人間であった頃の名残なのか、最後の騎士は日が沈み、近くに海岸があるとそこへ向かい、火を焚く。
そして、海で適当な恐魚を捕り、火の近くへ戻ってきて座り、それを炙り、自分とロシナンテで食べる。
本来、シーボーンにとっての栄養補給とは進化のための準備だが、自分たちと、新たな仲間を生み育てる海と、それが起こす波を敵と定め、戦い続ける最後の騎士とロシナンテに、一般的なシーボーンの生態というものはおそらく当てはまらない。
また、アビサルハンターであるウルピアヌスに食事は不要であり、そのことを以前、自分に恐魚を差し出してきた最後の騎士に伝えてあるため、食事は騎士とその相棒の分しか用意されていない。
彼らが食事をしている間、ウルピアヌスはそれを眺めるか、海を観察するか、今までに得た情報を頭の中で整理している。
―仮にウルピアヌスに食事が必要であったとしても、海の生き物を食べ続けた人間がどうなるかを彼は知っているので、それを食べることはないが。
やがて食事を終えると、最後の騎士は体を休める。
―休めているように見える。
最後の騎士はけして鎧を脱がないので、ウルピアヌスには、焚き火を挟んで自分の前に腰を下ろしている最後の騎士が眠っているのかそうでないのかは分からない。
一方、ロシナンテは最後の騎士の隣で体を丸め、瞳を閉じているので、こちらは本当に休んでいるようだ。
ウルピアヌスはといえば、アビサルハンターは高い身体能力を持ち、体力に富むとはいえ、休息は必要だが、彼は必要最低限の睡眠しかとらない。
それは、アビサルハンターになる前も、なった後も同じだ。
そして、夜明けが来るか、最後の騎士が大波の気配を感じとると、2人と1匹は再び海に飛び込むことになる。
しかし、今日、いつも通り焚き火のそばに座っていた最後の騎士は突然立ち上がり、ロシナンテとウルピアヌスがいるのとは反対の方向へ歩き出した。
「どうした?」
とウルピアヌスが問いかけるが、彼は答えない。
ロシナンテもまぶたを開き、首を持ち上げ、自分から遠ざかっていく彼を見た。
この海岸には最後の騎士とロシナンテとウルピアヌス以外には誰もいない。
焚き火のぱちぱちという音以外のものは特に聞こえないし、彼ら以外の匂いもしない。
最後の騎士が向かっているのは海のある方向ではないので、大波の気配がしたということでもないだろう。
もしそうであったとしても、最後の騎士は何も言わず去るようなことはしない。
少なくとも、自分の相棒は必ず連れていくだろう。
「……!……!」
ロシナンテは、獣の子供が親を呼ぶように、高い声で繰り返し鳴いたが、最後の騎士が歩みを止めることはなかった。
そのうち、最後の騎士の姿が見えなくなると、ロシナンテはしばらく落ち込んだように体を丸め―
「……ッ!?何をする、ロシナンテ!?」
急に体を起こし、ウルピアヌスの髪に、体に、服に噛みつき始めた。
「やめろ、ロシナンテ!」
ウルピアヌスがその気になれば、ロシナンテのこの行動を止めることは不可能なことではない。
ウルピアヌスがそのかたわらにある武器を手に取るならば、それはさらに簡単なことになるだろう。
しかし、最後の騎士はウルピアヌスの現在の同行者である。
その仲間を傷つけるわけにはいかず、ウルピアヌスはなんとか両手でロシナンテの体を押し、それを引き剥がそうとする。
だが、ロシナンテもなかなかウルピアヌスから離れようとしない。
ロシナンテとウルピアヌスの攻防が始まってからどのくらい経っただろうか。
最後の騎士は去った時と同様に、唐突に戻ってきた。
ロシナンテとウルピアヌスが動きを止める。
「……」
「……」
「……」
2人と1匹は黙って見つめ合う。
そして、最後の騎士が、ウルピアヌスとロシナンテを見たまま、
「……睦まジい……友」
と呟いた。
ロシナンテはそれを聞いた途端、またウルピアヌスに噛みついてきた。
さきほどよりも強く。
「なっ……!?この……おい、騎士!座るな、お前の相棒を止めろ!おい!」