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    オムニバス的なもの 自分で決めたテーマなのに全然思いつかなくて無理やりこじつけたのもあります

    ディカ+トゥラ→trss+lt→タイ+ウユ→騎士ピ+ウルピ+ロシナンテの順番です。




    ①ディカトゥラ


    ディカイオポリスとトゥーラが再会したのは、まさしく巡り合わせというものだった。
    ディカイオポリスは無冑盟と取引をした後、カジミエーシュから離れ、その途中で偶然ロドスの職員に出会い、ここへ勧誘された。
    しばらく経つと、今度は荒野で行き倒れていたトゥーラがロドスに保護されたのだった。
    トゥーラが相変わらず幻影を追いかけ、自分の身を蔑ろにしているようで放っておけなかったのと、ロドスの職員の間でディカイオポリスがトゥーラの知人であることが知れ渡ってしまい、トゥーラに何かあると対応を頼まれたり、ディカイオポリス自身もトゥーラを見かけると声をかけたりしているのだった。

    ***

    栄養失調で荒野に倒れていたトゥーラは、ようやく通常の食事がとれるようになったらしい。
    それで、昨日、朝食に誘ったのだった。
    なぜ昼食でないのかといえば、トゥーラが騒がしい場所は苦手だといったので、より人が少ないであろう朝に食堂に行くことにしたのだった。
    ディカイオポリスが身支度を整え、農園で軽く作業をした後、医務室に行くと、トゥーラもすでに全身を鎧で包んでいた。
    あるいは、寝る時も鎧をつけているのだろうか?
    この若者の過去―彼個人のではなく、彼の一族の―への執着は異常なほど強く、また、この若者には常識というものが通用しないのであり得なくもないが、しかし、医務室の人間が止めるだろう。
    「支度はできているか?」
    「ああ」
    トゥーラがベッドから立ち上がり、降りる。
    他の患者のベッドには、折り紙や編み物をするための毛糸と針など暇を潰すためのものが何かしら置いてあるが、トゥーラのところには何もない―と思いきや、1冊の本が置かれていた。
    「これは……」
    「フェリーンの医者に、自分の一族に興味があるならばこれを読めと渡された」
    フェリーンの医者というのはケルシー医師のことか。
    ディカイオポリスもほとんど会ったことはないが、ロドスの職員たちが言うには、ここの礎を築いた人物の1人であり、知らないことはないのではないかと思われるほどの博識であり、治療だけでなく戦場の指揮も、戦闘自体もできるのだという。
    そんなあらゆることのできる人間がいるものかと思うが、ディカイオポリスよりも歳下に見えるあの女性はしかし、底知れないオーラとプレッシャーを持っていた。
    ロドスに保護されたトゥーラが、目覚めた途端暴れ回ったのを落ち着けたのもケルシー医師だという。
    ケルシー医師は多分、暇を持て余したトゥーラがまた暴れたりしないようにということもあってこの本を渡したのだろう。
    そんなことを思いながら、ディカイオポリスは本を手に取る。
    「……カジミエーシュ語か。読めるのか」
    「……当然だ。私が何年あの地で過ごしたと思っている」
    トゥーラの声には明らかに不満や屈辱がこもっている。
    それは、ディカイオポリスにカジミエーシュ語が分からないと思われていたことに対してだけではなく、カジミエーシュというトゥーラにとっては何もかもが気に入らないであろう国で暮らしていたことに対してのものでもあるのだろうと思われた。
