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    しふりしゃ

    男を犯す

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    しふりしゃ

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    例の凸凹刑事コンビの小説
    CP要素なし
    えっちはえっちでもHellの方

    田中さんが死んだこと知ったら乱くん荒れそ〜〜〜っ♡ってだけの話

    乱くんが田中さんの死を知ったらこうなる幻覚ケモナフーズの事件を解決してから数日。朝ごはんを食べ終えた乱はゴミ袋を持って家を出る。今日もカラッと晴れた空が広がっており、万里が外に出るには向かない日だろう。日傘を持っていかないとな……とどうでもいいことを考えながら家のすぐ目の前のゴミ捨て場に向けて袋を放り投げた。落ちることなく袋の山の頂点に収まったそれを確認し、さっさと立ち去ろうと背を向ける。

    「あの……お隣の方ですよね」

    と、その時。背後から声がかかった。振り返れば、隣近所の田中家から見知らぬ女性が顔を覗かせている。

    「はい。田中さん家の隣に住んでいる真神です」

    「お、おはようございます。私、田中果子って言います。あの、確か警察の方ですよね……お2人で住んでいらっしゃる……母からよく話は聞いていました」

    俯き髪に隠れた顔は青ざめた色をしている。追い詰められているかの様で、言葉を紡ぐので精一杯という有様だ。

    「母は……事件が起こった日の夜に……ここで女性と2人で倒れているところを発見されて───そのまま病院で亡くなりました。外傷が酷くて……"獣に食い荒らされたみたいだった"って……」

    亡くなった。その言葉を聞いた瞬間に、急速に頭が冷える。さぁっ、と脳から血が引いていく。視界が歪む。
    彼女はあの日の夜、ケモナフーズのクッキーによる凶暴化で襲いかかってきて……当然の義務として応戦した。無力化した、だけ……だったはず。
    力加減を間違えた? 内臓に傷が入った? 辺りが血の海だったせいで、彼女の傷の深さを見誤った? なぜ。なぜ。
    殺した。俺が。噛み付いて───喰い殺した。

    「もう██の方にも█いたん██けど……。……お2人██事さんなん██よね……母のこ██ついて……何か……情█は……」

    果子は何かを話している。その声は耳には入っている。だが、聞き取れない。頭の中で煩く鳴る自分の心臓の拍動が大きすぎる。

    「お願いします。母を殺した犯人を見つけてください」

    聞き取れない言葉が雪崩込んでは鼓膜を揺らすなかで、その一言だけがやけに鮮明に聞こえた。
    頭を下げて去っていくその背に声をかけようとする。が、喉の奥が締め付けられたように動かない。ガチャン、と閉められた扉の音が響くまで、その金縛りは解けなかった。




    万里が朝食を食べ終え皿の片付けをしていると、玄関から扉の開く音が聞こえてくる。乱がゴミ捨てから帰ってきたか。と思った瞬間、金属の軋む音を立てて扉が激しく閉められたのがその場からでも分かった。

    「こら、乱。扉はゆっくり閉めんと行儀が……」

    笑いながら振り返り……そこで言葉を失った。扉の前で立っていた乱が、余りにも異様に見えたから。皮膚を抉らんばかりに強く顔を覆い、指の隙間から覗く瞳はガタガタと揺れ動いていた。

    「お、おい乱……?」

    「田中さんの……娘に会いました」

    聞いた事のない程低い声で乱が呟く。あぁ、とその言葉の意味を察してしまった。
    実を言えば、田中さんが亡くなっていたことは事件の翌日に既に果子さんから聞いていた。死因が2人で交戦した結果であることも理解していた。青さんにもその旨を伝えてあった。ただ、乱には。乱だけには話していなかった。
    彼は時折精神的に酷く沈む、或いは異常に興奮する傾向がある。あの事件の日も、戦いの最中で突然に動きを止めて苦しみ出したのが記憶に新しい。あの時から、乱は「人を殺す」という行為に何かしらのトラウマがあるのだろうと、薄らと察してはいたのだ。好戦的で「狩りをしたい」と嘯く姿とは対極であるが、確かにそこには何か後ろ暗いものが眠っている。
    だから、伝えていなかった。応戦の結果とはいえ、無辜の人を殺した事実が、彼にとって良い情報になり得るとは思わなかったから。隠し通すことも出来なかったが、今の様子を見るに真実を伝えなかったことは正解だったはずだ。

