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    1111ってなんだろう 不思議であんまり明るくないゆうじゃ

    ##遊ジャ

    病めるは昼の月・午前二時の青い薔薇



       病めるは昼の月

     理不尽な交通事故に遭い、脚の骨を粉々に潰され、ジャックに用意された輝かしい王者の道は突然の幕切りを迎えた。もう二度とDホイールには乗れないだろうと医者が言った晩、ジャックは病室で首を吊ろうとし、それから現在に至るまでの五年間、精神病棟に閉じ込められ外出もままならなかった。
     回復の兆しはない。彼は何度も何度も同じ本を読んで一日を静かに過ごし、たまに切欠もなく暴れだして、その度に看護師たちが彼の痩せた身体をベッドに拘束した。
     遊星は、毎日欠かさず病室に通って彼と話をした。
     なじみの野良猫の毛並、季節の植物、しつこくて頑固なねぐせ、海の目がかわくような青さ……。
     とりとめのない話にジャックは相槌を打ってくれる。入院したころは彼から提供される話題もいくらかあったが、大量に処方されるSSRIの副作用でだんだん意識が混濁してきているようで、ここ最近は現状を憂う言葉も聞かなくなった。ただ相槌を打つだけだ。色けざやかな花や甘い菓子はジャックのすみれ色の瞳を明るくしたが、それだけだった。

     暗い部屋の中で、ジャックの心は白くとうめいになっていく。

     ある夜、仕事帰りの遊星がいつものように病室に入ると、ジャックは手と首をベッドの脚に繋がれてぐったりしていた。また暴れたのだ。身体中に何かをぶつけたようなあざがあり、彼が命よりも大事にしていたデッキはむざんに床へ放られ、腕の皮膚は安定剤を打たれて紫色に変色している。
     目を瞑ったまま動かないジャックの顔をながめる。薄いまぶたや唇は窓からの光でつまびらかに輝き、この、神に打ち捨てられた憐れなからだを神聖なものにした。
     彼の頬には涙が流れていた。
     震える手が、スラックスのポケットに押し込まれたハンカチを探り当てる。昔、おまえも大人なのだからとジャックが買い与えたものだ。遊星は下瞼の裏を這い回る痛みを飲み込み、彼の頬を拭ってやろうとした。
     乾いてかさついた青白い唇が、遊星の指先にささやく。
    「月に……」

     遊星はジャックを月に連れて行くことにした。研究の合間を縫って手を動かし、数ヶ月も経たないうちに自家用のロケットを完成させた。黒い機体に、大きな赤いドラゴンの絵も描いた。
     深夜の、職員の少ない時間を狙って病棟に侵入し、ジャックを連れ去る。ロケットに乗り込むと、陰気臭く忌々しい病棟も、住み慣れた街も全てが遠ざかり、目の前が静かに澄んでいくような感覚がした。
     航海中、ロケットのエンジン部が嫌な音を立て、あかり取りの窓を覗くと、ネジがいくつか外れて宇宙の真空に泳いでいくのが見えた。夜の海を泳ぐ魚のようだと思った。ロケットは炎と煙を上げて乱れた軌道を描き、何とか月に着陸するころには、完全に破損して二度と使い物にならない鉄屑になっていた。遊星とジャックは月に閉じ込められたのだ。

     白龍の鱗を思わせるこまやかな隆起が、果てまで続いている。
     スニーカーのまま月面に降りると、銀色の砂が舞い上がり、1/6の重力の上で踊った。
     遊星はジャックのために手を貸そうとし、彼の足の骨がもうほとんど使い物にならなくなっていることを悟ると、抱き上げて月の地平線を見せた。白い陶器のような丸みの上空に、ほのかに青い星がぼんやりと浮かんでいる。
     ジャックは遊星の髪に頬を寄せ、歌うように言った。
    「思ったより小さいな、拍子抜けだ。ビー玉のようだ。瓶に入れて持ち帰りたい。似たようなのをいくつも集めてな、弾いて遊ぶのだ。きっと楽しいぞ」
     彼はゆっくりとまばたきをし、肩甲骨を広げ、何かを大きく吸った。遊星ののどでも何かが行ったり来たりした。
     彼が楽しそうにしているのが、遊星には泣くほど嬉しかった。
    「見ろ。遊星、あそこにずうっと流れるのは彗星だな。いや、人工衛星か。ハイチュウの紙か。誰かが落としたのか」
    「ああ」
    「美しい……」
    ジャックのつぶやきも、薄い大気に攫われ、遊星の耳を撫でては黒い宇宙へ滲んでいく。

