大福の話大福はすごいよなぁ。ふわふわでとろとろなのに、もちもちしてて、甘くて、口に入れると幸せな気持ちになれる。
ローが同僚からもらったとかいうフルーツ大福を頬張りながら、俺は甘い溜め息を吐く。美味しそうな上にカワイイ。兄が帰ってくるまで、全部俺たちで食っちまいそうだ。そうなったらドフィ、怒るかなァ…?
「ローくん、いちご」
「わかったから、暴れるな」
ローテーブルに並んだ大福に手を伸ばす猫ちゃんにいちご大福を取ってやりながら、ローが溜め息を吐いた。いや、暴れるなとかその前にさ。
「お前ら、相変わらず距離感がおかしいぞ」
コラさんは絶対に触るなと怖い顔で念を押された俺は、大福の箱からちょっと離れて大人しくソファに座っているわけだが。対するローたちは、というか猫ちゃんは、ソファに腰掛けるローの脚の間にいるわけで。
ドフィとより体格差は随分無いものの、それでもローの顎より下にある猫ちゃんのあたま。文字通り子猫とか子犬を抱えるみたいに、猫ちゃんのお腹に腕を回したまま、ローはみかん大福を頬張っている。
「む、ローくん、お茶」
「俺に命令するな」
とかなんとか言いつつ、ローの腕の力が緩まることはないらしい。テーブルの上の湯飲みに猫ちゃんが手を伸ばしても届かない。もちろん、ローはちゃあんと湯飲みを取って手渡してやる。
相変わらず距離感がおかしい二人は俺のツッコミに興味がないらしく、もふもふと大福を頬張っていた。絵面だけ見たら、めちゃくちゃカワイイんだけどな。これはドフィも同じことを言うはず。ってか言ってた。むしろ毎日言ってる。
「おいし」
「…口の周り真っ白になってんぞ」
「む」
わざわざローを振り返ってにっこり笑う猫ちゃんに、思わず見てるこっちの顔がゆるむ。
なんでもなさそうなローだけど、パーソナルスペースの内々に他人を入れてる時点で相当甘々対応なのは、手に取るようにわかる。ぶっきらぼうだけど、猫ちゃんの口の周りについた粉を拭ってあげるお兄ちゃんなところは健在だ。
「おいしいねえ」
ニコニコしてる猫ちゃんとそれを適当にあやすローを見ながら茶を啜る。あー癒される。いい休日だ。
ローは猫ちゃんの真っ白になった指先を、ウェットティッシュで拭いてやりながら、ふやふやの身体を抱き直した。横向きになってローの首元で丸くなっている猫ちゃんと目が合う。「ロシナンテ、ついてる」と自分のほっぺを指差すのがカワイイ。
そんな様子にぽやぽやしていると、ガチャリとリビングのドアが開いた。兄が帰ってきたようだ。
「…帰ったぞ。イイコにしてたか?」
「どっ、…おかえり!あのね、ローくんが!いちご大福!」
簡潔に説明すると猫ちゃんのセリフはこうだ。おかえりドフィ、ローがお土産でフルーツ大福をもらってきたんだけど、いちご大福がいちばん美味しかったから、早く食べて。
ローの膝の上から伸び上がって兄上にはわはわと語りかける猫ちゃん。そしてその猫ちゃんに視界を塞がれて読書もできないロー。ローのあたまに肘を乗せて、ソファの後ろのドフィに身振り手振りで伝えようと忙しない猫ちゃん。そしてぐらぐら揺れる猫ちゃんが倒れないように腰を支えてやるロー。
「…なんでもいいが、暴れるなと何回言やァわかるんだ」
低い声も、ジェラピケのルームウェアごしにもごもごと聞こえるばかり。俺は面白くて吹き出した。それでもやっぱり、猫ちゃんを無理矢理膝から退かすとか、そんな様子はなくて。
ドフィもそれを見てくつくつと笑って、猫ちゃんの頭を撫でている。
「美味かったか?よかったなァ」
「はやくたべよ!」
ぽふぽふとローの黒髪のあたまを抱きしめて、猫ちゃんは笑う。ハァ、と聞こえたのはローの溜め息で。次の瞬間、猫ちゃんの身体を抱えて立ち上がったローは、三歩歩いて俺の膝の上に猫ちゃんをすとんと落とした。俺の脚の間に収まると、ますます小さく見えるなァ……じゃなくて!