    たしかに、トゥーラはどこからかカジミエーシュまで来て、ナイツモラの最後の生き残りと紹介されていたことからおそらく縁者はおらず、独立騎士なので支援者もおらず、ほぼ1人で生活していたのだろうから、ある程度のカジミエーシュ語は覚えるだろうし、そうでなければ生活は難しいだろう。
    ディカイオポリスはパラパラと本のページをめくる。
    1ページ辺りの文字は特に多くもなく、挿絵もあり、そう固い本ではなさそうだった。
    どのくらい読んだのかと聞こうとして、本から視線を上げたディカイオポリスは、トゥーラがじっと自分を見ていることに気づいた。
    「なんだ?」
    「……貴様は……」
    まだトゥーラはディカイオポリスを―なぜか、目ではない、顔のどこかを見ている。
    「髭を生やしていないのだな」
    「……それがどうした?」
    「貴様の歳ならばそれなりに髭を生やしていてもおかしくはないと思うが……何か理由があるのか」
    「特に理由はないが……」
    感染し、ミノスを出て傭兵としてあちこちをさ迷っていた頃は髭は生やしっぱなしだったように思う。
    カジミエーシュに来た後は商業連合会に―ディカイオポリスにはよく分からないが―広告に出るにあたって顔がよく見えた方が反応がいいだろうし、髭がない方が髭剃りだとか、化粧品だとか、色々な商品の広告に出やすいだろうということで、髭を剃らされた。
    また、騎士となり、だんだんと名が知られるようになり、様々な人と関わらざるを得なくなると、自分の顔は親しみやすい方ではなく、むしろ相手に威圧感を与えるものだという自覚はあったので―実際、初対面の子供などには怖がられることもあった―商業連合会からの指示がなくとも自主的に髭を剃るようになった。
    そして、ロドスに来てからも、ここには初対面の人間も、子供も多いので、ディカイオポリスは髭を剃り続けていた。
    「歴代のハガンは、いずれも豊かな、よく整えた、立派な髭を持っている。祖父もそうだった。父もきっと……そうだったのだろう。フォーゲルヴァイデもそうだ。しかし、祖父の鎧の形も、大きさも私の体に合うようになったというのに、私には……未だ祖先のような髭はない」
    そこで、ディカイオポリスは、トゥーラが先程の質問をした理由がなんとなく分かった。
    トゥーラは本を読み、その中の祖先を描いた挿絵を見て、自分と比べ、自分の容姿に不満を持ったのだろう。
    あるいは、ずっと祖先のような姿になることへの憧れはあり、それを本によって思い出しただけなのかもしれない。
    しかし、髭というのは一晩で何センチも伸びるものではない。
    肖像画に描かれるような人物のような、長く、量のあるヒゲになるまでには何年もかかる。
    だからこそ、髭というのはその人物の威厳や権威、経験を示すものになるのである。
    トゥーラの年齢が実際にどのくらいなのかは分からないが、声や言動からして、成人していないか成人して間もないくらいだろう。
    トゥーラに祖先のような髭がないのは、当然だ。
    「……そうして形から入ろうとするのは、やはり子供だな」
    「なっ……!何を言う!」
    「大体、貴様は常に兜を被っているのだから髭が生えていようと生えてなかろうと他の者には分からんだろう」
    「そういう問題ではない!」




