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    botabota_mocchi

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    うっすらストーリーに沿って自宅ラハ光♀の正史を再定義してみよう長編「マクガフィン」の新生編

    ##ラハ光

    すれちがうばかりのぼくら、出会いというには刹那の輝き なんて眩しくて困ったひと。この頃の私は、彼を見上げて、いいや、睨んでばかりいた。どうしてってそんなもの、いつだって太陽を背負ったひとだったから。憎らしいったらありゃしない。色素を持たない私の目では、正しく、彼の像は結べない。あのころ、どうしてか、彼と顔を合わせる日は、晴天ばかりだったように思う。霧の多いモードゥナで顔を合わせるというのに?……とにかく、私の大嫌いな、晴天。そう、私にとってグ・ラハ・ティアが苦々しい記憶と共に在るひとであるのは、そのせいなのだ。きっと、そうなのだ。


     ◇

     クリスタルタワーの前門たる古代の民の迷宮の踏破は、調査団「ノア」にとっての大きな一歩であった。すなわち、宴である。この偉業を成し遂げた冒険者の一団には、美味しい思いをしてもらわなければならない。

     荒っぽい冒険者集団を労るのにはこれが一番だ、と、宴は盛大に開かれた。大量の酒に音楽、艶かしい踊り子まで加われば、盛り上がりは最高潮である。
     だがしかし、本調査の功労者たる英雄は、とにかく騒がしいのが嫌いだった。種族柄、聴力に優れているためであり、少々神経質に寄った性格のためでもある。角の席で「功労者」としての義理立てで食事にありつくばかりで、騒ぎには混ざろうともしていない。小柄で、隠密に長けた種族ゆえに──それなりに慣れ親しんだ冒険者連中が多く集っているがゆえに──そのまま放置されていたわけだが。
      赤い耳が人の群れをかき分けて近づいてくるのに気がついて、冒険者は腰を浮かせた。が、次の瞬間にはバッチリ視線が絡んで、「逃げんな!」と厚い唇が咎めるように動いたので、観念して待つ。
    「なにこんな隅っこにいんだよ!探すの手間取ったじゃねーか」
    「うわ、お酒くさい。近寄らねーでくれます?」
    「あんた飲んでねーの。下戸?」
    「さあ。好まないだけです」
    「とか言って弱点隠してんだ。潰れても介抱してやるぜ」
    「はぁ、もう、それでいいです」
     面倒臭い、という顔を隠しもしない女に、ラハもまた眉をひそめた。愛想のない。
    「思ったのと違った」
    「そうですか」
    「弓使いとは聞いてたから、パワータイプの屈強な男だと思ってたわけじゃねーけどさ。英雄って持て囃されてるわけだから、もっとこう……あるだろ、なぁ」
    「知りませんですけど。エオルゼアの英雄、だなんて大それた肩書き、自称する方が胡散臭いのですよ」
    「それは確かにそうかもな」
     男の手元のグラスが空になったのを見て、手慰みに英雄は近場の酒で酌をする。贅沢だ、と言わんばかりに赤と緑の双眼が煌めくのが、なんとも正直だった。
    「あんた、愛想ないけど、妙に嫌な気持ちにならないんだよな」
    「安いご機嫌ですね」
    「そういう嫌味も言うけど!……なんだかんだこうやって、気配ってくれてるのがわかるからだろうな」
