なんだこれは⁉️ クリスマス、ふたつ飛ばしてバレンタイン、それが終われば卒業シーズンなんて呼ばれる、出会いと別れを一気に味わえるお得な季節が来る。1年のうち半分、いや三分の二くらいは恋人たちに優しくできていて、その分独り身の人間には厳しい。
「逸見、クリスマスにピザパしよ」
「クリスマスだから俺にも予定があるだろうとか思わないの?」
「え?彼女もいないのに?」
「ぐ……」
このままいけば母が選んだ好みじゃないケーキを家族でつつくという、高校生にもなって小学生の頃となんら変わらないクリスマスを過ごすことになる。もちろんクリスマスまでにおっぱいが大きくて可愛い彼女なんて出来そうもないし、告白した相手は返事を保留したまま、隣でスマホの画面内のピザのメニューを見ている。
「雅こそ、彼女と過ごさないわけ?」
「彼女とはイブに出かけるよ」
「あ、そう」
こっそり破局を願って尋ねたことが途端に恥ずかしくなる。なんて浅ましい考えだろう。
「……俺、蜂蜜かけるチーズのやつ食べたい」
「甘いのヤダ。好きじゃないし。辛いやつにしよ、あとなんか無難なヤツ」
「今甘いヤツ飲んでるくせに」
「それとこれとは別でーす」
雅はスマホに向けていた目線を俺に向けていたずらっぽく笑う。これとか美味しそうじゃない?と見せられた画面に顔を寄せる振りをして、こっそり頭をくっつける。キャラメルラテの甘い匂いがする。それって二人きりでやるやつ?って、聞きたい。クリスマスに二人、恋人みたいじゃないか。雅に恋人がいるのは知ってるし、俺の事好きじゃないのも分かってるし、そのキャラメルラテが彼女好みの味だってコトも知ってる。それでも期待してしまう自分がいる。俺を選んでくれたんじゃないかって。
「クリスマスって届くのに時間かかるかな〜」
「混むのはケンタのほうじゃね?」
「それもそっか。ピザは届くよね。芽瑠ん家の近くにあるのココだっけ、違うとこだっけ」
聞く前に二人じゃないと分かってしまった。期待感丸出しの質問をするよりマシだったのかもしれない。少なくとも3人。
「あと誰が来んの?」
「間宮は来れるって言ってた。芽瑠は親帰ってこないから家泊まっていいって言ってたし、白倉クンはどうかな、家族と過ごすかな?まだ誘ってないけど」
結局いつものメンバーを揃える予定らしい。とっくに冷めたカフェラテを啜って頬杖をつく。この一杯でかなり粘った。高校生の財布にカフェラテ700円は重すぎた。クリスマスに乗り切れていない店内BGMは流行りのJPOPを流し続けていて、やれ、愛だの、恋だの、想いだの、うるさい限りだ。
「ヒット狙いのラブソングみたいな恋なんかしたくない」
思考の続きを雅の声が引き取ったから、驚いて思わず背筋が伸びた。
「図星だ」
雅はまたいたずらっぽく笑う。キャラメルラテを手の内に隠した時と同じ顔。
「逸見の考えそうなことなんかわかるよ、あまりにも普通だもん」
ガラス面に触れていた指先がゆっくりと俺に向く。それを小さくクルクルと回しながら、真っ直ぐ俺を見る。
「普通じゃないのがいいんでしょ?同性を好きになっちゃったのも、恋人がいる相手を好きになっちゃったのも、周りとは違うけどさ、ありきたりだよ。そんな歌いくらでも転がってる」
ギュッと心臓が縮んで、痛みに唇を噛んだ。雅は笑顔を崩さなかった。俺を責めるような言葉で俺に笑いかけている。いや、俺が勝手に責められているなんて思っているだけなのか。どんどん視野が狭くなる。呼吸が浅くなる。筋肉が固くなって、体が動かなくなる。自分と同じ色の、雅の目に吸い込まれるように。
「でも逸見はそういうの好きでしょ」
だから雅のことが好きみたいな、そんな言い方。違うけど、そんなはずないけど、俺は正真正銘雅に恋してるけど、でも何も言えなかった。雅のスれた笑顔が怖い。そんな事ないって言ったら、今にも告白の返事が返ってきそうで。
でも、今のこの関係性に浸っているのも確かで、恥ずかしくて、寂しくて、悲しくて、目頭が熱くなった。泣かないように精一杯息を吸い込む。ここで泣いたら本当にめんどくさいやつだ。雅に嫌われるのはやだ。雅はきっと誰のことも好きにならない。彼女のことだって本当に好きな訳じゃない。だから、嫌われたら終わりだ。たくさん呼吸をして、出かけた涙をなんとか引っ込めた。雅はポンと届いた通知を開いて、嬉しそうに俺に見せた。
「あ、白倉クンも来れるって。良かったね逸見、みんな一緒だよ」
「うん……」
「寒いしそろそろ帰ろう」
帰り支度を始めた雅につられて、まだ残ったままのカフェラテを慌てて飲み干す。甘い部分を通り過ぎて、苦味だけ残った底を無理やり飲み下した。