    ②trss+lt


    テレシスへ定期的な報告を終えたレトは、かねてから気になっていたことを聞く。
    レトがテレシスに会う機会はそう多くない。
    なので、今回の報告の時こそは聞こうと、何日も前から決めていたのだ。
    しかし、それはカズデル軍事委員会が進め、ロンディニウム都市防衛軍が支援しているロンディニウムの支配には全く関係のない、レトの個人的な興味からのものであるため、その口調は恐る恐るといったものになる。
    「摂政王殿下。……一つ、お聞きしたいことがあるのですが」
    手元の書類を見ていたテレシスが、レトへ視線を戻す。
    「なんだ」
    テレシスの冷ややかな瞳に、レトは息が詰まりそうになる。
    テレシスの瞳はよく研がれた刃のようだ。
    冷たく、鋭い光を放つそれは、こちらの姿を映すばかりで、あちらが何を考え、どう思っているのかはちっとも分からない。
    他のサルカズは、異種族であり、国の首都を守ることを任務とする集団のトップでありながら、早々にサルカズに降伏したレトに対し、一応丁寧な態度で接してはくるが、その表情や声には憎しみや侮蔑が滲んでいる。
    しかし、カズデル軍事委員会に協力して数ヶ月になるが、レトの知る限り、テレシスが感情を表へ出すことはほとんどない。
    レトには、そのことがむしろ、テレシスの異種族に対する怒りや憎しみの深さを示しているように感じられた。
    また、レトは中佐という立場から、他の軍の高官や貴族と、表情や言葉を上手く取り繕いながら、相手の表情や行動をよく観察しながら、相手から自分の利益を引き出したり、相手の腹を探ったりするという不毛で、迂遠で、神経を使うやり取りをすることは多く、それなりに慣れている。
    だが、表情や声にほとんど変化のないテレシスには、どう行動し、何を話すのが正解なのかが分からない。
    毎回、手探りで接している。
    したがって、他の人間と話す時とは、緊張も疲労も比べものにならない。
    レトは一度、息を吸い、吐いてから次の質問をする。
    「ここに……書庫のようなものはあるのでしょうか?」
    「あるが、それがどうした」
    「そう……ですか」
    レトは安堵からそっと息を吐く。
    ザ・シャードでレトが足を踏み入れられる場所は、サルカズが占拠する前から限られているので、その具体的な内部の構造は知らなかったが、かつてのドラコ王の宮殿であり、それが戦争により焼け落ちた後も、ここにはアスラン王や議会がいたのだから、書庫が―それもそれなりの規模のものがあるだろうと思っていた。
    そこには、ヴィクトリアの本だけではなく、ガリアの本もあるかもしれない。
    しかし、本は―それも異種族の本などはサルカズにとっていくらの価値もないだろう。
    その人生のほとんどを戦場で過ごすサルカズに、本を読むという趣味が―あるいは余裕が―あるとは思えない。
    そういう趣味の者がいたとして、ひと握りだろう。
    なので、サルカズが書庫の本を処分したり、その上で、書庫を何か別の用途の部屋に変えたりしているのではないかと危惧していたのだ。
    しかし、そんなことを正直にテレシスに話すわけにもいかない。
    とりあえずレトは話をそらすことにした。
    「その書庫にはどれほどの本が収められているのでしょう?なにしろザ・シャードの書庫ですから、途方もない数かと思われますが……。それに、そこへ収められている本はきっと、よりすぐりのものなのでしょうね」
    「知らぬ。私は興味がない」
    レトの言葉はテレシスにバッサリと切り捨てられてしまい、それ以上話を広げようもないので、レトは
    「左様ですか……」
    と返すしかない。
    「……」
    「……」
    レトはもう何を話したらいいのか分からず、テレシスも何も話さないので、部屋は沈黙に包まれる。
    しばらくして、テレシスが
    「……貴様の次の働き次第では、あそこに入って好きなものを持っていっても構わぬ」
    と言った。
    「えっ……」
    レトの胸に驚きと喜びが満ちる。
    しかし、すぐにそれはすぐに消え去った。
    駄獣と駄獣を走らせるためにその鼻先へ吊るすニンジンのように、レトと本が扱われたことへの不満のためであり、やはりサルカズにとって本はその程度のものでしかないということへの悲しみのためでもあった。
    だが、そんなサルカズの手に本が渡ることになった一端を担っているのはレトなのだ。
    レトはヴィクトリアのこともガリアのことも愛しているし、二つの国の文学のこともまた、どちらも愛している。
    今はもうなくなってしまった、自分のルーツである国にその中で触れられるということで、ガリアの文学への思い入れがより強くはあるが。
    しかし、ヴィクトリアとサルカズの戦争が本格的に始まった時、ザ・シャードの書庫の本は、はたして無事でいられるだろうか?
    それだけではない。
    このヴィクトリアにある本は、それを収める本屋は、図書館は―
    「……殿下のお慈悲に感謝致します。ですが、ご遠慮させていただきたく存じます」
    「そうか」
    レトはテレシスの提案を断ったが、あいかわらず、テレシスの表情にも声にもわずかの変化もなかった。

    ***

    自分のオフィスに戻ったレトは、何気なく鏡を見る。
    そして、自分の顎髭を撫でた。
    レトが髭を伸ばし始めたのは、初めて他の兵士をまとめる立場になってからだ。
    それは少しでも自分のリーダーとしての威厳を増させるためであり、そういう立場に立ったことの記念であり、物語の中に登場する人物への憧れでもあった。
    本の中の軍人は皆、忠誠心に溢れ、固い信念を持ち、上司や友人に信頼され、部下に慕われ―何より、立派なヒゲをたくわえているものだ。
    彼らのようになろうと、かつてのレトはそう思ったのだ。
    「ふっ……」
    レトの口から、過去の自分を憐れむような、嘲るような―それでいて、羨むような笑いが漏れる。
    「あの頃の私は、何も知らなかった……何も」