     八剣士の像を「牙」で破壊したのち、古代の民の迷宮についてこようとするラハを顰めっ面で止めた姿を、ふと、ラハは思い返していた。「あなたの護衛に人手を割かせる気ですか」と端的に文句をつけられ、その場はカッとなりもしたが、学者や研究者という生き物はえてしてその場の興味関心に敏感すぎるのも確かだ。迷宮内で足並みの揃わない人間を抱えて動くのは容易でないのは、冷静になれば明らかなことである。
    「オレについてくんなって言うのも、悔しいけどオレの実力じゃあぶねーからだろうしな。そっちが正しいのはわかってんだぜ」
    「……わかっていただけたならなによりなのです。わたしたち冒険者はいくらでも代えがききますが、アラグの専門家の席はあなたのものですから。万一にも怪我や事故があっては困ります」
     それは、とラハが言葉に詰まる。釣り上がった眉からして、気分を損ねているのは明白だった。しばらく口の中でモゴモゴと言葉をこねたのち、彼は「そういう言い方は好きじゃない」とだけこぼす。
    「そういうもの、なんです。わたしは所詮、その日暮らしの冒険者ですよ。なんて肩書きがついていようと」
    「すごく腕の立つ、な。なぁ、今までの冒険譚、教えてくれよ」
    「要求の多いひとですね」
    「いーだろ!こんな機会滅多にないんだ。なぁ、あんた吟遊詩人なんだろ。やっぱり自分の活躍、歌に」
    「そんな趣味はないです」
     ちぇ、と唇を尖らせ、視線は舞台を向いた。今は踊り子たちが華やかに舞い踊っている人の輪の中央へ引き摺り出す気だったらしい。まったく、と肩をすくめた英雄に、ラハはずいと席を寄せて、肩を組んだ。嫌そうに顔を遠ざける彼女に構わず、鼻歌を歌い出しそうな上機嫌である。また一口、とグラスを傾けながら、お、あのねーちゃん綺麗、などとこぼすのは、ただの妙齢の男であった。厄介なのに絡まれたな、という諦めが英雄の表情に乗る。
    「胸の大きい方が好みですか」
    「まあ、やっぱな」
    「同族?」
    「特にこだわりはねーけど……確かに、尻尾の毛並みいいとさ、見るよな……なんでそんな話」
    「お嬢さん。こちらにどうぞいらして」
     ひらりと手をあげ、よく通る声が──日頃さほど活用されていないが、吟遊詩人らしく戦場の中でも十分過ぎるほど通る澄んだものだ──酒場を横断した。ちょうど、演目の途切れ目、踊り子の一座に向けて。はぁい、と甘ったるい声がかえり、華やかに着飾ったミコッテ族の女性が、足取り軽く英雄とラハに近づいてくる。
    「お呼びですかぁ、エオルゼアの英雄様」
     溶けるような語尾。好意の乗った声であった。
    「こっちの方があなたとお話ししたいと」
    「お、おい」
    「え!英雄様じゃないんですかぁ?ウチ、女の子だからってサービスしちゃいけない決まりないですよぉ」
    「お気持ちはありがたいんですけど、わたしはもう休むので」
    「そっかぁ〜、アタシ英雄様に命助けられたひとりだから、すっごい光栄だと思って飛んできたのに〜」
    「それは……どうも。じゃ、こっちの男性のこと、VIP対応頼みましたよ。シャーレアンのえらーい学者先生です」
    「はぁい、任されました〜」
    「は!?おい、シグリ!お前逃げるのかよ!」
    「そうですが」
    「そうですがじゃ──」
    「では楽しんで」
    「は〜い。おにーさん、アタシとお喋りするのイヤ?」
     きゅるん、と愛らしい表情で見上げられて、グラつかないなら健全な青年とは言えない。とラハは思う。思うが。
     飾りっ気のない、素朴な二つ結びの真っ白な髪が人の波に消えていく。それがとにかく今は、惜しかった。

