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    botabota_mocchi

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    ラハ光♀ダンスパーティ行かないかな〜の幻覚完成版!
    ちなみに当然のように6.0後の世界線のため、未踏破の方は読まない方が無難。

    ##ラハ光

    ダンス・ホールは君のもの憧れたつもりもなかったが、物言いたげな視線に思うところはある。


    ◾️


    社交場。一種の戦場である。人々の顔を繋ぐ場所であり、種々の噂話が飛び交う場所であり、名誉の集積場だ。国主催の盛大で荘厳なダンス・パーティであったなら、各国の要人に権力者に富豪、出席者も錚々たる顔ぶれである――例えば、エオルゼアの英雄、竜詩戦争の英雄、ドマ・アラミゴの解放者、以下省略などという肩書きを持つ一介の冒険者であるとか。
    パートナー同伴の催しに一体誰を伴ってやってくるのか、彼女が名を立て始めた頃こそ人々の口の端に乗って止まない話題だったけれど、今はそれもなりを潜めている。決まって別枠で招待を受けているルヴェユール家の御子息のエスコートを受けて登場するからである。御息女の方は社交場嫌いで有名だから、アルフィノ・ルヴェユールその人もまた下手なパートナーを選べない仲間として“ちょうどいい”組み合わせだったということだろう。幼年期は小柄なエレゼン族の少年と、成人して尚他種族と比べると子どものような体躯をしたララフェル族の冒険者は、ならびたってもそう違和感はなかった。つつがなく1曲だけ音に合わせて体を揺らし、挨拶回りをし、ほどほどで退散する。そんな組み合わせであったように思う。
    社交なんて戦を器用にくぐり抜けるアルフィノはともかく、冒険者は決してこの煌びやかな場が得意ではなかった。一挙一動に気を遣って、会話の内容に心を配って、窮屈な礼服に身を包んで。そう、礼服。
    英雄が断れずに参加する催しなんて大抵格式高いパーティであるから、ドレスコードは存在する。といっても、国交の活発化に伴って正装の多様化もとみに進んでいるとあって、御令息のエスコートを受けていてもパンツスーツに近い中性的な格好を選んでいたし、それを容認されていた。女性ではあるけれど、英雄は英雄であった。武勇によって身を立てて、平和の象徴として仰がれる。そういうものである。かの英雄が招かれているという警備上の抑止力の一つでもあったのだ。彼女を着飾ることに心血を注いでいるリテイナーの1人は、それはそれは残念そうに歯噛みをしていたものである。
    それがどうして、社交用のドレスにパンプス、アクセサリーに至るまでを新しく誂えるだなんてらしくもないことをする羽目になったのは、この男の一言が原因だった。

    「オレにあんたのパートナーを務めさせてくれないか!」

    続く言葉ははっきりと英雄の名だった。ただし。えーと、違うな。エスコートをさせてくれ? ううん……なんてぶつぶつと呟く先は壁である。――まあ、要は、グ・ラハがそうして自分を誘う練習をしているところを目撃してしまったというわけだった。


