お花見の話花粉症気味のローは、ここのところずっと目を赤くさせてマスクをしている。それもそのはずで、最近やっとポカポカしてきた陽気に誘われて、猫ちゃんが容赦なく窓を開けるからだ。
空は青く、高く、風は暖かで気持ちがいい。猫ちゃんの鼻はひくひくと動き、春の匂いを堪能している。春風に揺れる前髪はだいぶ伸びてきた。…そうだ、お花見しよう!
グッドアイデアを口にした俺に、ローは充血させた目を歪ませ、猫ちゃんは春眠暁を覚えずな目を輝かせた。
「ロシナンテ!行こ!」
「コラさんまで……」
溜め息を吐いたローも、隣でぴょんぴょん跳ねている純粋な生き物を目にすれば、憎まれ口も引っ込んでしまう。母上がくれたピクニックバスケットと、仕事の懇親会で使ったビニールシート、どこにやったっけな。
ビニールシートに大の大人3人(うち2人は規格外)があぐらをかくと、足の踏み場がなくなるんだな。狭いと文句を漏らすローは、最強の鼻炎薬を飲んで準備万端だ。伊達メガネもサマになっている。ただの花粉対策だけど。
対するドフィは、猫ちゃんをあぐらの上に乗せてご機嫌だ。高級志向の兄が土手に敷いたビニールシートの上に腰を下ろしている光景は、かなりインパクトがあるが。
ドフィの胸に背中を預けた猫ちゃんは、青空へ向かって枝を伸ばす桜を、目を細めて見上げている。窓から電線ごしに春の空を見つめる顔より、だいぶ嬉しそうだ。
「寒くねェか?」
「ウン」
まるで母親が子供に世話を焼くように、兄上は小さな猫を甲斐甲斐しく構った。
バスケットに詰めてきたのはサンドイッチではなくおにぎりなので、俺とローはのんびりもぐもぐと口を動かしていたが、兄上は猫ちゃん用に詰めてきたおかずを箸で摘んでいる。無言で卵焼きを口元に運ばれても、ちまい口を素直に開けるのが嬉しいらしい。ウン、過保護だ。何か間違っている気もするが。
「フフフ…美味いか?」
「ウン」
キッチンでウインナーをわざわざタコさんにしている兄の姿を想像すると複雑な気持ちになってくる。俺たちもおかずのおこぼれにはあずかっているので、ぬるい缶ビールを片手に唐揚げを摘む。
「花より団子ってやつだな」
「いつもそうだろ」
猫ちゃんの頭を撫でる俺に、溜め息を吐くロー。いやそうなんだけどさ!もはやドフィは全自動おかず食べさせ機なんだけどさ!
「へぷちっ」
「寒いんじゃねェか。ったく」
くしゃみをした猫ちゃん。ドフィはやれやれと肩にかけていたダスティピンクのコートをかけてやる。口調とは裏腹になんだか嬉しそうだ。手だけを出してすっぽり包み、水筒からホットティーを注いで手渡す。
ローのくしゃみ改善のために淹れてきたハーブティーの香りをクンクン嗅いだ猫ちゃんは、兄上を見上げてふわあと微笑んだ。
「さむくないよ」
デカい体躯の胸元まで届かないほどの身体をめいっぱい伸ばしてにこにこしている。兄上はでっかい手で猫ちゃんのほっぺを包むと、ほとんど溜め息みたいな声で言った。
「………お前は可愛いなァ」
うわドフィ、顔がニヤけてるってレベルじゃねェ。噛み締めてる、何かを。花より団子とは言うが、この場合、桜はほぼ噛ませ犬だ。兄の瞳には春の美しさよりきらめくものが映っているのだから。あーあー、二人の世界に入っちゃってさ。言い出しっぺは俺だぞ。
上向いた猫ちゃんのオデコに、ひらりと桜の花が舞い降りる。栗色の前髪にくっついたそれを柔らかな手つきで摘んだドフィの目が、サングラスの奥で優しげに細まって。頬を撫でる手がゆっくりすべり、小さな顎を持ち上げる。
ドフィの大きな背中が丸まって、ふたりの距離が縮まって。ああこれ絶対するじゃん!俺もローもいるんですけど!?二人だけの世界じゃないんですけど!?
…と思ったのだが。
「…からあげ」
ピンク色の唇まであと数センチ、というところで、猫ちゃんが「あ」と口を開けた。口から出たのは「からあげ」。ウン、花より団子だ。むしろ兄より唐揚げ。俺の世界に平和が訪れた。
「…フフフッ!!お前は全く…」
タイミングばっちりだったにも関わらず、完全にしてやられたドフィだが、機嫌はむしろ良くなっているらしい。強請られた通りに、箸で唐揚げを摘んで口に入れてやる。にこにこ微笑まれたら、まあそうなるよな。
とはいえ転んではタダで起きないドンキホーテ・ドフラミンゴ。ちゃっかりまるいつむじへキスを落としていたが。結局それも俺たちに見られようが構わないらしい。
「──胸焼けするほど春だなァ」
「…コラさん、ビール思いっきり溢してるぞ」
そんな花より団子な様子に現を抜かしてドジって、結局ローに呆れられたりしたんだけど、兄上が珍しく和々してたから、まあいっか。