「真鶴。いるか?」
「おう、高遠か。どうした?」
「ああ、いや、大した用ではないんだが。出かけるところだったか?......その格好、近場じゃないな」
「久々に、ふらっと北陸の方にでも行ってこようかと思ってな。で、お前の方の用件は?」
「暇なら飯でもどうかと思ったんだが。もう出るところなら出直すよ」
「いや、大宮から深夜バスなんだ。どっかで飯は食って行こうと思ってた」
「時間は?」
「21時発」
「それなら結構余裕があるな。この辺でいいのか?」
「おう。すずめでもいいが、たまには違うとこにするか。高遠、お前、何か食いたいもんは......ん?外、雨降ってきたか?」
「本当だ。さっきまで降ってなかったんだが」
「それは運が良かったな。おい、どんどん強くなってねえか?......うわ、もう土砂降りじゃねえか」
「通り雨だろう。すぐ止むんじゃないか?まだ時間に余裕はあるし、出るのは止むまで待とうか」
「だな。ずぶ濡れで一晩過ごすのは御免だ。座ってろ。茶でも淹れてくる」
「ああ、ありが......今の、雷の音か?」
「たぶん。お、また光った」
「.....これは、しばらく止まないかもな」
「まあ、まだ時間はあるから大丈夫。......今の音、すごかったな。かなり近くに落ちたんじゃねえか」
「そうかもな。被害がないといいんだが」
「そういえば、今日葉山は?」
「合コンだそうだ」
「そうか。会場、早めに着いてるといいな」
「? 葉山君は、雷が苦手だったかな」
「ああ、いや。雨に降られてないといいなって話。そりゃ、子供の頃は多少苦手な方だったとは思うが」
「まあ、これだけの大音量だしな。子供なら怖がるのが普通じゃないか」
「お前も?」
「それはさすがに覚えてないな。......覚えてるのは砂波の話だ。小さい頃、雷が怖くて寝られないと、部屋にまで来たことが──いや、あれは部屋ではなかったかな。まあ、そんな話はどうでもいいんだ」
「なんだ。聞かせろよ。どうせ雨が止むまで暇なんだか......あ?」
「......消えたな」
「ブレーカー......じゃねえよな、この状況じゃ。あー、向かいのビルも消えてるな。停電だ」
「参ったな。すぐ復旧するといいんだが」
「いやー、どうだろうな。たしか一昨年も雷のせいで停電したことがあったが、その時は復旧するのに数時間......あ」
「どうした?」
「冷蔵庫の中身が心配だ。ちょっと見てくる」
「ああ。──そうだ、事務所に予備の傘はあるか?雨が止まなかったら借りたいんだが」
「傘?傘ならロッカーに入ってるかもしれねえな。ちょっと見てみてくれ」
「ロッカーって、こっちのスチールのロッカーのことか?」
「おう、それのことだ。──傘、あったか?冷蔵庫の方は大丈夫だった。考えてみたら、事務所を空ける前に片付けておいたんだった」
「それはよかった。傘もあったよ。......?なんだそれ。アイス?」
「おう。冷蔵庫にこれだけ残ってた。ドアさえ開けなきゃしばらく保つとは思うんだが、どうせこれしか入ってないから、いま食っちまおう」
「......食っちまおうって、それ、葉山君のじゃないのか?」
「そうだ」
「そうだ、じゃない。勝手に食べたらマズいんじゃないか」
「別にいいだろ、アイスくらい。怒られたらまた買ってくりゃいい。ほら、お前の分」
「真鶴がいいならいいんだが。......なんだこれ。チョコミント?」
「俺らが子供の頃は見なかった味だよな。苦手だったら、こっちのナポリタン味と交換するか?」
「ナポ......罰ゲームか何かか?」
「そういう目的で買う人間もいるかもな。葉山はたぶん違うと思うが」
「......こっちをいただくよ」
「懸命な判断だ。......うん、まあ、食えないことはないな。妙に甘酸っぱいが、ギリギリで許容範囲だ。そっちは?......はは、やっぱりお前は苦手な味か」
「よく分かったな」
「顔見りゃ分かる」
「......話には聞いていたが、本当にハミガキ粉の味がする」
「常套句だな。俺は別に嫌いじゃないが」
「好みの問題だとは思うけどね。......そうだ。いま思い出したんだが、真鶴の食べてるそのアイス、期間限定のやつじゃなかったか?」
「あ?」
「ニュースか何かで見た気がする。春季限定、ゴリゴリ君のナポリタン味」
「おま、それ、食う前に言えよ!」
「いま思い出したって言っただろう」
「春?春って、いま何月何日だよ」
「6月18日だ」
「......6月は春か?」
「どちらかといえば夏だろうな。ああ、でも夏至は過ぎていないから、ギリギリ春かな」
「春季限定か......売ってる店、まだあると思うか?」
「最近コンビニで見かけた覚えはないな。──そういえば、雷の音がしなくなったんじゃないか?雨も弱くなってきた」
「......ああ、そうだな」
「30分もすれば出られそうだ。──さて。夜行バスは21時だったか。高飛びとコンビニ巡り、どっちにする?」