    ◾️


    「ダンスを教えてくれませんか」
    今日も今日とて雪降りすさぶキャンプ・ドラゴンヘッド。しっかりとアポイントメントを取って現れた冒険者は、エマネランに挨拶もそこそこにそう告げた。ぽかん。予想だにしない依頼に呆気に取られていると、客人用の椅子にちょこんと座った彼女に「話聞いてます?」とつつかれる。
    「なんだってオレにダンスを教わりにきたんだよ。踊れるだろ、知ってんだぜ」
    「……舞踏会慣れしてない人に合わせて上手く踊ってあげたいんですよ。エマネランさんなら上手なリードのされ方を教えてくれるかと思って……ご存知ないならいいです」
    「ま、待て待て待て!そ〜んな面白そうな話一枚噛まないわけないだろ!なぁマブダチ!オレに任せとけって〜!まず詳しい背景を教えろ!」
    「無視していいですよ、ハイ」
    給仕してくれるオノロワの鋭い一言である。温かな紅茶を受け取って一息つく。褒め称えれば照れたように頬をかくオノロワが微笑ましい。「お前らオレを抜いて仲良くするな」とぶすくれる大きな子どもも通常運転だ。
    「背景も何も。終末の事後処理も落ち着いてきて、お呼ばれが増えてるんです。暁が解散した今、肩書き皆無の冒険者でしかないんですけどね」
    「お前……それはさすがに大嘘だぞ。命懸けて星ごと救っといて」
    「結果的にですし、わたし一人の功績でもないです。それでまあ、いつも同伴してもらってたアルフィノくんが、アリゼーくんと組んでご両親と入場するみたいで。家族水入らずを邪魔するわけにもいかないでしょう」
    「あいつらが気にするタマかよ」
    「わたしが気にしますし、どうにせよパートナーは他に必要なわけです。子どもに程近い体格の人かララフェル族でこんなことを頼める人ってアテもありませんし。いい加減他種族の大人とまともに踊れるように訓練をですね……」
    「おい、話がおかしくないか? お前の言い分だとパートナーは決まってないみたいだろ」
    黙った。存外にわかりやすい女である。
    「でも、お前はパーティ慣れしてないヤツ一人に心が決まってるんだな?」
    「……なんだか最近、みなさんわたしにいじわるな気がするんですが」
    「お前に後ろめたいことが増えただけじゃねーの」
    ぐぅ、と唸るのを聞いて、ぐうの音って物理的に出るんだなと思った。まあ、まだぐうの音が出る程度ならつついて構わないだろう。フォルタン家の客人としてオルシュファンに連れられてきた頃の、人間というよりは護衛兵器のような面持ちを思えば、いたく人間らしく柔らかく成長したものだ。喜ばしいことだと思う。ダチとして。
    こほん、とわざとらしい咳払いをひとつ。
    「と、とにかく。アルフィノくんは骨の髄まで作法を叩き込まれたお坊ちゃんですよ。わたしは当然、社交なんててんで知らないそこらへんの冒険者でしかありませんでしたが……パーティなんかに合わせて彼がみっちり練習に付き合ってくれたから普通にやれてるんです。逆にいうと、アルフィノくん以外とはまともに踊ったこともありません」
    「つってもお前、運動神経もよけりゃ覚えもいいだろ。相手の癖に合わせて動くのなんか朝飯前じゃないのか」
    「戦闘技能としての踊りならともかくですよ。……あと単純に、体格差とか、色々、あるでしょう。もういいじゃないですか、教えてくれるんですか、くれないんですか」
    「断わんねぇって!たださぁ、お前があんまり歯切れ悪いから、気になっちまうだろ。なに、そいつに惚れてるとか?」
    「エマネラン様はすぐそうやって色恋に結びつけますね……」
    「なんだよ!そういう流れだったろ!」
    そういう流れだったかはわからないが、兎にも角にも冒険者は言葉に詰まった。あんまりにも掘り下げた質問ひとつひとつに困ってみせるものだから、きっと本当にこいつの柔らかいところなんだろうなと想像も及ぶ。

    「……女性としてエスコートされることと、ラハくんにとってのかっこいい英雄であることを両立する方法がよくわからないんですよ!」

    だからとにかくやれることは全部やるのだと吠えた。通る声だが声量は日頃大きくないこいつが。勢いよく、上気した頬で。
    名前が出てピンときた。グ・ラハ・ティア、暁の血盟の賢人の一人だ。イルサバード派遣団で同行したメンツの中にいた。彼女とひどく親しげな素振りを見せていたし、その視線は熱っぽくすらあったと思う。仲間としての距離感はこえていなかったと思うが……絆されたというのだろうか、この冒険者が!
    ふーんと訳知り顔をするエマネランの横でオノロワはぽかんと話を聞いている。お国柄にもよるが、何も同伴者は異性と決まっていない場合だってある。エスコートの作法だって、この英雄に目を惹く女性らしさを求める人間の方が少ないだろう。人々が求めている彼女の像は、圧倒的にこの世に平和を齎すヒーローとしてのそれである。きっと彼女自身それを理解して、ただ、冒険者として、英雄として、ほどほどに“らしく”振る舞ってきたはずだ。それが、どうした!たった一人の男に、女としてエスコートされる方法を知りたいときた!
    いじらしくって平和な話だ。時に世界の行く末、国の今後、星の命運なんてものを背負わされて戦ってきたヤツが、英雄と女の子との狭間で迷い惑っている。それこそエマネランは目の前の友人を女として扱ったことは――失礼ながら――なかったが、隠れて奮起する姿は健気で男心をくすぐられるんじゃなかろうか。そいつの趣味は知らないが。まあ、それはそれとして。
    「オレなら惚れた女がよそで他の男と踊ってる方が嫌な気はすっけど」
    個人差の範疇かぁ、とひとりごちた。背筋の伸びた後ろ姿を想起したかと言われると――まあ、もちろん、した。
    結局、それこそエマネランの勝手な勘繰りだ。今はとにかく、目の前のダチに精一杯手を差し伸べてやるとしようじゃないか。オレの得意分野で、オレの腕を見込んで、他ならぬこいつが頼んできたというのだから!


