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    うちのこ達が会話してるだけ

    キース家にて2 ゴブレットビュート22区、拡張街の南西側に位置するここは閑静な住宅地である。
     本来人の住まいとはそういうものだろうが、リゾート地であるミストヴィレッジと森と共存するラベンダーベッドと比較するとここには特筆する目玉は何もない。逆に言えば何もないからこそ自由に染まれる点が魅力なのだが、その利点に気づかない冒険者が実に多く、現状は人気のない閑散とした住宅街の位置付けになっている。
     とはいえ、家から一歩外に出ても誰とも遭遇せず、ポツポツと建っている家の住人もろくに見かけないこの閉鎖空間はアタシのお気に入りの場所だった。無駄な人付き合いをせず、伸び伸びと羽を広げられる。
    おまけに家主は世界中を飛び回る冒険者と来たもんだ。月に何度か帰宅すれば良い方で低頻度でしか顔を合わせない、それで定量の仕事をするだけで給料が発生する。
     何て楽な職場だったんだ。炊事洗濯は好きじゃないが、見張る人間が居なければ気楽なもんだ。しかしまぁ、全てはこの男が来てから過去形にすり替わっちまったんだが。

     一日分の洗濯を終え、庭先に干しに来たはいいものの、主人が設置した木人のあらぬ姿に顔を顰めた。
     木製で出来たそれは決して不良品ではなかったのだろうが、中央から半分が折れており、中枢部に複数の穴が開いていて見るのも無残な姿になっている。
     それでもなお、その状態にまでした本人は今でも半壊の木人を殴り続けており、その破壊への執着心は一体どこから来るのだと理解できずにほとほと呆れる。
     とはいえ、戦闘に夢中になっているこの男には触らぬ神に祟りなし。そそくさと自分の仕事を全うするべく、回れ右をして見なかったことに専念した。
     俊速で洗濯物を物干し竿に掛けて、室内へ戻る。あの男には先日声を掛けた時に顔面を殴られ、気を失いかけたのだ。使用人が同居人に手を出すなんて御法度なものだから抵抗もままならなかったが、立場が逆でも頻繁に合ってはならない事件である。
     何でまた主人はこんな野蛮な男を連れて帰ってきてしまったのか。
     これは長年遭遇しなかったドデカイ悩みの種である。静まり返った一室にストレス分の溜息が響き渡った。

