美容院「……なぁ、転入生」
セバスチャンは先程読んでいた本を閉じ、ベッドの端に座って林檎を頬張る転入生に身体を向ける。
「何?」
転入生が首を傾げると、彼の白銀の腰まで届くだろう長い髪が重力で後ろ肩から前にサラサラと垂れてくる。
白銀の髪が滝のように、見事に流れる。
髪に当たる光の角度が変わり白銀色から、枕元にあるランプの光で薄いオレンジ色に少し変化する。
「……今まで我慢していたが……」
セバスチャンは前のめりになり、自身の両手を軽く握って雰囲気を出す。
「……なんだ?」
転入生もセバスチャンに真似てベッドの上で聞く体勢をする。
急に空気が変わったことで同室にいるオミニスは戸惑い、手に持っている紅茶入りカップをテーブルにそっと置く。
「……転入生、ファッションを学ぼう」
「…………えっ?」
なんだそんなことか、と心配して損したと言わんばかりの態度で、転入生はベッドの上にドスッと音を立てて寝転がる。
白銀の髪が勢いでベッドに散らばる。
「あぁ……それは俺も思った。君と行動しているとき、いつも以上に他所から視線を感じる」
オミニスは再度紅茶を嗜む。
あたりは紅茶のいい香りで充満していている。
「っだよな、オミニス!もう……同じ寮生で、しかも一緒に行動していたら恥ずかしくて」
「え?寝巻きじゃないが?」
転入生は仰向けに寝転がりながら素っ頓狂なことを言う。
「「それは常識だ」」
セバスチャンは転入生の近くにあるテーブルベッドの上にある、ある物を指差す。
「なんなんだこの眼鏡は!ダサい、ダサすぎる」
指摘されている眼鏡はレンズの真ん中にドラゴンの瞳のような独特なデザインが施されている。
転入生はそのほかにまつ毛デザイン付きのドラゴンアイサングラスなども持っている。
「なんだよ、かっこいいじゃないか」
転入生は本当に分からないみたいで聞き返す。
「その眼鏡がかっこいいだと……?」
それを聞いたセバスチャンは衝撃で背もたれによろめき、両手で顔を覆う動作をする。
「服装は個人の自由だが……せめて隣で歩かないでほしいな」
オミニスもセバスチャンの意見に賛同する。
「失礼な、へばり付いたるわ」
そんな言われようだが、転入生にはダメージがなくニコニコと上機嫌だ。
そんな姿を見て、さらに呆れたセバスチャンはさらに口を開く。
「実は眼鏡だけじゃないんだぜオミニス。季節外れのラメ入りマフラーやカボチャの被り物、なんなら甲冑で出歩いているときもあるぞコイツは」
その言葉に絶句するオミニス。
「……セバスチャン、これは治すとかじゃない……そういうもんなんだ、手遅れだ諦めよう。……そうだ、俺らが管理すればいい。俺らのためにも、俺らでなんとかするしかない」
「ふふっ」
転入生は寝る前の歯磨きをしながら、2人の会話を楽しそうに聞いている。
セバスチャンは転入生に視線を戻し、不思議そうに見つめる。
「……なんで僕たちの前だけそんな態度なんだよ。それが君の素なのか?」
転入生は歯磨きを一瞬止め、口をゆすぐ。
「君は変な格好はしているが、他では案外人気者でいつもニコニコと笑顔振り撒いているじゃないか。それに態度もそうだ。こんなんじゃなくて、もっと礼儀正しく紳士的で優男だ」
転入生は前に垂れてきた髪を後ろに振り払いながら目を細め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……セバスチャン、それは嫉妬か?もしかして惚れたか?」
話が通じない転入生にセバスチャンは頭を抱える。
「……フッ、セバスチャン懐かれて良かったじゃないか」
オミニスが揶揄う。