    ◾️


    砂都ウルダハの絢爛なホールに人がひしめきあっている。彫金や宝飾産業に明るく、裁縫ギルドの置かれた流行の中心地。パーティが開かれる場所としては屈指の煌びやかさを誇っていた。参加客のドレスの花のように広がることといったら。
    ホールの扉が開くとき、冒険者の隣には、当然のようにラハがいた。しばらく前に聞いた辿々しい誘い文句はどこへやら。なんてことない依頼のついでに、日常会話の一部として、自然に「ついていきたい」と告げられた。少し驚いたけれど、別に仰々しいお誘いが欲しかったわけではない。そういう仲でもないのだし――いや、むしろまあ、ないからこそ、なのかもしれないけれど――とにかく、なんとなく気負って着飾ってしまったのも、女性らしくすべきかなんて悩んで友人に頭を下げたのも、先走りすぎだったということだ。ラハが英雄についていこうとするのなんて別に珍しいことじゃないのに。アルフィノと行くときだって、女性らしい挙動についてまで言及されたことはない。そう、そうだ。なんなら、アルフィノとアリゼーが連れ立っていくという話を先んじて聞いていたのだろう。だから相手がいないことを知っていて――その席を埋めに来てくれたのかもしれない。“英雄”のペアは否が応でも目立ってしまうし、冒険者だって誰に声をかけようか本来は多少悩むはずだった。ラハの練習を聞いてその気になっていたから、考えもしなかったが。
    そんな気恥ずかしさに苛まれたところで、あつらえたドレスもいつもより少し高いヒールも、丁寧にセットされた髪の毛だって変わりはしない。この格好ではどうしたって楚々とした動きをせざるを得ないのだ。よくできたものだと思いながら、控えめにラハの手を借りて歩く。人の目がこちらを向くのがわかる。

    「ラハくん、大丈夫ですか?」
    「何がだ?」
    「ほら、わたしと入ると、どうしてもジロジロ見られるでしょう。慣れない人にはきついかと」
    「光栄なくらいだ。ちゃんと目に焼き付けて欲しいと思ってるよ。特に今日のあんた、かわいくしてるしな」
    「はぁ、えっと、ありがとうございます。平気ならいいんですけど」
    「……何より人目が向くのはそれなりに慣れてるつもりだ。百年も街の管理者をやれば、どうしてもね」
    言われてみれば、そうだ。もちろん冒険者はラハが賛辞を流されて少なからず不服そうにしていることに気がついてはいたが、服装への言及に打ち返せば墓穴を掘るので黙秘を貫くことにした。自分に憧れる男の前で格好をつけてやりたい気持ちくらいはある。