     

     

     冒険者の一人曰く。隣を歩いていたはずの英雄が、忽然と姿を消すのだと。
    「怪談になってるんですって」
    「真相はどうなんだよ」
    「あなたですけど」
     首根っこを引っ掴まれて、片腕で吊り下げられたまま。じとりと茜色の目がアーモンド型の男の瞳を睨めつける。草原を思わせる緑に、女のそれとは全く違う、闇にちっとも溶けそうにない、輝かしい赤。いずれも、まるで悪びれる様子はない。ぱ、と手を離されて、少々宙に浮いていた足が地面についた。ララフェル族の小柄な身体は、他の種族からすれば子どもと大差ない。成人した、それなりに鍛えている男からすれば、片手で持ち上げられる程度のものであった。グ・ラハ・ティア専用の天幕にまるで拐かされたかのように招かれること数度。この英雄にご執心らしい賢人殿のことだって当然に織り込み済みで、冒険者うちで噂になっているのである。まあ、つまり、調査団からの大きな依頼を欠いた暇な冒険者集団にとっての、娯楽だった。事件性など何もない。
    「でもここの前通るじゃん」
    「ラムブルースさんを訪ねていますからね。なんであなたのために遠回りしなきゃいけねーんですか」
    「そのくらいの手間、オレに捕まって話をするよりは軽いだろ。でもあんたは選んでここにいる。同意だろ」
    「同意を辞書で引きやがれですよ……」
     溜息交じりに告げつつも、そのまま腰を下ろすのだから、許されているとも思うだろう。ラハからすれば、そういうことである。アラグ関連の書籍が塔のように積まれたそこは、一時の拠点と呼ぶにはいささか私物化されすぎている。クリスタルタワーの調査が一筋縄でいくわけはないし、いくらラハがその道の専門家といえど、全ての知識を脳に染みこませることは不可能なのだから、必要な荷物なわけだが。とはいえ、エオルゼアの設計規格に即した「人の足の踏み場」でいうなら、1.5人分ほどのスペースしかないこの天幕は、ラムブルースに度々お小言をいただいている。しかし、こと、この小さな英雄を招くのには、それなり、充分な場所といえた。広さだけの話である。
     申し訳程度に出されたコーヒーは、ちっとも質の良いものじゃない。けれど英雄は文句も言わずそれを毎度、飲んでいく。早々に彼女が三つも角砂糖を投入するのに気がついて、甘ったるい状態で出すようになったからかもしれなかった。シャーレアンではさほど食生活に頓着してこなかったラハは、同類の友人とばかり連んでいたから、他人が飲み物に入れる砂糖の数なんて数えたことはなかったのに。たった二回で目について、三回目からは手ずから入れて、提供していた。たぶん、私欲なのだ。彼女が自分に興味を示さないのを知っていて、少しでもここに長居してほしい、などという。ちなみに、お揃いの砂糖たっぷりコーヒーを口にしたこともあるが、早々に諦めた。自分が甘党かどうかも、さほど気にしたことがなかったのだと、その時気がついた。
     使い捨てのカップに小ぶりな唇をつけて、甘ったるいコーヒーを飲み下す。温かいものが喉を通る感触に、一瞬、目元が和らぐのが好ましかった。
    「それで」
    「それで?」
    「白々しいお返事はいいですから。今日は何をご所望なんですか」
    「そうだな……アルテマウェポン破壊作戦の話は前回で一通り聞いたし。もうちょっと遡って」
    「蛮神討伐の時期の話ですか?」
    「おう!光の戦士にしか打ち倒せないんだろ!?」
     キラキラと目を輝かせるラハに、しかし、彼女は浮かない顔をしてみせた。帝国との戦争の話を語って聞かせている時も、別段楽しそうな様子ではなかったが、こういう風に、顔を曇らせはしなかった。
    「わたしは、戦争は好きではありません。戦いも、成さねば死ぬから、抗って生き続けているだけです」
     ぽつ、と吐息のように零された言葉は、幼い少女の響きをしている。
    「けれど、けれども、確かに、生々しい歓びを覚える何かが、わたしにとって初めての、そうしたものが、」
     あったのだとしたら。あるとするならば。
    「神殺しです。わたしにとってあれは、救いでした。わたしの心を慰める唯一のものです」
     泣いているのだと思った。まろい頬に涙は伝わなかったが、切実な響きを持って、外界から布一枚で隔たれたこの場所は、たったふたりきり、懺悔室のようであった。私は、と再び重ねて告げた彼女は、はた、と動きを止め、窺うようにラハを見た。変なことを言いました。と硬い表情で告げて、押し黙る。何か。何も。かける言葉をまた、ラハも、見失っていたので。天幕の中にはしばし、取り返しの付かない沈黙が落ちて、それで。
    「神殺しの英雄なんて、ろくなものではありません。誰かの心を踏みにじって、命を奪うしか能のない。それを、たまたま、人に持ち上げられただけの……わたしは。わたしは神が憎いだけです。信仰が恐ろしいだけです。みなが当然に、生活の糧に、生きる導にしている、神話を、愛せない」
     ごめんなさい、この話は、頭が冷えてから。怯えたように言い捨てて、その子は天幕を飛び出した。「おい!」と伸ばした手が宙を舞った。また、後ろ髪ひとつ、触れない。




     
     ついぞ、「頭が冷えてから」の機会はこなかった。ウネとドーガとの出会い。そして、シルクスの塔、その封印が解かれて、作戦が始まってしまえば、彼らはただ、同じ調査に挑む仲間のひとりに過ぎない。知恵と力、それぞれのフィールドで、互いに支え合い、互いを侵犯しない。そういう、仲間だ。突入を前にして、あの日の気まずい時間は、彼らの間では半ば、なかったものとなっていた。
     冒険者部隊からリンクパールに通信が入る。降りてくる冒険者たちとすれ違い、ねぎらい、防衛機構の残骸、大規模な戦闘の痕跡だけが残るシルクスの塔を駆け上がる。玉座の間にひとり、場を守る彼女の背がそこにはあった。復活したザンデさえも、彼女は。彼女の率いた勇士たちは、打ち倒してみせたのだと、それをこの目に焼き付ける。すれ違った冒険者たちは、「最後の一矢はそれはもう美しく、心臓の位置を射貫いたのだ」と語っていた。まさに正鵠を穿つ一矢。果たして、魔科学によって蘇った、不老不死の皇帝の弱点が、ヒトらしい心の臓にあったのかどうか、そんなことは誰にもわからない。けれどもきっと、それこそが。彼らが届けたかった一矢であろう。そう。虚無に魅入られた皇帝を打ち倒さんと立ち上がった、反乱の英雄たちが──おい、待て。

