座らせてくれるイチノ土曜の夜は人気のスポーツバラエティ番組がある。有名アスリートをスタジオに招いて、司会のお笑い芸人と女子アナが、ひな壇に座る彼らにお題トークを振っていくというものだ。
実力のある人気選手の素の一面が見られるということで、ここ山王工業体育部男子寮でも視聴者は多い。決まって皆、土曜の夜は風呂が終わり次第、談話室にやってきてソファや小上がりの畳へと陣取る。
先に風呂から上がった松本と野辺は、のんびり涼みながらお目当ての番組の前枠である、どうぶつ番組を眺めていた。テレビ画面にはふわふわのうさぎが映っている。
「今日ゲスト誰だっけ」
そこへ、一之倉がやってきた。ソファの反対側の端へと座ると、湯上がりで少し赤くなった頬を手で扇ぎながら尋ねた。
「テニスじゃなかったか?」
「あれ?ゴルフだと思ってた」
シーズン的に野球やサッカーではないなと一之倉は思ったが、別にそこまで自分は熱心な視聴者ではない。なんとなくこの時間は自分の部屋に戻りがたくて、風呂上がりに談話室にやってきてしまうのだ。
そうこうしているうちに、風呂から上がった運動部の男たちがぞろぞろとやってきた。ほとんどが坊主頭だからドライヤーなどは必要ない。
皆、思い思いの場所へ腰を下ろすが、ソファはバスケ部の3人でほとんどいっぱいだ。しかし松本と一之倉の隙間へ、ぎゅむと尻を捩じ込んだ男がいる。
「沢北…定員オーバーだって」
呆れた声で松本が制しても、押しの強い後輩はぐいぐいと割り込むようにして腰を下ろした。ほとんど松本の太腿の上に尻が乗っているが、悪びれる様子もない。
「えっイチノさんだから大丈夫でしょ」
「おいそれどーいう意味」
「仮に大丈夫でも野辺でほぼ二人分だろ」
「それもどういう意味だよお」
かくしてバスケ部4人に無理矢理座られたソファは妙な音を立てたが、誰かが上げたテレビの音量によって掻き消される。拍手が聞こえて、賑やかな声とともにお目当ての番組が始まった。
「…テニスでもゴルフでもねーな」
「総集編だったな」
どうやら企画と企画の繋ぎ目だったらしく、一度見た内容と未公開映像がツギハギされたそれは、特に感動や珍しさをもたらすことなく流れ始めた。だが誰もその場を動こうとしない。この時間、もはやこの番組くらいしか暇を潰す手段がないからだ。
そこへ、野辺と松本の前を横切って、大きな身体がのっそり現れた。
坊主頭のそれは、躊躇することなく床へと腰を下ろす。松本が沢北を肘で小突いた。
「沢北、退けって」
堅苦しいかもしれないが、今床へ座ったのは二年生である。バスケ部員ではないが、運動部寮なのでそれなりに上下関係は厳しい。…はずだ。
しかし、床に座り込んだ男は、自分の顔の脇にあるしろい膝へ、坊主頭を乗せてふたりを見上げた。
「あ、いーよ別に。俺ここがいい」
さすがに腰を浮かしかけていた沢北だが、目付きの悪い顔からやけにのんびりした声が聞こえたので、目を丸くした。いやそれよりも、
「お前また首の後ろ掻いただろ。赤くなってるぞ」
「んー」
「誤魔化すなよ」
膝の上へ男の頭が乗っても気にしないどころか、坊主頭をがしがし撫でている。あのイチノさんが。
沢北は思わず松本の顔を見た。松本は特に気にもせず「いつもこうだよ、こいつら」と視線をテレビに戻した。
「…寝るなら部屋行けって」
「寝てねーもん……ちょっと目え瞑ってるだけ」
「風呂上がりでこんなとこで寝たら風邪引くって。…野辺、そこの…それ取って」
「ん」
野辺からブランケットを受け取った一之倉は、あぐらを掻く男の脚へ、広げてかけてやった。沢北はまた目を丸くした。“どうして、イチノさん”ではなく“誰だこの坊主”と。
謎の坊主は、一之倉の膝の上へ顎を乗せたまま、結局すうすうと寝息を立て始めてしまった。テレビを観に来たわけではないらしい。まるで、主人が寝床に行くまで待機する大型犬みたいだ。
デカい身体が一之倉の脚の間に器用に収まっているのをチラリと見て、松本が口を開いた。
「寝てるときだけ静かだな」
「食う寝る部活(やきゅう)しかないからね、欲求」
微笑み返す一之倉が満更ではなさそうなところが、またくすぐったい。だが松本は片眉を上げて笑った。
「一個抜けてるだろ、“聡くん”が」
ああ、と納得したように野辺が手を打つ横で、沢北が「ねえ、この人誰すか?」と松本に聞いていた。