    知人や暁に出資してくれていた有力者なんかを中心に挨拶をして回る。着飾った女性を褒めるのはマナーの一角のような扱いであるから、それはもう、大仰に褒め称えられたものだ。気恥ずかしさがないでもないが、注目されるのはもはや慣れたことである。それよりも、アルフィノに任せっきりだった対応もきちんとこなさなくてはと張り切っていたのだ。けれど。
    「本日は倅も連れてきておりましてね。ほら、英雄殿とお連れ殿にご挨拶なさい」
    「挨拶の機会をいただけて嬉しいです。大英雄殿がこんなに可憐な女性でいらしたなんて、驚きました」
    「恐縮です」
    御子息から差し出された手を握り返すより先に、隣のラハからそっと肩に手を回されてその後の言葉に詰まった。
    「では、失礼ながら私どもはまだ挨拶まわりがございますので」
    「ああ――はい、ええと、英雄殿。よければまた後でお話を」
    「機会がございましたら、」
    「行こう。向こうでアルフィノたちが待ってるぞ」
    「え? ああ、はい。それでは、失礼いたします!」
    ――この通り、隣に立つラハが話の主導権を握ってほどほどで退散できるようにしてくれるものだから、冒険者の仕事はあまりなかったと言っていい。
    そうしているうちにルヴェユール家御一行にも挨拶ができた。こちらを見つけるなり駆け寄りそうになってフルシュノにたしなめられるアリゼーも、それを微笑んで見つめるアメリアンスとアルフィノも、まったく彼ら一家らしい光景だ。縁が途切れるようなことがなくて、本当によかった。

    「なによラハ、ちゃんと小綺麗にできるんじゃない。そもそもこの人のこと誘えないんじゃないかとハラハラしてたわ」
    「オレもそこまで意気地なしじゃなかったってことだな」
    「いいんですか? それで……」
    本人たちがいいのならいいのだろう。アリゼーとラハの間には、なんとはなしに独特の親愛があるように思う。連帯感のような、親近感のような、彼らなりの緊密さが。冒険者とともにそんなやりとりに苦笑をこぼしていたアルフィノが、ぱ、と視線を下ろした。淡く微笑んで、言う。
    「今日は随分と女性らしい格好なんだね。そういったドレスもよく似合っているよ」
    「あ」
    「アルフィノはいつもこの人と連れ立ってたんだろ?」
    「ああ、そうだね。ただ――」
    がちゃん。グラスの割れた音、響く悲鳴。蠢く人影を見て冒険者は即座にチャクラムを引き抜いた。ドレス下から。
    「……基本的に武装を許されたひとだからね、と言おうとしたんだけれど」
    「別に武装してないとは言ってませんよ」
    英雄とは抑止力である。投擲されたチャクラムは美しい軌道を描いて悲鳴のもとへ飛び込み、パーティを乱す無法者のひとりを捉えた。
    「アルフィノくん、アリゼーくん。招待客の警護をお願いします。万一にも流れ弾を当てるわけにはいきません」
    「任されたわ。武器もないし、援護に徹するわね」
    「今日ばかりは怪我人の治療の方が適任だね、私たちは」
    英雄はそのまま、中心へ駆け出す。ちらり振り返って、紅の目を見やった。
    「杖がなくても、やれますよね」
    ダンスパートナーに選ばれたらしい、とラハはきちんと気がついた。からだに熱が灯る。魔力の剣が、魔力の盾が、彼女の期待に応えたいというこころが、震える。
    「……当然だ!」
    敵地に飛び込む英雄の背を追って、強く床を蹴った。


    ◾️


    真紅のドレスが弧を描き、宙を舞うたび曲者がくずおれる様は、いっそショーのようである。武の舞踏クリークタンツのあり方を思えば、正しいのかもしれない。パーティの襲撃なんて恐ろしい事件が起きているというのに、人々の視線はまるで観客である。
    ラハはその立ち回りを魔法で援護しながら、時に盾で押し返す。踊りに底上げされた力で、彼女の誘導したグループをまとめて行動不能にする。息のあったダンスだった。音楽もなければ、決まった形のマナーもない。ホールの中央をふたりじめする、それ。
    次々戦意を失っていく賊の姿に、見る者が少しの油断を覚えたのは、間違いない。だって、もう銀胄団がほとんどの賊を取り押さえていたし、目の前の戦闘風景は、あまりに人の熱狂を呼ぶものだった。前のめりに戦闘を眺めていたひとりに、投擲されたナイフが迫った。招待客が間に合わないと身構える、その一瞬。英雄は吼える。
    「剣を!」
    認識するより先に体が動いた。魔力の剣を容赦も何もないスピードで投げ渡す。小さな体躯には余るラハの片手剣を振り向きざまに受け取って、彼女は両手で振り抜いた。観衆を攻撃から遮るように。護るための剣。さながら、大剣のようにして。
    投手をラハが抑える。それが最後の一人だった。