     オレは何を「思い出して」いる?
     
     そんな歴史は知らない。紅血の魔眼が謎の痛みを伴ってラハの脳を揺らす。覚えのない記憶が断片的に顔を見せる。寄せては返す波のように現れるそれらを、どうにか、切れ端だけでも掴みたいのに、ままならないまま。
     闇の世界への扉は開かれ、そして、ひとりでに閉じる。

    「すみません、護衛役なのに、膝をついているなんて」
    「超える力だろう。誰もお前を責めやしない……一度拠点に戻ろう。ラムブルースにも相談しないとな」
     英雄とシドの声を遠くに聞きながら、塔を下る。ことの経緯を聞いて目を丸くしたラムブルースとともに、この場は、一旦の解散となった。ヴォイドゲートをこじ開けて闇の世界へ乗り込むのは、一朝一夕では不可能だ。報酬を受け取って既に冒険者の一団が散り散りになっている銀涙湖周辺は、いたく静かに感じた。
     
     天幕の中、独り、貪るように文献をひっくり返す。何か、何かないか。あの時チラついた記憶の断片でも、ヴォイドの向こうに消えた彼らへ繋がるヒントでもいい。ここ数日でもう、擦り切れるほど読んだ資料をめくる。知っている記述ばかりが眼前で踊る。ままならない。たった少しのひらめきと、救いの光を求めて、すべてをさらわねば、胸の内が空くことはないというのに。
     紙を捲る音に執心しているのでは、お得意の耳も人の気配を拾わない。軽い足音なら尚更。
    「グ・ラハさん」
     驚きで持ち上がった尻尾が、背後の本の山を崩した。ドサドサと乾いた音が響いて、ちょっと、大丈夫ですかなんて了承も待たずに幕が避けられる。
    「ちょっと……ひどいですよ。何日寝てないんですか。食事は?」
    「……今何日」
    「お話になりませんですね。ラムブルースさんが案じるわけなのです」
     塔の調査を終えてしばらくこんな生活をしていたから、日付感覚がちっともない。が、ヴォイドゲートをこじ開けるまでは調査団を離れているはずの英雄がここにいるということは、作業の進捗を確認しに来る程度の日付が経っているということである。
    「外に食事作ってますから。出てきてください」
    「待て、ここまで読み切る」
    「あ、と、で!」
     むんずと小さい手が本を奪い取り、栞紐を挟む。そのまま懐に収められてしまっては、手の出しようがなかった。靴をつっかけて、腕を引かれるままに天幕の外に出る。日は落ちていた。涼しい風が頬を撫でる。腕を掴む手のひらは小さくて熱い。そういえば、初めて触れられたような気がする。
     焚き火の上には大鍋がかけられていて、調査員たちがそれを囲んでシチューらしきものを啜っている。いい香りだ。ラハをシートに座らせて、英雄自ら器に並々と注いで持ってくるものだから、流されるままに口に運んだ。
    「……うまい」
    「そうでしょう。一番おいしいものにしました」
     キノコに、柔らかい肉。とろみのついたシチュー。身体が温まって、心が満ちるような優しい味。ラプトルシチューだと英雄は言った。手作りらしかった。
    「休息を軽く見ないで。張り詰めた心は、容易に崩れます。事態が急を要するのも、わたしに今のあなたたちの手伝いができないのも承知ですが、どうか、焦りに身を任せないでください」
     月明かりに照らされた彼女は、いつもほとんど動かない頬の筋肉を少し緩めて、眉を下げていた。
    「大丈夫。間に合わせます」
    「何を」
    「あなたたちが道を見つけてくれたら、わたしは一目散に飛び込んで──すべてを間に合わせてみせます。だから、手遅れになることに怯えないで」
     なんて英雄らしい言葉だろう! あの、皮肉屋で、面倒を嫌うひとのセリフだとは思えなかった。思えなかったけれど、どうしてか、信じることしかできないのだ。
     言いようのない不安をぴたりと言い当てられたような心地で、顔が歪む。聖コイナク財団も、ガーロンド・アイアンワークスも、ラハも、血眼になって闇の世界への進入方法を探っている。いつ手遅れになるともしれない知人たちと、この世界を揺るがすほどの未曾有の危機を前に、必死に抗っているのだ。猶予があるのかどうかもわからない手探りの作業は、確かに皆の心を磨耗させた。
     その擦り傷に、温かいシチューはよく沁みる。
    「本は、楽しんで読むものでしょう」
    「好きなのか」
    「こういう月が明るい夜は、特に」
     日が傾いてきたら、露店で一冊、気になった本を買うんです。そして、凭れるための素敵な木陰を求めて歩く。本を読むなら、月明かりが眩しいくらいがちょうどいい。夜風に包まれて、ぼんやりと歌を口ずさんで、その時を待ち──とびきり楽しみにした本のページを開きます。
     歌うように紡がれた休息は、なるほど確かに、魅力的だった。
    「外で読むのが一番気持ちいいよな」
    「そうでしょう。わたしは日に弱いので、日中は厳しいですが。あなたは違うんでしょう」
    「ああ……ちょうどいい木に寝そべってさ。風を感じながら読むのが、たまらなくいいんだ」
    「ほら、天幕で埃をかぶっている場合じゃありませんよ」
     目を細めて笑う顔がいたく目に焼き付いて、いけない。疲れ切った脳は大して気の利いた言葉なんか生み出さなかった。けれど、確かに、「それじゃあいつか」と、続きを話そうとしたはずなのだ。
     いつか、お互い、お気に入りの本でも持ち寄ってさ。明るい満月の日に、交換して読もうぜ。そんであんた、話したからには、歌だって歌ってもらうんだからな。いつもの流れなんだろ。
     たったそれだけのなんてことない約束が舌に乗らなかったのは、もしかしたら。この後のことを、すっかり心が予見していたからだったのだろうか。