    「アンタ何本目だと思ってるのーーーッ!?」
     庭先から聴こえた怒声で主人の帰りに気付き、出迎え用のお茶の準備に取り掛かった。
     今までひとりで住んでいた主人は口数の少ない人ではなかったけれど、帰ってきたその時々にその地のお土産話を聞かせてくれるだけで、こんなに叫ぶ人ではなかったはず。
     ーーまぁ、あの珍獣相手には大声も出るってモンだろうけどねぇ…。
     仕方がないとはいえ、高音は頭に響くからこれもストレスに繋がり宜しくない。
     これからのお茶の時間はリラックスできるよう茶葉はカモミールを選択して、湯が沸くのを待つ間に主人の入室音が鼓膜に届いた。
    「お帰り、ご主人」
    「ただいまムーンライトさん。アイツ…本ッ当に迷惑かけてごめんね」
     開幕一番の謝罪に片手で応じる。一応この件については給料倍額で手を打ってある。心労も必要経費だからと話が分かる主人で件の治療費や生活費も多めに貰った。まぁ、全てを金で解決するのもどうなんだという話だが、使用人がアタシひとりしかいない状況ではこれ以外の譲歩はないだろう。
    「いえ、ご主人には良くしてもらってますし、現状接触を避ければどうってことはないんで大丈夫ですよ」
    「もう本当に職場をストレスの宝庫にしてしまって申し訳ないんだけど、アイツにはこれ以上手を上げたら即座に帰国って言い渡してあるから!!でも自衛は出来る限りして。もし何かあったらまたすぐ連絡して欲しいし、最悪殴りかかられたら部屋にある武器何使ってもいいから全力でやり返して!」
     暴力行為に全力で支援する主人もどうなんだと呆れつつ、錯乱する主人の前に淹れたてのカモミールティーを差し出した。ここからはお茶の時間を開始して、自分のマグカップにも同じものを注ぐ。
     鼻腔をくすぐる優しい香りが心を落ち着かせ、爽やかな後味がまたすっきりさせてくれる。いつの日か主人が好きな茶葉なのだと、大量に持ち帰ってきてくれたその日からアタシのお気に入りのひとつにもなっている。
    「あぁ〜〜……落ち着く。取り乱してごめん〜」
    「いえいえ。…でも何というか、そうですね。正直アイツが何喋ってるのかさっぱり分からないんですけど、人も動物だから閉じ込められるとストレスが溜まってるんじゃないでしょうか」
     この時間の話題として、先ほどの木人バラバラ事件を思い返した。主人のお手製木人は今日ので通算5本目の破壊となっており、人を殴るよりマシだからと立てられたその日から毎日1本ずつ駄目になっている。
     奴の行動を分析するに意思疎通が超える力で言語の壁を無効化できる主人以外とは行えず、日常のほとんどをアタシとだけ過ごしているから常にストレスに満ちている。それで活動範囲はこの家の庭先まで。本人が鍛錬としている突きは物を殴らないと気が済まないもののようだが、他にストレス発散する捌け口がないようにも見えるから、そこを指摘。
    「ウーーン。とはいえ、会話が成り立たず他者に襲い掛かる恐れのあるアイツを目の届かない外に放り出す訳にもいかなくて。せめて日常会話だけでも成り立つようになれば良いんだけどねぇ…」
     月に何度か帰れば良かった主人はここ数日間毎日帰宅して、アイツに会話のノウハウを教え込んでいるようだ。先日は挨拶のポーズを教え、昨日は発声練習。その前はひたすら素振り。自己紹介と簡単な挨拶ができれば、多少会話が成り立つ。その理論は支持できるのだけれど。
    「ただまぁ、毎日木人が死んでいくのを見るのも辛いもんがありますんで…他人との実技も交えて叩き込むのはいかがでしょうか」
    「実技……実技ねぇ。あっ、実技といえばアイツから何かアクションあった?」
     どうにか主人の背中を押して束の間でも穏やかな時間が取れれば。目論見とは違う方向に話が逸れてしまったが、質問には素直に応じる。首を横に振った。
    「あぁ〜〜……うん、分かった。実技、させるわ。させるけど、ちょっと準備したいことがあるから時間が欲しいな。ムーンライトさんの悪いようにはしないから」
     ふむ、ここが妥協点と言ったところだろう。言質を取るものではないけれど、とりあえず言わせたことに満足してその言葉を飲み込む。
     日々の安寧を守るため、主人の行動を誘導するのも家臣の務め。このウルダハという地にすっかり染まってしまったけれど、悪びれずこれからの平和を願って、お茶請けとして提供された蜜柑に手を伸ばした。

     後日。
     部屋の掃除中に背後から殺気に迫られ、退路のある庭先に逃げたものの、玄関口であの男に捕まった。
     初めてこの男からエオルゼア共通語で静止の声を聞いた。
     そこに暴力的な接触はなく、捕まったとはいえ腕もどこも握られていない。
     主人の願いである人との対話が少し前進した瞬間に立ち合いつつも、感動よりも緊張感が身体を駆け抜けていた。
    「…何だい、アタシに何か用かい?」
     この言葉は通じるだろうか。否、通じないものと前提して声を掛けた。殺気を込めて近づいてくる化物へのせめてもの抵抗である。
     表情をひとつも変えず荒ごとに対応する能力は、生まれ故郷の影響で少しばかりある。過去の経験を活かした行動に、アイツは血走った瞳をこちらに向けながら、ほんの少し頭を垂れた。
    「………スマン…」
     消え入りそうなほど小さな声でわずかに喋った後、アイツは背を向けて去っていく。
     強烈な殺気が身体から離れた後、どっと汗を掻いた。
    この一瞬で何が起きたのか。先ほど鼓膜に届いた言葉をリフレインする。
    「スマン、スマン、スマン……。もしかしてアイツ、これで謝ったつもりか、!?」
     謝罪というよりもただ覚えた言葉をそのまま舌に乗せただけに見えたそれに、誠意は感じられなかった。緊張感からの解放と出来事に疲労感に目眩がする。
    「あー…確かに実技とは言いましたけどねぇ……」
     まさかその対象とは自分思わず、してやられた気分である。
    「これは実技訓練が必要ですねぇ……誠意を込めたちゃんとしたやつの」
     気持ちが伝わっていなければ、残念ながら謝罪としては受け止められない。
     けれど、まぁ。今後の職場環境と天秤に掛けると、受け取った対象が自分で良かったのかもしれないとも思えてきた。
     去っていったあの男を見渡して探す。あの男と顔を合わせたら、言ってやらないといけない言葉がある。それは他人と挨拶をする上でも大事なことであり、信頼関係を築く一歩でもあるのだ。
     恐怖と隣り合わせは緊張するけれど、打算的なアタシのこれからの行動はきっと未来を豊かにするだろうから。
     視界の先に映った青い人間に向かって、腹から出せるありったけの声量でお礼の声を掛けた。
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