    大立ち回りであった。髪飾りはどこかへ吹き飛んで、長いドレスは見事に裂けて、ハイヒールはポッキリ折れてしまっている。ラハは慌ててジャケットを脱いでその小さな肩にかけた。気遣いを素直に受け取ったかどうか、冒険者はそれに、困ったように笑う。
    「うーん、やっぱり向いていません。今日はちゃんと女性らしくしているつもりだったんですけど」
    「向いてないわけあるか。今この会場で、あんたが一番綺麗だよ」
    「まったく、盲目なんですから!」
    英雄の体躯にはちっとも合わないジャケットは思い切りボタンが弾け飛んでいたし、裾はほつれてしまっていた。かっちりしたジャケット、ラハくんによく似合っていたのに、もったいない。けれども、素敵なジャケット一枚脱いだところで、ラハの魅力が損なわれたなんてことはもっとありえないのだから、彼の言葉も同じことなのだろう。
    賊はすっかり銀冑団に連行されたが、相変わらず二人はホールのど真ん中だ。退散しようにも、ヒールの折れたパンプスを履き続けるわけにもいかず、慌てて脱ごうと屈んだその瞬間。ふわりと抱え上げられる。
    「わっ、」
    すぐそばにラハの顔があった。怪我はなさそうだし、返り血だって浴びていない。よかった、と胸を撫で下ろすよりも、相手の行動の方が早かった。

    「では、私たちは一度下がらせていただきます。皆様、この後もよい夜を!」

    男は女を腕の中に収めたまま、踊るようにくるりと回った。それは、世界一幸せそうな恋人たちに見えた。軽妙で芝居がかった礼をひとつ残して、英雄を攫い駆け出すラハを咎める人は誰もいない。

    「挨拶回りの時も思ってましたけど、水晶公の真似ですか?」
    「なんで自分で自分の真似しなきゃいけないんだよ」
    「冗談です。だって、丁寧で堅苦しくて有無を言わせない言い方が、それっぽかったんですもの。……そういえばラハくん、正装、とってもお似合いですよ」
    「……今か?」
    パーティホールの中心で暴れたのだ。怪我や返り血がなくたって、運動に適さない礼服の有様は押して測るべし、である。
    「言いそびれていたので。それから、さきの戦いも助かりました。動きやすかったです。ええと、それから……」
    「なんだか急に饒舌になったな」
    「そうですか?」
    「ああ。別にあんた、日ごろおしゃべりでもないけど……今日はなんだか、口数が少ないなって心配してたんだ」
    「ラハくんがらしくもなく遮ってきたからじゃないですか」
    「下心あるやつと長々話させときたくなかったからな。挨拶以外だよ、挨拶以外」
    下心。ああ、そうか、世界が平和になったということは、縁繋ぎが活発化するということだ。名目上暁は解散しているのだから、冒険者個人宛にくる釣書を握り潰しにくくなったのかもしれない――それでラハが目を光らせてくれていたわけだろう。英雄なんて嫁に迎えたって仕方がないと思っているし、今の彼女はすっかり自由気ままな冒険にお熱であったから、とてもすげない返事になってしまったかもしれない。なるほど、先んじてやんわり断ってもらえるなら、それは助かる。なんてことを考えていたら、調子が戻ったなら良かった、と微笑まれて、思い出す。ラハの服装を褒めるタイミングを失っていたのだった。だって、こちらに矛先を向けて欲しくなかったから。褒められたら十倍は褒め返してくるタイプだ。贔屓目ではなく、自惚れでもなく、そういうひとだから。それに思い当たった瞬間、他のことは一気に吹き飛んだ。パーティという政治の場に向かうのに、浮かれて気を抜いていたなんて知られるわけにはいかない。言ってしまったものは戻せないけれど、話を、どうにか、逸らさなくては!
    「ね、ねぇ。もう下ろしてくれていいですよ」
    「下ろしたら脚見えるぞ」
    「脚なんかいつも出してるでしょう」
    「あー、いや、違……間違えたわけではない、が……。というかそもそも、あんたの靴ならここにある。素足で回廊歩かせるわけにはいかないな」
    ラハの指先には踵の折れた小さなパンプスが引っかかっている。そういえばそうだったっけ。では、会場そばに取られた来賓向けの豪華な部屋まで、運ぶつもりでいたわけか。まあ、ラハもほつれたジャケットに汚れたシャツでは会場に帰れまいが。
    「そんなわけで部屋まで護衛だ」
    星を救った英雄に護衛とは、また。暴れたって仕方がないのであっさりと身を預けると、体を支える大きな腕がぴくりと反応した気がする。けれど、安定感があって、心地の良い揺れがあって……――なんだか少し、眠いかもしれない。妙なことに気を張って疲れているのだ。きっとそうだ。
    「では、よろしくおねがい……します……」
    ラハの重たいため息を、ひとけのない回廊だけが知っている。