「……オミニス、何故他人事のように言っているんだ?俺らがここに移動した経緯を思い出してみろよ。コイツは俺ら3人だけの寮部屋がいいと監督生と先生に駄々ごねてたじゃないか」
「あぁ、監督生から言われた時は驚いたよ。不安がってるから面倒見てやれって」
「あの監督生はお堅いことで有名なのに、いったいどんなことを言ったんだよ……」
2人は布眠る時に邪魔にならぬよう髪を縛っている転入生に視線を移す。
美しく長い白銀の髪とトパーズを目に埋め込んだかのような黄色い瞳を持つ転入生は、[マレディクカス]しかも竜というレアな存在であった。
転入する前は魔法サーカスで見せ物にされていたらしい。
だからか、裏の世界では彼は有名人であったようだ。
彼を一目見るために遥々遠いところから人が来たらしい。
そんな経験をしていた彼は今思えば、転入したての頃はかなりの人間不信だったように思える。
3人で一緒に過ごしているうちに、始め2人は笑顔を振り撒く転入生の表情が胡散臭いと感じるようになっていった。
最近はその違和感がようやく緩和したのだが未だに慣れない。
「「……はぁ」」
もしかしたら、変な格好をしているのはわざとなのではないのか。
そう思った2人は転入生のことをそっとしていた。
だがいざ聞いてみたら、まさかただのファッションセンス皆無なのだとは思ってもみなかった。
心配して損した。
だが、2人はそんな転入生のことが案外気に入っている。
懐かれて悪い気はしなかった。
「あ、そうだ!」
転入生が後ろを振り返る。
さらりと揺れた白銀が、まるでベールか羽衣のように揺れた。
「ファッションうんぬんで思い出したが、明後日ホグズミードで髪を切ろうかと思って予約したよ。昔、サーカスの奴らが切らせてくれなくてね。今は解放され、ようやくこの長くてうざったい髪とはおさらばできる」
転入生は自身の髪を1束摘みながら尋ねる。
「無駄に長い髪はきるべきだと、2人もそう思うだろ?」
すると2人は椅子から勢いよく立ち上がる。
「えっ?髪切るのか?見たところ痛んだところは無さそうで綺麗だぞ」
「もったいなくないか?正直、君の長い髪からはいつもいい匂いがしていて好感が持てる」
だから考え直せ、と2人が同時に話す。
すると転入生はニヤニヤと悪い顔をする。
「……何2人共、口説いてるの?」
「「なっ!」」
揶揄われたのだと理解した2人は赤面する。
「あははっはは!顔真っ赤!必死すぎて面白い。っふふ」
2人は赤面を隠すようにドカッと勢いよく椅子に座る。
「2人ともそうカッカするなよ」
転入生が追い討ちをかけるようにまた揶揄う。
「「……誰のせいで」」
これでまた反論すると転入生の思う壺だと知っている2人は推し黙る。
そしてふと、オミニスが気付く。
「……待て。君が髪を切るとなると、もしかして髪型は……」
「え?そりゃあ、丸刈り一択――」
「――セバスチャン、明後日の予定空いているか?」
オミニスは視線をセバスチャンに移す。
「あぁ空いているぜ。美容院に同伴するつもりだろ?」
「そうだ。あとついでにホグズミードで彼の服を数着買おう。センスは君に任せる」
「2人が私の床屋に同伴って、ふふっ、笑える」
転入生はくすっと笑いながら、寝るときに邪魔にならないよう髪を編んで縛っている。
セバスチャンはジト目で転入生を見る。
「とりあえず、明日からはそのダサ眼鏡禁止な」
セバスチャンの言葉に、すかさず転入生が反応する。
「んな殺生な……分かったよ、付けないからそう睨みつけるなオミニス」
無言で睨みつけるオミニスに、転入生は焦る。
なんだかんだ言って、転入生はオミニスに弱い。
それはセバスチャンも同じだが。
「じゃあ寝るから明かりを消すぞ……おやすみ」
「「おやすみ」」
「……小腹空いた」
「「いいから寝ろ!」」