    「……田中さんは亡くなったそうです。……あの時の傷が深かったせいで……っ、……"獣に喰い荒らされた"様だったと……!」

    乱は訥々と知るべきでなかった真実を語る。言葉の合間に挟まる荒い息が痛々しい。彼は最後の一言を絞り出すと、膝から崩れ落ちる様にして項垂れた。

    「……そうだったか」

    言葉を投げかけてやりたいとは思う。だが、何を言おうとしても「その言葉は違う。彼を苦しめるだけだ」と頭の中で警鐘が鳴る。嗚咽にも近い呼吸が絶え間なく続き、じりじりとこちらの余裕も奪われていく。

    「今日は家で休んでいた方が良い。青さんには俺から伝えておこう」

    「……いえ。大丈夫です」

    乱はゆっくりと立ち上がる。体を持ち上げるのでやっと、といった具合の無気力な動き。平時の敏捷性は欠片もない。

    「……顔を洗ってきます」

    「お、おう。そうか。うん。頭が冷えていいかもしれんな」

    こちらを見る乱の目はどろりと濁っていた。その目を見た途端に、彼との境に大きな壁が作られたようで、自分でも訳の分からないことを口走ってしまう。気圧された──いや、違う。もっと深く、断絶的な……「立ち入ってはいけない」という感覚。
    よろめきながら洗面所に入っていく姿が、やけに遠く見えた。



    乱は洗面所の扉をぴしゃりと閉めた。知りたくも無かった情報と、投げかけられた言葉が濁流となって脳内を掻き回し続ける。

    「獣に食い荒らされた……」

    鏡をぼうっと見つめながら呟いた。
    あの時、俺は彼女の肉を食いちぎったか? 咀嚼したか? 嚥下したか? ──何も覚えていない。
    隣人の肉が、一部が、自分の体内にあるかもしれないという事実に耐えられない。

    「うっ……」

    吐き気に襲われ、洗面台に顔を伏せた。何かがせり上ってくる感覚はあるものの、口から出るのは滴る唾液だけ。何でもいいから吐き出したい。

    「げほ、……げほっ」

    結局、咳き込むことしか出来なかった。鏡に手を付き、ゆるゆると頭を上げる。鏡の中の自分と視線がかち合った。
    ──醜い狼がいた。

    「ひっ……」

    鏡から手を離し後退りすれば、なんてことはない、怯えた顔で己の鏡像が映り込んでいる。あの一瞬、鏡に映る自分が狼男に変身した姿に見えた。血に塗れた、目を爛々と光らせる怪物。震える手を眼前に持ってくる。確かに人間のものだ。狼男になど変わってはいない。
    ──大丈夫だ。落ち着け。
    そう自分に言い聞かせる。白いハンカチを取り出した。血の染みがついた部分を鼻に押し当てる。すぅ、と息を吸った。かつての記憶が匂いと共に蘇る。血の気が引くように、頭の熱が拐われていく。
    自分が抑えられなくなったら、ハンカチを嗅いで頭を冷やす。いつも通りの癖。落ち着くためのルーティン。ほとんど無意識の行動。だが、今に限っては悪手だった。これは気分を「鎮める」ためのもの。もう既に、深く暗く「沈んで」いる所に使うものでは無い。頭が冷える。冷えすぎる。さらに深く思考が引き摺り込まれて、出てこられなくなる。