    ◾️


    リンクパールに通信が入る音で冒険者は目を覚ました。同じ部屋の中でラハが応答している。「ああ――伝えておく。今は眠っていて――」耳を傾ければ、パーティを襲撃した人々の身元と動機が割れたなどという話のようだった。大元をサンクレッドがしっかり押さえたとも。であれば、もう冒険者の出る幕はない。寝起きの気怠さの中、皆の報告が終わるのを待つ。
    「起こしたか?」
    ネクタイを外して首元を緩めたラハがこちらの様子を見に近づいてくる。ふるりと首を横に振った。むしろ、この部屋まで思ったより深く眠っていて驚いたくらいだ。物音のひとつで飛び起きられるタチだという自負が、彼女にはある。
    重たい瞼を擦って、ベッドの上で身を起こす。シーツにくるまったままぼんやりとラハを見上げる冒険者に、ラハはしばらく前のことを思い出した――パーティの招待が彼女に届いたころ、ヤシュトラと話したことを。

    『黙りこくって真顔で控えているあの子は、どこからどうみても“アルフィノ様の護衛”でしかなかったわ。でも、すっかり柔らかくなってしまったでしょう。いいことだけれど、心配にもなるってものよ。彼ら、揃って下心というものに疎いから』
    淡い笑顔を振りまいて、気安く会話に応じるのでは、普通の女の子に違いない。飛び抜けた美人ではなくたって、彼女にくっついて回る価値は計り知れないし、元々謎のカリスマがある人だ。どうなるかなんて日を見るより明らかである。
    それは――看過できない、と。どうしようもなく彼女を慕うラハが思うのだって、ごく自然なことだった。実際、英雄を抱え込もうという輩も、実際に目にした少女然とした容姿と気さくな人柄に可能性を見出した輩も、これでもかと寄ってきた。普段の旅装よりも随分とめかし込んでいたのも一因かもしれない。まったく気が気ではなかった。結局、綺麗なドレスも靴もボロボロにして戦ってしまうようなそんな姿があまりに輝かしくて、ラハまで目を奪われてしまったけれど。