    ③タイ+ウユ


    突然現れたシーによってウユウたちが絵の中に閉じ込められて2日になった。
    ウユウが以前閉じ込められた絵巻とは風景が異なるようだったが、あいかわらず山も、岩も、川も絵とは思えないほど真に迫っている。
    いや、真に迫っているどころか見た目も、感触も、温度も本物と全く同じだ。
    木の実をもいで鼻に近づけてみれば食欲をそそる甘い香りがするし、澄んだ水の下には魚が泳ぎ、水の流れに合わせて揺れる水草があり、手を入れてみれば冷たさを感じる。
    はたしてこのようなものを絵と言えるのだろうか?
    ウユウも子供の頃、絵の中に入れないかとか、絵に描いたものが取り出せればいいのにと考えたことはある。
    もし、かつてのウユウをここに連れてくれば、喜び、興奮してそこら中を駆け回っただろう。
    絵を現実のものにしたい、絵の中に描かれたことを体験したい―そうしたことはウユウだけではなく、誰しも一度は考えるのことだろう。
    ありふれた、あどけない夢だ。
    しかし、いずれはそれがどうやっても不可能なことであると気づく。
    現実にはあり得ないことだからこそ、夢なのだ。
    しかし、シーにはそれができる。
    つくづく歳の姉妹は常人の理解を遥かに超えた存在だとウユウは感じる。
    「はあ……シー嬢は今度はいつになれば出してくれるのかねえ」
    ウユウは適当に近くにあった岩へ座る。
    絵の中の世界に入れられて1日目、つまり昨日、ウユウは一緒にここへ連れてこられた人々に婆山町での出来事を簡単に話した。
    しかし、肝心な絵の世界からの脱出方法をウユウは知らない。
    あの時は気づけば現実の世界にいた。
    その直前にニェンに会ったことと、現実の世界に戻った後、シーがニェンに激しく怒っていたことを考えると、ニェンがウユウたちを絵の世界から出したのだろう。
    だが、仮にニェンがどうやったのかが分かったとして、ウユウたちのような普通の人間にそれができるのだろうか?
    「はあ……」
    ともう一度ため息をついたウユウは、空を見上げる。
    霧によって隠された太陽がどこにあるのかは分からないが、空はもう橙色に染まっている。
    日没になったら、ある建物に集まり、皆で―といってもこの世界に入る前に一緒にいた者のうち、ドゥとシャンの姿をウユウはまだ見ていないが―情報交換をすることになっている。
    この世界の中で特に大きい、目立つ建物であり、最初バラバラのところにいたウユウたちは、そこで偶然合流できたのだ。
    おそらくは皆、辺りを見渡して、あるいは当てがないながらも歩いているうちに、その建物を見つけ、とりあえずの目的地としたのだろう。
    「何も分からなかったが……仕方ない、戻るか」
    ウユウは立ち上がった。