    「……あ」

    まずい。やってしまった。自分でもそう自覚出来るほどだ。視界が融け落ち、再び己の鏡像が歪む。

    「あなたがお母さんを殺したんでしょう。最低で最悪な……人殺し」

    鏡の中で果子が言い放つ。声色からは恐れが滲み出ている。言い返すこともできない。

    再び歪む。

    「私は美味しかった?」

    田中がいた。深深と牙によって抉られた傷を見せつけて笑っている。美味しかったかどうかは分からない。

    歪む。歪む。歪む。

    「貪るのは、私だけでは足りませんでしたか?」

    一つに束ねた長い髪。丁寧な口調で話しかけてくる声。模倣しても近づけないその姿。背負った罪の形……或いは父。

    院長お父さん……」

    ハンカチで口許を覆い、息を吸う。やってはいけない、悪手だと分かっているのに止められない。最早これは自分を落ち着けるための魔法のようなものだと錯覚していた。染み込んだ血の匂いがいつもより濃く感じる。脳を焼くようだ。朦朧とする意識で胸像を捕らえる。

    「貴方を育てたのは間違いでしたね。こんな獣になるくらいなら、あのまま捨て置いておけば良かった」

    違う。違う違う。違う違う違う違う。あの人がこんなところにいるはずが無い。こんなことを言うはずがない。だって、もうとっくの昔に腹の中に収まってしまったから。これは、偽物だ。偽物は殺さなければ。壊さなければ。
    鏡像に向けて拳を振り下ろす。ばき、と世界にヒビが入った。バラバラに砕け散る破片が宙を舞う。光を反射しながら落ちるそれら全てに、こちらを見つめる目が映っていた。恨みがましげな目が。
    ──そんな目で見るな。




    顔を洗うと言って洗面所に入った乱が出てこない。心配になり、万里が洗面所のドアを開けるのと、鏡が割れる音が上がるのは同時だった。破片がばらばらと落下する中に乱は蹲っていた。

    「っ、おい! どうした!」

    彼の肩を掴んで揺さぶるが、意識が別の場所に飛んでしまっている。何か聞き取れないことを呟くばかりでこちらの声が届いていない。鏡の破片に大して酷く怯えているようで、頻りに「見るな」と声を荒げている。

    正気ではない。

    ようやく戻ってこれたのか、ふっと乱がこちらを向いた。動き回る瞳孔で何が見えているのかはしらないが、少なくともこちらのことを認識できてはいるらしい。無理やり引き攣った顔を取り繕おうとしている。

    「……ば、万里。あ……し、仕事……仕事ですよね。っい……行かなきゃいけない、っ……時間でした。ちょっと……ちょっとだけでいいんです。待って、っ、まって……ください。す、少し待てば、ぉ、落ち着きます。っ、は……おちつくはずなんです」

    「バカ言うな! そんな状態でどうやって外に出るつもりだ! 絶ッ対に家で休んでいろ!」

    洗濯機の上に畳んであったブランケットを引っつかみ、乱の頭の上からかける。

    「…………」

    返事は無かった。が、どう見ても外に出られる様子ではない。黙っているのなら肯定と捉えるまでだ。半分引き摺る形で乱を持ち上げ、リビングまで連れ帰る。ソファにもたれる姿勢になるように彼を誘導した。魂が抜けたように抵抗もしない。ソファに乱の体が力無く沈み込み、スプリングが軋む音が静寂を割いて響いた。彼はどこを見るでもなく、ただ首の向いている方向をぶれる瞳で眺めている。
    壁にかかった時計を見れば、確かにもう家を出なければ業務開始に間に合わない時間になっていた。しかし、この状態の乱を独りで残していくのはよろしくない。自分も青大将に断って休みを貰うべきだろう。携帯を取り出して、青の番号を打とうとする。