「なんだよロー、もう行くのか?」
「1個で充分だ。あとはお前が食べろ」
「ん」
忙しい医学生の身分だ、何かと用事があるのだろう。最後にくしゃりと猫ちゃんの前髪を乱して微笑むあたり、別に怒ってはいないらしい。
「ところでドフラミンゴ、ひとつ言いてェことがあるんだが」
医学書片手に踵を返したローが、今度はキッチンでポットの再沸騰スイッチを入れているドフィに向かって溜め息を吐いた。
「なんだ」
「もっとちゃんとした下着を買え」
じゃあな、とスリッパの音を立ててダイニングを後にしたローを見送って、俺は頭の上にはてなマークを十個くらい浮かべた。何の話だ?
俺の反応とは対照的に、ドフィはフッフッフといつもの人の悪い笑みを浮かべている。何なんだよ、ローのやつ……。
「ロシナンテ、メロン」
俺がひとりで百面相していると、膝の上から催促が来た。移動するという気はないらしい、落とされた場所で寛ぐという図太い神経の持ち主は、俺のTシャツを引っ張った。俺も大概甘いので、仰せのままに、テーブルの上の大福に手を伸ばす。
いや、手を伸ばしたはずだった。ちょっと手前に湯飲みがあっただけ。そう、つまり、俺は自分の手にあっついお茶を倒したというだけ。ウン、ドジった。
「っっッッつ!!!!」
頑丈なソファでよかった。さすがドフィが海外のヤバい家具屋からクソ高い値段で買っただけのことはある。バタン!!ゴトン!!とデカい音が立ったけど、俺が背もたれを超えて落ちただけだ。もちろん「ゴトン」は俺の後頭部が床にキスした音だが。
あっっっつ!!!!…あードジった……って、大丈夫か?
──と膝の上にいるはずの猫ちゃんに声をかけたはずだった。のだが、
「ん、む、…???????」
口元、というか顔が柔らかくてあったかいものに覆われていて声がこもった。これはアレだ、ジェラピケのルームウェアのモコモコだ。それはわかるけど、それとはまた違う柔らかさというか…大福?そうこれは大福だ。ちょっと潰れてる感じはするけど、ふわふわでとろとろでもちもちしてる。そしていい匂いがする。大福かあ…そっかあ…。
「…大丈夫か、ロシー」
兄上の呆れた声がする。ぱちくりと瞬きすると、視界が明るくなった。身体を起こすと、ドフィが猫ちゃんを抱っこしている。
「おまえも、頭とか打ってねェか?」
「ウン、ロシナンテでたすかった」
「そりゃよかった」
いや、よくはないよね?俺の後頭部にはたんこぶができてるしね?まあドジは自業自得だけど…っていうか、アレ?顔の上に乗ってたのは大福じゃない?ふわふわでとろとろでもちもちした、いい匂いのするジェラピケ。
「紅茶のみたい」
「アールグレイでいいか?」
俺の混乱を尻目に、猫ちゃんを抱っこし直して腕に抱える兄上。ふたりでキッチンに入っていく。イチャイチャしてんなァ、今日も。……じゃなくて。
『──もっとちゃんとした下着を買え』
ローの呆れた声が脳内にこだまする。キッチンのほうでは、猫ちゃんを軽々腕に乗せたドフィがジェラピケの裾から手を入れて、素肌の背中を撫でていた。なかなかに神妙な面持ちで。
「…おまえ、こないだ買ってやったじゃねェか。痕付かないやつ」
「あれ、やだった」
「何が気に入らねェんだ…」
「レースがかさかさする」
あっ、兄上ェ………頼むから、ちゃんとしたの、買ってあげて……!いや、ドフィのことだからちゃんとしたの買ってあげたんだろうけど!なんでだろうね、うまくいかないよね、人生って!今日のところは大福ってことにしておこうかな!ていうかローのやつ、毎日毎日あの距離感で、あんな柔らかい大福をもちもちパフパフされて、よく理性が持ってるな!?医者ってすげェ!!
リビングの床であぐらをかいたまま人生を振り返り始めた俺に気づいた兄上は、眉をちょっとだけ上げて、人の悪い笑みを浮かべた。
「これは俺んだ。いくら弟のお前でも、くれてやれねェなァ?ロシー?」
ちゅ、と猫ちゃんの頬へ見せつけるようにキスをして。わかってるよドフィ。そんなわかりやすい危険地帯に自ら飛び込んでいくほど、俺は馬鹿じゃねェ。まあたまにドジっちまうことはあるけど。
「……大福食べるたびに、思い出しちまうよなァ…今の…」
目下の問題はまずこれだ、どうしよう。まだこんなに美味しそうなフルーツ大福がたくさん残ってるのに。
俺の溜め息など知る由もなく、キッチンからは芳しいアールグレイの香りが漂っていた。