    ***

    ウユウ以外の人間も特に収穫はなかったようで、すぐに解散になった。
    ある者は建物の中で体を休め、ある者は建物の外へと出ていった。
    そして、ウユウは建物から少し離れた林にいた。
    かつて師匠から教えられた技を―その時の師匠の動きを一つ一つ思い出しながら、それを自分の体で再現する。
    ウユウは何も喋らない。
    「……ふっ、はっ……」
    この林の中で聞こえるのは、ウユウが息を吸い、吐く音と、衣擦れの音と、ウユウの靴が土を踏む音だけだ。
    そのはずだった。
    「……っ!」
    ぱきり、と何者かが枝を踏み折った音がして、ウユウは素早く振り向いた。
    「貴様、ここにいたのか」
    「貴方は……!」
    そこにいたのはタイホーだった。
    「何故ここに……」
    中途半端なところで手と足を止めたままウユウが言う。
    「別に貴様を探していたわけではない。ここから出る手がかりはないかと他の者がまだ見ていないところへ行こうとしたら、物音がしたのでここへ来ただけだ」
    「そうでしたか……」
    ウユウはそっと手を下ろし、足を閉じる。
    そんなウユウをタイホーはじっと見る。
    タイホーの力強い、真っ直ぐな目が、ウユウはどうにも苦手だった。
    つい、目をそらしそうになる。
    「斯様な場所にいても鍛錬をしているとは感心だ」
    「それは……ありがとうございます……」 
    ウユウは、最後の弟子として全ての技を自分に教えてくれた師匠のためにも、その仇を討つためにも、鍛錬を怠るわけにはいかなかった。
    しかしながら、ウユウは、そんなつもりはなかったとはいえ、師匠を死に追いやり、道場を潰した自分に師匠の扇も技も使う資格はないと思っているために、戦いという手段を選ぶことはあまりない。
    言葉を尽くし、手を尽くし、やむを得ず戦わなければならなくなった場合でも、ウユウは自分の素性を隠すために―自分の素性を隠すことで、周りの人々を自分の復讐に巻き込まないために、あるいは確実に復讐を果たすために―自分が廉家の技を使うところを極力他人に見せないようにしている。
    タイホーにはすでにウユウが廉家の技を使うところを見られているのだから、また見られたところで問題はないはずだが、こうしてコソコソと鍛錬しているところを見つかったのは単純に気まずい。
    「……昨年、廉家の当主が亡くなったそうだな」
    「……ええ。師匠のことをご存知なのですか?」
    「ああ。彼女が命を落とした経緯もおおよそは知っている。……貴様は師の仇を討つつもりか?」
    ウユウはいつものように薄く笑みを浮かべ、誤魔化そうと思ったが、タイホーのあの目で見られているためか、上手い言葉が思い浮かばず、
    「……どうでしょうね」
    とだけ言って、視線をそらした。
    上手く笑みを作れたかさえ分からない。
    炎国は法治国家であり、その人間にどんな罪があろうとも、法に基づかない裁きなど許されようもないことはウユウにも分かっている。
    そして、タイホーは炎国の役人だ。
    法が破られたり、不適切な形で用いられないよう―法による秩序が世の中のすみずみまで行き渡るよう、人々を取り締まる立場の人間だ。
    「もしそうだと言えば、私をお止めになりますか?」
    「貴様が我の目の前で仇を討つというのであれば、我はそれを止めねばならぬ。……だが、今ここに貴様の仇はいないであろう。それに、我が止めろと言えば貴様は止めるのか?」
    「……」
    ウユウは俯く。
    復讐というただ一つのことのために、ウユウは名も過去も捨てた。
    今のウユウにとって、師匠から与えられた恩に報いる方法は、廉家の名に傷をつけたことを償う方法はこれしかない。
    だが、ひょっとするとこの復讐は、結局のところウユウの自己満足に過ぎないのかもしれない。
    師匠が今のウユウの行動をどう思っているか―死者の思いなど生者には知りようがないのだから。
    ならば、ウユウは本当に復讐をするべきなのか?
    しかし、そんなことは1年、考え尽くしたことだ。
    ウユウは必ず、この復讐を果たすと決めていた。
    「無造作に生やした髭や着崩した服は、貴様の素性や力量を他の者に悟らせないための隠れ蓑というわけか?」
    「ははは……。……この1年、私はずっと仮面を被っていました。しかし、いつの間にか仮面が自分の顔に張りついて、外せなくなりましてね。仮面が本当の顔になってしまうところだったのです。恩人様にはその仮面を剥がしていただいたのですよ。少々痛かったですがね……ははっ」
    「それが貴様がロドスに返さねばならない恩か」
    「そうです」
    「……貴様は二つの恩に報いようとしている。その志は立派なものだ。腕も立つ。しかし、貴様の仇はただ1人で全て討ち果たせるものではなかろう。その身と命がもし復讐のみに用いられ、散りゆくとすれば惜しいことだ」
    そう言うと、タイホーは去っていった。
    「……」
    ウユウはただ、黙ってそれを見送った。
    復讐を果たした後、自分はどうするのか。
    どうなるのか。
    ウユウにはまだ、シーに絵の世界で体験させられたものしか―龍門でフィットネスジムを開くが、ウユウの仇であった一門に、今度はウユウが仇として追われることになり、命を奪われるというものしか、つまりは別の場所で、別の道を歩もうとしても、結局、ウユウには勾呉城に始まる血なまぐさい縁から逃れることはできず、殺し殺される武の道へ引き戻されるというものしか―想像できなかった。
    それ以外の未来を考えようとしても、たちまち頭の中の像は漠然としたものになってしまう。
    「結局、この身には武というものがまとわりついて離れないということなのでしょうかね」
    ウユウは自嘲するように笑った。