    「っ、なんで、電話なんてっ……する必要が、ぁ……あるんですか……! だっ、大丈夫、ですから……ッ!」

    バチン。視界に銀色のものが過ぎったかと思えば、手元から携帯が消える。何が起こったかを把握するよりも前に床に携帯が叩きつけられる音がした。乱が手を狼男のそれに変化させ、携帯を弾き飛ばしたのだ。

    「……は?」

    乱は信じられないといった目で自分の手を見ていた。完全に無意識での行動だったのか。乱は手を人間のものに戻し、再び狼男のものに変えるというのを一頻り繰り返したかと思えばこちらに縋り付いてくる。

    「ち、ちが……っ、ちがうんです。いまのは……っ!っこ、こんな、ことっ、……じ、じぶんでも……わ、わから、なくて……!」

    「大丈夫だ。分かってる。だから落ち着いてくれ」

    子供のように縮こまる乱を宥めながら、床に落ちた携帯を横目で見る。ひしゃげてしまっており、使えそうにない。青大将を呼んで助けを求めようかとも考えたが、直接会いに行く他ない。

    「青さんを呼んでくる。絶ッ対に家から出るなよ。気分が良くないならベッドで大人しくしておくこと。いいな?」

    こちらの言葉を聞いているのかいないのか、乱はまだ支離滅裂な弁明を続けている。こんな状態の乱から離れるのは心が痛むが、だからといってこのまま時間が解決してくれるとは思えない。引き止める様に服を掴む乱の手は、少し力を入れるだけで外せるほど弱々しかった。




    万里が去ってもなお、乱は自分のした事が受け止められないでいた。完全に無意識だった。気がついた時には自分の手が狼男の巨大なそれになっていた。少し間違えていたら、飛んでいたのは携帯ではなく万里の手であっただろう。
    力が制御出来なかったという事実が無慈悲に聳え立つ。獣の力を抑えられないのなら……それは最早獣そのもの。堕ちていく。理性のない存在へ。

    濃い血の匂いが空間に充満している。キッチンに置かれたクーラーボックスからだ。あの中には……普段食べている人肉が入っている。その肉の元になったのは、どんな人間か。知ることはできない。救いようのない悪人であって欲しいと思う。どうしようもない理由で死んでしまった人間であって欲しいと思う。だが、アレが無辜の人間だとしたら? 自分たちの空腹を満たすためだけに殺された人間だとしたら?
    ずっと目を背けていたものに向き合ってしまえば、もう目を逸らすことはできない。

    「、えっ……」

    ごぽ、と喉奥から液体が逆流してくる。フローリングにどろりと溶けた物体が混ざった胃液がぶちまけられた。その塊は、無辜の人間の成れ果てであるかもしれない。かつての隣人の破片であるかもしれない。頭を過ぎる可能性の数々が何よりもおぞましい。
    血の味がする。喉の中にまだ何かがつっかえているような感覚に囚われて、手を突っ込んだ。当然の反射として激しく嘔吐く。再び胃液が上がってくるのを感じた。





    万里が今まで生きてきた中で、今日ほど己の足の遅さを呪ったこともないだろう。タクシーを探すにしても、駅に向かうとしても、結局は自分の足で走らねばならないのだから。警察署の自動ドアが開く動きがやけに遅く感じた。脇目も振らず青がいる部屋へと駆けていく。

    「青さん!」

    「……!? どうした、そんなに血相を変えて」

    「乱が田中さんのことを知ってしまったようでな……かなりまずい状態だ。相当に錯乱している」

    「分かった。直ぐに向かう」

    この事態が起きることを分かったいたかのように、青には焦る様子が見られない。彼も乱の精神的な危うさを察していたのだろう。

    「瞬間移動の魔術を使う。初めてだと酔うかもしれんが、文句は言うなよ。お前の家を頭に思い浮かべろ」

    がっ、と青に手を掴まれた。言われた通りに家の玄関を頭に浮かび上がらせれば、次の瞬間視界がぐるぐると回転し始める。回った視界は次第にスピードを緩め……気づけば2人の自宅の玄関に立っていた。視界が完全に止まってからも足元がふわふわする感覚に苛まれる。