     


     
     繋いで、未来へ。あの塔が再び人々の希望になるように──。
     

     嫌な予感ばかりがよく当たる。だから彼女は、自分の直感というものが厭わしかった。
     グ・ラハ・ティアが調査員たちをシルクスの塔から追い出している。その知らせを聞いたとき、「あ。」と。思ったのだ。思ってしまったのだ。思ってしまったのだから、それがもう、すべての答えでしかなかったのである。あの男はきっともう、道を定めてしまった。
     前庭を駆けて、塔の中へ。その奥に、男はいた。

    「そこで止まれ!……間もなく、その扉は閉ざされる」
    「グ・ラハ・ティア……急に調査員たちを追い出したと聞いて、何事かと思いましたよ。……クリスタルタワーを封印するのですね?」
     仕方のない上司への小言のように、かわいい年下をたしなめるように捲し立てるラムブルースの言葉を、ラハは「ごめん」と切り捨てた。そっちには行けない、と続ける。真紅の双眼に惑いはない。じ、と英雄の刺すような視線を受けて、思わずといったように、一瞬、目が合う。目があって、英雄は、すこしだけ驚いたのかもしれなかった。死地に向かう人間の顔ではなかったから。
    「な、なぜです!まさか、封印をやめるということですか?それとも、何か別の問題が……!?」
    「ウネやドーガと同じように、オレなりのやり方で、役目をまっとうするだけだ……血とともに受け継がれてきた願いを、思い出したからさ」
     そうして、「血の記憶」の語る通りに、訥々とアラグの歴史は紐解かれる。皇女サリーナの悲願。秘術によって託されてきた、その血の宿命。
    「何千年もの時を経る中で、かけられた術が弱まって、血はずいぶん薄れちゃったけどさ……最後の一滴が消える前に、こうして思い出せたんだ。……だったら、託された願いを、ちゃんと叶えてやらないとな」
    「だが、今のエオルゼアにとって、クリスタルタワーは過ぎたる力だ。こいつを人々のために正しく使うには、古代アラグ文明に匹敵するほどの技術力がなきゃならない。それを得るまでに、どれほどの年月がかかることか……」
    「……そう、シドの言うとおりだ。その進歩を待ってたら、ウネとドーガにもらった血も消えて、クリスタルタワーは永遠に制御できなくなるだろう」
     だけど、と続くのを、待っていた。英雄はだって、この目で見たのだ。全てを圧倒するほどの力を持った姿で、今尚生き続け、野望にその身を焦がした──けれど瞳は既に死を知っている、かの始皇帝の姿。であれば、導かれる結末は。
    「だけど、ザンデたちがそうであったように……中にいる者ごと、クリスタルタワーを眠らせられるとしたら?」
     ざわつくシドたちを横目に、諦観とともに溜息が漏れた。生まれが。その血が。その身体が。なにか、運命のようなものに翻弄されるようなことを。どうしても、愛せなかったから。
     だってあなた、自由だったはずなのだ。好きなものを明るい顔で語って、悠久の風とともにどこまでも駆けていける。そういうひとであれたはずなのに。そう、悔しさが募って、けれどそれは自分自身の感情を慰めるためだけの悔いだった。
     
