めつけらたような気がして、思わずレトは自分の首を撫でた。
それは、レトが自分に首飾りをつける大君を、そして、首飾りをつけられる自分を想像して、まるで首輪のようだと思ったからだ。
自分の支配下にあると本人や周囲に示すための。
あるいは、自分の思うようにそれを動かすための。
大君が実際はどう考えているかなど、レトは知らないし……あまり知りたくなかったが。