    「なるほどなるほど……これは、酔うな」

    「真神は……あそこか」

    青はずかずかと家の中へ入っていく。土足……と一瞬思ったが、そんなことを気にしている場合では無い。青に続いてリビングへと入れば、酸の匂いが鼻をついた。

    「……確かに酷い有様だ」

    青が乱を見下ろしながら顔を顰めた。一度に吐いた量ではない胃液が床に広がっている。ここまで出せば胃液も空になっていそうなものを、乱はなおも手を喉に押し込んで何かを吐き出そうとしていた。

    「止めろ、乱!」

    吐瀉物がズボンに跳ねるのも構わず乱の元へと走る。唾液でべたついた手を引きずり出した。

    「、、げほっ、っは……ぁ、あ、……っち、ちのっ、あじ、が……、っ、きえな、いっ……」

    「真神、しっかりしろ」

    「ぁ……? あお、さ……ん? なんで、ここに……」

    「血崎に呼ばれてな。お前がヤバい状態だって必死の形相で訴えるもんだから」

    「っあ、……あお、さん………、ぁ、あな、たが……くれる、っに、にくは………だっ……、だれ、なん、…です? ぉ、おれ、……ッ、ちがう…、……わたし、……が、たべてっ、……ぃ、いるのは……なん、だ……」

    「何故そんなことが知りたい」

    「わ、わたし……が、っい、きるため、に……っだ、だれが、こ、…ころされ、て………いる?」

    「それを知ってなんになる」

    「青さん、早くなんとかしてあげてくれないか」

    何をするでもなく錯乱した乱と問答を続ける青に思わず口を出した。だが、青はなにも言わない。ただ乱の方だけを見つめ続けている。

    「っ、つみの、ない……ひと、びと………が……、ただ、ッ、いきて、ぃ…、いるだけ、……の、っぜ、ぜんりょう、な、………もの、が……ころされて、いる?」

    「何故それを気に病む必要がある。人間たちは家畜を食べる時に、そんなことを気にしないだろう。ならば俺達もそうあるべきだ」

    青が言うことも最もだろう。だが、今の乱に対してその理論を向けることは残酷すぎる。すっ、と乱が俯いた。数秒ほど黙りこくったと思えば、地を這うような声で問う。

    「食べたのが育ての"父"であっても?」

    動揺し、吃り、口篭った会話の中で、その一言だけははっきりと発音された。乱は頭を抱え、苦しげに過呼吸じみた吐息を繰り返している。

    「はっ、はっ…………ッ、おれ……いや、わたし…っ、っは、はっ…………わたし……? ッわ、わたし………って、だれ……、だ?」

    「……ここまでだな」

    青は目を細めて首を振った。乱の背後に回ったかと思えば、その頭を蛇に変化させる。ずる、と服の襟から伸びた長い蛇の体が乱の首に巻きついた。

    「青さん、何を」

    「ちぃっと乱暴になるがな。一旦絞め落とす」

    ぎち、と青が自らの蛇頭を使って乱の首をきつく絞める。頭を抱えていた乱の手が助けを求めるようにぴんと前に伸びた。がくがくと指を動かし何かを掴もうとしているようにも見える。