    「オレ、クリスタルタワーと眠るよ。いつか、アラグに追いついた人々が扉をこじ開ける日まで、オレごと、時を止めるんだ」
     この男はこんなにも、希望と決意に満ちあふれた瞳をしている。
     
    「目覚めのときがきたら、再びクリスタルタワーを動かそう。受け継がれてきた希望の証として……みんなに、光の力を届けるために!」

     これが、オレの運命だ。……そして、ノアのみんなにも、頼みたいことがある。前に進んで、未来を拓いてくれ。過ぎていった悲しみを希望に変えるのは、あんたたちだ。どこまでもまっすぐ、ひたむきに。ただ、未来を見据えて男は告げる。今を生きる仲間達を鼓舞するようであり、己を励ます言葉のようであった。
     いつもの鉄面皮で聞いていた英雄が瞬く。ああ、このひとは私とは違う。押しつけられた役目を嘆き、生きるために逃げるばかりの私とは。ちがう生き物なのだ。見上げる先、その瞳が、平和のような色をした緑でないことを、惜しんでなどいないのだ。なんて歯痒く、眩しいことだろう。だからこの男を見上げるのは、すこし、苦しい。
     
    「決意は、固いんだな……」 
    「未来を拓け、か。なるほど、大役を任せてくれたもんだ。……上等じゃないか」
    「ア……アラグの技術なんて、すぐに追いついてやるッス!オイラたちの日進月歩を舐めないことッス!」
    「ああ、そうだとも!お前がぐっすり眠っていても、容赦なく起こしにくるからな!」
    「あなたは、我々の目付役です。ノアの行く先を、最後まで見届けてください……。そして……願わくば、また会いましょう」

     口々に決意を固める仲間たちを、誇らしげに見渡して、それから。英雄を見た。親愛と、信頼と、期待の籠もったまなざしが降りてくるのを面映ゆく思いながらも、逸らすことはできずに、「シグリ」と優しい響きが落ちる。存在もしない女の名。人に呼ばれ、初めて輪郭をもつ、英雄そのひとを指す言葉。
     
    「目覚めたら、真っ先にあんたの名前を探すよ。その名はきっと歴史に残って、オレを導く光になる」
    「……随分、買いかぶるんですね」
    「買いかぶってなんかない。見てきたからだ。あんたがとんでもなく頑固で、ひねくれもので、……だけど素直で心根の優しいやつだってことを」
    「なにを……」
    「口ではなんだかんだ言っても、そのへんの困り事も、オレの言葉だって、無視できずに抱えていくに決まってるんだ。あんたは歴史に残るひとだよ。誰より優しくあるために、気高い努力ができるひとだ」
     眉間に皺を寄せた英雄に、ラハはからりと笑った。それから、頼まれてくれるだろ、と一言添える。英雄はひとつ、深い、深い溜息とともに、頷いてみせた。仕方のないひと、と。けれど瞳に浮かぶのは、既に諦観などではない。前へ、前へと進むばかりの性分だ。背中を押されて、立ち止まる理由はなくなった。
     
    「それじゃ、そろそろ休むとするか……色々思い出したせいで、ちょっと疲れたしな!」
     虚勢ではなかった。そこには決意があったから。満足したように笑う顔を、きっと、私は、いつまでも忘れない。
     
    「あんたたちの作る歴史の先に……この希望を届けてくるよ」

     重たい扉が閉じてゆく。時を隔てる壁が。ゆっくりと色彩を持たないまつげが頬に影を落として、その横顔を記憶に刻む。

    「おやすみなさい、グ・ラハさん」
     
     これは、日が落ちるまでの、たった刹那の物語。
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