    ④騎士ピ+ウルピ+ロシナンテ


    ウルピアヌスはふとロシナンテの髭―と呼んでいいのか分からないが、顎の下から伸びる黒い紐のようなもの―の先に小さな白い、ゴミのようなものがついていることに気づいた。
    よく見れば、ロシナンテは髭のようなものについたゴミをとろうとするように、あるいは不快感を示すように、時々頭を上下左右に小さく振っている。
    しかし、ウルピアヌスとロシナンテの間には最後の騎士がおり、その分だけ距離があるのでゴミをとってやれそうにない。
    それに、ウルピアヌスは狂人号からシーボーンによって投げ飛ばされた後、最後の騎士に拾われ、そのまま行動を共にすることになったが、ロシナンテは未だにウルピアヌスが自分の背中に乗ることに納得していないようだ。
    おそらく、ロシナンテにとってみれば、最後の騎士と自分とずっと2人で行動していたところに、ウルピアヌスという異物が急に入ってきたような形なのだから、不満があるのも当然といえば当然だろう。
    そのウルピアヌスがロシナンテに触れれば―それも、シーボーンにとってどうなのかはともかく、多くの動物にとって髭は敏感な器官であり、触られるのは好まない―気分を害する可能性がある。
    そこで、ウルピアヌスは最後の騎士の肩を叩いた。
    「騎士」
    「……」
    最後の騎士が振り返る。
    ウルピアヌスは自分の顎の下を指さし、それからロシナンテを指さす。
    あくまで、最後の騎士が自分で気づいてゴミをとったということにするためだ。
    その方が、ロシナンテも気分が良いだろう。
    しかし、最後の騎士はロシナンテを見て、ウルピアヌスを見て、
    「……?」
    首を傾げた。
    ウルピアヌスは何度かロシナンテの顎の下を指さしたが、その度に最後の騎士はロシナンテを見ては首を傾げるばかりだった。
    最後の騎士はロシナンテの顎のすぐ下―髭のようなものの根元のところを見ているので、なかなかゴミに気づけないのだ。
    ウルピアヌスはそこで、顎を指さし、その指をそこから頭の後ろの方へ動かすことで髭のようなものを表現しようとしたが、これも伝わらなかった。
    仕方がないので、ウルピアヌスが声を抑えながら
    「ロシナンテの……ヒゲに……」
    と言うと、最後の騎士はロシナンテの髭のようなものを根元から先端へまで眺め、ようやくゴミの存在に気づいたようで、
    「ロシナンテ」
    と声をかけてから、ヒゲに指を滑らせ、それをとってやった。
    ロシナンテは最後の騎士の方を見て、礼を言うように短く鳴き、その胸の辺りに頭を擦り寄せた後、
    「……っ!?」
    尾びれでばしんとウルピアヌスを叩いた。
    人一人分の距離があるとはいえ、ロシナンテとウルピアヌスはそこまで離れているわけではない。
    仕方がないが、ウルピアヌスの指示ということはバレていたらしい。
    おまけに、最後の騎士が礼を言えというように
    「ロシナンテ」
    とその名前を呼び、ウルピアヌスを指さす。
    ロシナンテはしばらくウルピアヌスを見た後、ぷいと勢いよく前を向いてしまった。
    「ロシナンテ……」
    「いや、いい。俺は気にしていない。ロシナンテの好きなようにさせてやれ……」
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