蜜柑さんの転ちゃんと自転♂が絡みに行く話し 呪文学が終わり休憩時間が空いたので、双子の姉シャルロットに会おうと教室を出る。
教室を出た途端、綺麗な音が小さく聴こえた。
俺は耳を傾けた。
誰かがピアノを演奏しているみたいだ。
芯の通った見事な演奏だな……。
これは相当な腕前の持ち主と見える。
俺もホグワーツにくる前、魔法サーカスでの仕事でよく演奏したものだ。
まぁ、来賓客をもてなすため命令で仕方なくだが。
音楽は奥が深い。
演奏者がどういう気持ちで何を表現しようとしているのか……。
それらが音となって、まるで魔法のように周囲にイメージを伝えてくれるのだ。
俺は誘われるようにフラフラと音が鳴る場所まで行く。
そこには1人の女性が座っていた。
俺は彼女を視界に入れながら壁にもたれかかる。
彼女が静かに鍵盤に指を乗せる。
ピアノの音が鳴り響く。
訓練された10本の指たちは、鍵盤の端から端までを高速で踊るように駆けて行く。
どこにも無理がないその自然な動き。
一つ一つが際立ち、小さな音であってもあたりを響かせる。
音と音が絡まり合い、音の中に体ごと沈むような懐かしい感覚。
脳内に波紋が広がるように色と形を届けてくれる。
俺は目を閉じ、耳を傾けてみる。
音楽と一部になるように、流れるまま身を任せる。
そうしたら、俺の目の前には自然豊かな草原が見えるようになった。
沢山の木々や草花がある中、俺は一輪の花を見つける。
その花は何度も何度も伝えてくる。
[私を見て]
パチパチ。
俺は彼女が一通り演奏し終えると同時に拍手を送る。
彼女がこちらの存在にようやく気付いた。
綺麗な姿勢を維持しながら、彼女はスッと席から立ち上がる。
「見事な演奏、ありがとう。聴き入ってしまったよ。貴方のお名前を伺っても?私はシャルドネ・デ・フォールという。よろしくねお嬢さん」
俺はそう言って彼女の片頬にキスをした。
とは言っても、音だけだが。
「私はラウラ・スコットといいます」
彼女はそう言いながら、私と同様片頬にエアーキスをくれた。
ふーん。
恥じることも動揺することもない。
それと貴族的な付き合い方を知っているのか。
……面白い女だな。
興味深い。
「いつもここで演奏を?」
「ええ。頭を整理するときとかにピアノを演奏してて……」
「……そうだね……さっきの音色には曲調とは違ったモノを感じられたから」
「えっ?……驚いたわ。まさかこの学校で音楽に詳しい人がいるなんて」
彼女は目をパチパチと数回瞬きする。
「昔、音楽を齧ったことがあるんでね。……何かお悩みごとでも?」
彼女は一瞬悩む素振りを見せたが、やがて静かにポツリポツリと話し出した。
「……友達の話なんだけど、仲の良い男の子から代わりに渡してほしいってお手紙を貰ったの。自分じゃなく他の女性宛のをよ」
俺は首を縦に振り、優しく続きを催促した。
「その受け取ったお友達は、その男の子と1番女の子の中で仲良しだと思っていたの。受け取る前までは。だから……この気持ちのモヤモヤはいったい何か……分からなくて、ずーっと頭から離れなくて……」
「友達は結局手紙を渡したのか?」
「……いいえ、まだ渡してないの……貴方ならこの時手紙を渡す?渡さない?」
ほぅ。
複雑な感情……か。
考えたことないな。
「うーん。私なら……中身を確認して……恋文だとわかったなら燃やすね。燃やしてから、依頼者にこう告げるよ……顔も見たくない、二度と話しかけないで……と言われたって。……ふふっ、冗談だよ」
冗談だと聞いた彼女はホッとし、ふふっと貰い笑いをした。
「……でも、そういう選択もあるのね……」
「ははっ、参考にしないほうがいいよ」
俺みたいに捻くれないほうがいいに決まっている。
「ピアノを演奏する時のように、その時を味わえばいい……私はそう思うよ。友達に言ってあげて。君のやりたいようにすればいい。手紙を受け取った時に感じた感情は君にとって宝なのだから」
「ふふっ、そうね。無理に考えすぎたのね」
彼女は悩みが軽く吹っ切れたように、爽やかな微笑みを見せる。
「相談に乗ってくれてありがとう。今度、私とデュエット(二重奏)してみない?私はいつでもここにいるわ。演奏がしたくなったらまたここに来て」
彼女が俺に握手を求めてきた。
俺はその手を握る。
「ああ。その時はお邪魔させてもらうよ」
……俺らしくない。
何故他人の悩みを聞くようなことをしたのだろう。
彼女の演奏がそれほど素晴らしかったのだろうか?
彼女の何が俺をそうさせたのだろうか?
それとも……
(……これもまた、俺の大事な感情という宝なんだろうか?)
こういう日もたまには悪くないな……。
俺は鼻で笑った。