    「っがは、……っ、っ、……ッ!」

    「苦しませて悪いな、乱。もう少しだけ耐えてくれ……」

    藻掻く手をとって握る。ぼろぼろと生理的な涙を零す青の瞳と目が合った。ふっ、と安堵したように彼の顔から力が抜ける。

    「、っ、……、…………」

    がくりと伸びていた手が垂れ下がる。瞼は閉ざされ、完全に意識を失っていた。頬に伝っていた涙の跡を拭ってやる。青は乱を俵のように抱え、ベッドに転がした。

    「それで、どうするつもりなんだ」

    「魔術で記憶を弄る。知ってしまったせいで壊れたなら、知らなかったことにすればいい」

    「何故わざわざ追い詰める必要があった」

    「記憶を弄るってのはかなりのリスクが伴う。必要以上に改変すると齟齬が生じて余計に精神的に負担がかかる。あと、本人の根幹に関わる部分は絶対に消しちゃあいけない。自我を保てなくなって人格が破綻するんだ。真神なら……さっきの話を聞いた限りでは、"人を食べること"への罪悪感そのものと……"父"に関するものを弄るとぶっ壊れる。記憶を弄るならまずは改変してもいい場所、触れてはいけない場所を探らなきゃならないんだよ」

    乱は意識を失ってからも眉根を寄せて魘され続けている。青はその額に手を当てた。

    「今まで俺の渡す肉に言及してこなかった辺り、田中氏のことから連鎖的に反応してしまっただけだろう。そこは特に弄る必要はない。そして真神がここまで拗れたのは、単純に彼女が死んだせいではなく、自分のつけた傷のせいで死んだことのせいだ。シュブミルクが合わなかった結果として死んだことにしておけばいい」

    ぼぅ、と青の手が白く発光する。3秒ほどで光が消え、青が乱から手を離す。

    「ま、こんなもんか。起きるのは三日後くらいになるようにしてある。その間に新しい携帯と鏡は工面してやるとして……家の片付けはお前がやれよ、血崎。乱が起きた時に今日のことを勘づいたら記憶を弄った意味もない。あぁ、三日間寝っぱなしだった点については本人が気にならないように認識阻害もあるからな」

    「本当に、助かった。ありがとう」

    青に向けて深々と頭を下げた。頭上から笑い混じりの声が降ってくる。

    「はっ、またケモナフーズみたいなことが起きた時に、"2人で"いてもらわないと困るもんでな。辻褄合わせは頑張れよ。俺は署に戻る」

    頭を上げた時には、青の姿は消えていた。魔術で警察署に戻ったのだろう。
    乱は穏やかな顔で眠りについている。規則正しく動く胸を確認し、安堵の溜息を吐いた。結んだままの髪を解いてやり、汚れた服は脱がせて寝巻きに着替えさせる。

    「まだまだ若いんだ、思い悩むこともあるだろうが……」

    そっと彼の頭を撫でた。ぴくりと僅かに目尻が動く。

    「あそこまで人を思い苦しむことができるなら、君はまだ獣に身を窶すことはないさ」
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    しふりしゃ

    MAIKINGこんな感じの小説を……書く気がする
    鬱蒼と茂る森の中。ビショップが歩を進める度に木の葉と枝が潰れる音がする。それよりも絶え間なく響いてくるのは、銃声と金属音。白兵と黒兵がぶつかり合う戦場の中を、ビショップは他の兵も連れずに歩いていた。ただ一つの目的のために。
    「白のルークの首を取れ」。黒のキングがただ一言、ビショップに命じた事だ。白のルークが一騎当千の怪物であることは戦場中に知れ渡っていた。戦に出る技量はあるとはいえ、ビショップは一介の聖職者でしかない。つまりは死を命じられたも等しい。だがビショップにとって、キングの命令は絶対。逆らうことも、命乞いをすることも無く。ただ1人で白のルークが陣を構えている地に足を踏み入れていた。
    ビショップとしては単騎で敵陣に挑むからにはそう易々と幹部がいる場所まで辿り着けないだろうと想定していたが……いくら無防備な姿を晒して歩こうとも一向に敵兵が現れない。不気味な程に、だ。この状況が好機であると安直に考えるほど能天気ではない。完全に誘い込まれている。それでも足を止めることはない。ビショップにとって、キングの命令は何よりも重く何よりも正しい。命令の末に命を落とすことが出来たのなら、それは苦痛ではなく悦びだ。
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