     遊星はどうしても諦めきれない。




       午前二時の青い薔薇

     男は博士と呼ばれ多くの人々に慕われる半生を送ったが、人体を消費する危険な実験を繰り返したことで世間の反感を買い、地上に彼の居場所はどこにもなくなってしまった。どのテレビも博士がいかに非情で残忍であるかということを繰り返し、思いを寄せた妻は彼に羽虫へやるような視線を向け、無垢な愛娘でさえ彼を糾弾するようになった。博士は、心を削り、精神を削って、やがて屋根裏に棄てられた一本の縄に救いの兆しを見た。
     だがその救いがやってくることはなかった。頭を垂れ、椅子から自らの足を除けようとした彼は、偶然、宵の月に目をやったのだ。
     月は、屋根裏のすすけた窓の中にあって、マグカップに注がれたミルクの水面のように、完全だった。その美しさに、男の心は、アルテミスの水浴びを垣間見たアクタイオーンのごとく膝をついていた。目からは涙が流れ、ひび割れた唇は賛美の歌を歌った。
     それから彼の帰るべき場所はこの白い大地になった。決して、地球とかいう、あの手垢だらけの青い星ではない。彼は月で、自分の研究をすることにした。

     その若者は、壊れたロケットを背に、びっこの男を傍にして、焚き火を上げていた。
     博士は驚いた。彼が宇宙船でこの地を踏んでから、他の人間が活動しているところを見るのは初めてだったのだ。
     宇宙服がなければ人間は活動できないのだということを博士は知っていたが、若者もびっこの男も、Tシャツにジーンズといったラフな服装で、焚き火は青色だった。
    「君たちは何者なんだね」
     彼がそう言うと、若者はなにか異国の言葉で男に話しかけ、それからこちらに流暢な英語を投げかけてきた。
    「その、旅の者です。俺たちは、夫婦で……」
    「夫婦?」
     博士は思わず眉を寄せた。「一体何のことかね」
     若者の表情は変わらない。顔のあらゆる筋肉が、セメントを流し込まれたみたいに動かないのだ。また、彼の話すのは、格式ばったブロック体を読み上げているかのようだった。
    「あなたこそ、一体誰なんだ」
    「私は科学者だ。ここで天文学実験を行っている。君たちは、見たところ地球人だが、こんなところに何か用があるのかな」
    「とくに何も、ただ、二人で静かに暮らしているだけです」
    「ほう。月でかい。それはまた変わった趣味をしているものだ」
     月、という単語を口にすると、若者のその青い目に、シャンパンの泡のような細かい光が泳いだ。
    「あなたも」
     若者は微笑もうとしたが、うまく口角が持ち上がらなかった。
    「ここはいいところです。息をするのが楽だ。とてもおだやかで、静かで、彼の目に映る自分はとても優しい顔をする。地球で流れるものたちから離れて、彼と過ごす。誰にも邪魔されない。でも、あなたは、どうしてここにいるんですか。地球に居場所がなくなったのか。それとも、追い出されたのか」
    「私は、月と接続し、幸福を得たのだよ。君はその男を引き連れて、自分から幸福に追い立てられているね」
    「あなたは誤解しておいでだ。俺たちは別に、幸福を求めて月に来たわけではないんです。この星のどこに、そんなものがありますか。猫も花も、ねぐせも、海もないこの星に。俺は、ただ、俺の薔薇に水をやりたいだけなんだ」
     博士の脳裏に、幼い頃に読んだ絵本のことばがよぎった。
     それから、妻にやったガラスのペンダントや、娘と行った動物園のゾウなんかを思い出し、もう帰れない故郷を思った。
    「そうか。君たちには、それがほんとうの幸せなのだね」
    「はい」
     若者は隣の男を抱き寄せ、睫毛を伏せた。

     その日は、宇宙船の窓から地球を見て眠った。
     月の観測に異変が起きたことを知らせるブザーが鳴ったが、博士の神経は青いあの星の先にある眠りの方へ向いて、鼎の沸くがごとしブザーのことなど一向に知らなかった。
     あの夫婦は憐れだと博士は思う。しかし、感傷は潮風にもまれゆく波のごとく、なにかの像を結ぼうとして、そのままかなたへと流れ去って了った。

    20211105
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    DOODLE断念したものを、女体化で恐縮なのですがせっかくなので掲載します。PKSP金銀です 死ネタ・キャラの実子の存在 ご注意ください
     すぐ戻ってくるからと、言いながら頬にふれたいいかげんで優しい唇のこと、きっと死ぬまで忘れない。
     彼は戻ってこなかった。冷ややかな永遠の存在を教えて、それだけ残して、シルバーから静かに立ち去った。言い訳はいくらでもつく、足下がぬかるんでいたのだろう、頭の打ちどころが悪かったのだろう、その人は不具だったのだから仕方なかろう、シルバーだってそのときその場にいれば同じようにした。だが、蕭条と霧雨に濡れた皮膚、不健康に血管の色を透かして青白く、今にも内側から破けそうな、またすでにいくらか硬直もはじまってさえいるその身体を前にして、彼女はすんでのところで自らの錯乱を抑えた。女の啜り泣き、警察があたふたと場を検証する足踏み、雨が街を洗う音、全てが遠かった。揺らぐことなく闊達で、晩年は老成したおだやかな目で妻をよく守った、この男。こんなところで、あえなく、失うことになろうとは。へたり込んだ姿勢から上半身だけを彼に傾け、血色の引いた唇に最後のキスを返したとき、ふと、彼の固く結ばれた右手に何かを予感した。開くと、硬い外皮に包まれた植物の小さな種がいくつか、傷ひとつなく守られていた。
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