    「報告は聞いていました。何から何まで、ありがとうございます。きみも疲れているでしょう」
    「ああ――ひとつ、確認したらオレも部屋に戻らせてもらうよ」
    「確認?」
    「あんた、結婚の予定は? 恋人や、親密なやつは」
    「ええと、いたらラハくんを同伴させてはいないと思います」
    「じゃあ……その! 今回みたいな機会があったら、またオレを連れて行ってくれ!」
    そんなに必死な顔をしなくても、ラハの頼みなら断らないのに。そんなことを言う前に、目の前、思いの外近くに顔が迫っていて驚いた。ラハが床に膝をついて、冒険者を見ている。
    「オレの見てないところでこんなに綺麗にして笑顔なんか振りまかれたらたまらない。あんたがオレに気がないのは重々承知だけど、他の男の褒め言葉にばかりはにかんでる姿を見ちゃ、嫉妬のひとつもしたくなる」
    「は、はにかんでません」
    「はにかんでた。オレの褒め言葉は流したくせに、他のやつらには礼まで言って受け取ってた!」
    社交辞令に何を言い出すんだ! ラハの言葉は心の底からの褒め言葉で、何より冒険者にとって突かれたくない痛いところだから、深く掘り下げないことにしていただけだ。そんなことで拗ねられるなんてさすがに想定外だった。けれど、眉間の皺とか、ちょっと膨らんだ頬とか、怒るに怒りきれないような憮然とした表情に絆されて、自分の面子ばかり気にしていたのが馬鹿馬鹿しい気がしてきてしまう。己の羞恥と目の前のかわいいひとの機嫌なら、後者の方が大事だった。
    「……挨拶相手を無視するわけにはいかないでしょう。それに、それから……そもそも、わたしは普段、こんなひらひらのドレスを着てパーティになんか出ていません」
    「じゃあ」
    「きみに、誘われると思って」
    言葉が喉に引っかかる。目がゆっくりとラハから逸れて、カーペットに焦点が合う。ベッドの上で所在なく座り直して、シーツの表面を掴もうとしては、指が滑る。うつむいたまま彷徨わせた視線は、すっかり裂けてしまったドレスの裾と、そこから伸びる傷跡だらけの脚に居着いた。ああ、こんなにしてしまって。どんな振る舞いを練習したって、淑女になんかなりはしない。
    「ラハくんにエスコートされようと思って、……準備したんです! ドレスも、歩き方だって、ダンスだって! 勝手に女性らしく振る舞わなきゃって緊張して、いつも通りのきみに恥ずかしくなって……バレないようにそっけなくしていました」
    ごめんなさいと殆ど消えかけの声で足す。あつい。頬も、耳も、首筋も、全身が上気したように、あつい。こんな恥ずかしい思いは久方ぶりにした。太ももの上で丸めた手をぎゅうと握り込んで、手の甲ばかりを見つめていたら、大きな手が重ねられる。持ち主は、言わずもがな。
    「そ、んな大事なこと、最初に言ってくれ……!」
    思わず大きな声が出て、なんならラハが一番驚いたけれど――そのくらい心の底から力強く出た言葉だった。傷だらけになっても、髪の毛を切り落とされても平気な顔をする、ちっとも容姿に頓着しない人が、まさか自分のためにおしゃれをするなんて思わないだろう。ダンスのひとつもできずに会場を後にしたことが急に悔やまれる。まさか――まさか。目の前で真っ赤な顔をしたこのひとは、本当に星を救った英雄だろうか。見紛うこともなく、ラハの一番憧れの英雄である。眼前の小さなからだを抱きしめたい衝動を抑えるだけの理性はあった。それ以外はひとつも我慢できそうにない。
    「じゃあ――オレは、オレのために着飾ったあんたのこと、言葉の限り褒めていいんだな」
    「やめてください」
    「どこのお姫様がやってきたのかと思ってたんだ! 日頃の凛々しいあんたのこと、もちろんすごく尊敬しているが、ドレスを着たら花が咲いたようじゃないか!」
    「や、やめて」
    「なあ、珍しく明るい赤を着てると思ったのも、もしかしてオレに合わせて選んだのか? 本当によく似合っててかわいい……」
    「やめてくださいったら!」
    冒険者はシーツをひっくり返して、まくらを抱いて顔を埋めた。おそらくは、だからいやだったんですよ!と言ったのだろう籠った声が聞こえてくる。
    「お願いだ、もう一回見せてくれ。目に焼き付けるから」
    「破けたドレスと崩れたセット見てどうするって言うんですか!」
    「違うよ、見るのはかわいくしてるあんたの顔」
    「かわいがらない、で――」
    どうせラハはこちらに無理強いをしてくることはないのだとたかを括っていた。大した力も込めずにくるまっていたシーツを勢いよく引っ張られて、あえなく冒険者はベッドを転がる。中途半端に脚にシーツをまきつけて、耳に引っ掛けて、髪の毛はよりボサボサになって。そんな状態で外気に触れた。

    ――紅の瞳は爛々と輝いていた。

    重たい片膝がベッドを沈ませる。隠れないように手を押さえ込まれて、短い髪の毛だけではろくすっぽ顔も隠れない。部屋の照明は大きな影ですっかり遮られているのに、こちらを見つめるラハの顔はいやにくっきり見える気がする。見られている。射抜かれている。宣言通りにじっとりと熱い視線を注がれて、何が恥ずかしいのかもうわからない。冒険者の気も知らないで、ラハは甘ったるいため息を吐いた。

    「……かわいい」

    焼き付けられたのはこちらの方じゃないか!


    ◾️


    雄弁な視線を受け慣れてしまったつもりでいたけれど――背中でなく、正面からぶつけられるのは、どうにも。
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