〆の話昆布の沈んだ黄金色の出汁はいま、くたくたに煮えた白菜と白滝の残骸が浮かび、すっかり旨味と甘味で濁っていた。その半分を土鍋から取り出して、ラーメン鍋に移し、醤油出汁を足して沸騰させているドフラミンゴは、こたつには入っていない。
「鍋の〆といったら雑炊だろう」
「今日はうどんがたべたいの」
珍しく兄妹分たちが言い合っている。だからこうしてわざわざキッチンまで土鍋を持ってきて、雑炊とうどんを作り分けてやっているのだが。大概、この男は“家族”に甘い。
「まあまあ、今ドフィがどっちも作ってくれてるだろ?みかんでも食って待とうぜ」
土鍋を持ってきたのは、誰かがドジってみかんを鍋にブチ込まないため、というのもあるのだが、本人は気づいていないのでよしとする。ちなみにロシナンテもどちらかと言うと〆は雑炊派だ。
冷蔵庫からうどんを2玉、卵を2つ取り出す。ついでにカマボコの残りがあったから、ネギを小口に切るついでに薄く切った。
くつくつと沸騰してきた二つの鍋。片方には茶碗に軽く2杯盛った白飯を。もう片方にはうどんを2玉。どちらも〆にしてはなかなか多い。自分だけなら絶対に食べない量だ。もとい、ひとり鍋なら〆などしないし、そもそも鍋など作らない。
「コラさん、それ皮まだついてるぞ」
「えっ!?ホントだ」
「ローくんタコやって」
「食い物で遊ぶな」
背中のほうから聞こえてくる三つの声に、ドフラミンゴは人知れず口元を緩める。リビングのインテリアにミスマッチなこたつが導入されたのは、他でもない、暖かさに貪欲な兄妹分の訴えであった。使ってみると、存外悪くない。
土鍋の中で米がくつくつ煮えてきたので、溶き卵をぐるりと回しかけて蓋をして火を止めた。ああ、と思い出して冷蔵庫から柚子胡椒チューブを取り出す。最近ロシナンテがハマっているものだ。
誰にも言ったことはないが、うどんは箸で切れるほどくたくたにするほうが好みだ。昔、風邪をひいたときに母がベッドサイドで食べさせてくれた味。卵の香りがふわりとたって、やわいうどんが口の中でとろけるあの味を、ドフラミンゴは脳のいちばん奥で思い出している。
こちらの鍋にも溶き卵を回し入れ、思い出と一緒に蓋をする。ガスコンロをこたつの上から回収するついでに、猫の手を借りてみかんをひとつ、口に入れた。
運ばれてきたふたつの鍋。三人がごくりと喉を鳴らして、ドフラミンゴはついに声を上げて笑った。
「フッフッフッ!ありがたく食え、食いしん坊ども」
「うまそーッ!」
「ドフィさん、ありがと!」
「…米の量、多くねェか?まあコラさんが食うか」
椀に、箸とお玉を使ってようやく掴めるほどとろとろになったうどんを盛って、手渡してやる。そのまま猫の後ろへ腰を下ろしたドフラミンゴは、胡座の上にやわい身体を乗せた。
ちゅるっと可愛らしい音を立ててうどんを食べた猫が、ふわふわの身体を擦り寄せて微笑む。
「わたし、うどんはくたくたのほうが好き」
おいしいね、と見上げてとろける顔に、こちらもたまらず頬が緩んで。どこにも力が入らない笑い方で、そっと包んであたためられたドフラミンゴは、ほぅと溜め息を漏らした。
れんげの上へ、くたくたになったうどんとカマボコ、ふわふわの卵を乗せて、よく吹き冷ます。猫よりも猫舌なのには呆れるが、火傷をしてはつまらない。現に、向かい側では弟が雑炊で思いっきり舌を火傷したらしく、ローに麦茶を差し出されている。
舌の先で潰せるほどに柔らかい。野菜の出汁で甘くなったスープに、ふわふわの卵がよく合う。
嬉しそうに見上げてくる猫のあたまをゆっくり撫でて、甘い男は邪気のない笑みを浮かべた。
「…俺もだ」
「んむ」
ちぅ、と可愛らしい音を立てて、みかんのように丸く、みずみずしい頬へ口付ける。こたつの中で大人がふやふやになって何をやっているんだ、と呆れる理性をうどんで宥めて、ドフラミンゴは小さな椀におかわりをよそってやるのだった。