デートの話ドフラミンゴは珍しく、外出先でも自然と口角が上がるのを自覚しながらティーカップを持ち上げた。
たとえ急な積雪で頼んでいた荷物──プレゼントの到着が遅れても、そもそも向こうからバレンタインをすっぽかされても、だ。なぜなら昨夜、出不精の猫が久々に「土曜日はデートしたいな」などと呟いたから。家で共に休日をまったり過ごすのもいいが、デートの誘いを断るなんてとんでもない。疲労が全部吹き飛んだ多忙な男は、ひとつ返事で「もちろんだ」と答えた。
(──外に出すと尚更カワイイなコレは)
バレンタインには間に合わなかったが、プレゼントはどうにか到着したので、家を出てくる前に手ずから付けてやったのだ。ゴールドの小振りなフープイヤリングが、ふわふわの巻き髪から覗いている。
スプーンの上でボロネーゼを巻くのに苦心している猫が、真剣な顔をしているのがおもしろくて、ドフラミンゴの心の隅に残った少年の心が鎌首をもたげてくる。テーブルの下で脚を組んだまま、尖った爪先でまるいブーツをツンと蹴ると、食いしん坊の瞳がこちらを向いた。
「んー……」
だがすぐに目線はパスタに戻って。チラリと合った目は、冬空には似つかわしくない、あたたかな色をしていた。かすかに春のにおいがする。
テラス席にはまだまだ冷たい風が吹いてくるが、ほっぺたを赤くしながらスープを旨そうに飲む顔だとか、寒いくせにアフォガードを頼もうとする食い意地だとか、そんなものに振り回されていれば気にならない。
冷めて塊になりかけているボロネーゼへ、果敢に挑もうとする猫の瞳は、昼の光につやつやと輝いている。
「食いしん坊のくせに、一口が小せえなあ」
そんな言葉で少年が揶揄ってみると、パスタをごくんと飲み込んだ口がむっと横に引き結ばれた。
「おっきいひとくち、やればできるもん」
フルーツ大福やドーナツを目いっぱい頬張っている実績があるから、謎の自信があるようだ。ドフラミンゴが「やってみな?」と唆すと、さらに真剣な目をした猫が、先程より戦略的にフォークをくるくると回し始める。
犬歯が見えるほど大きく開かれた口。詰め込まれたパスタで膨れた両頬。品性もマナーもない“ひとくち”に、寒さごと食べられてゆくのが至極おもしろくて、ドフラミンゴは声を漏らして笑った。ちなみに皿にはまだ挽肉ソースが残っている。
「フッ…フフフフッ!それが“オッキイ”ひとくちか……フフッ…」
「ん、んんっ、んー」
「いいから、飲み込んでから喋れ…フフ……」
もぐもぐ動く口が、まるでおもちゃみたいでいよいよ可笑しい。ごくんと喉が動いたので「旨かったか?」と聞くと、ふわりと笑顔が咲いた。
「うまかった」
すると猫は、残りのソースを食べようと、フォークでスプーンの上に挽肉をかき集めた。先程よりも控えめな大きさの口が開く。
──さらり、流れて落ちた巻き髪を耳に掛ける。きらり、ゴールドのイヤリングがひかる。桜色の唇が、銀のフォークをちゅるりと咥える。
その一連の動作から目を離せず、悪戯心も引っ込んでしまう。なるほど、春はもう近いなと、ドフラミンゴは口の中で呟いた。
(タイミングよくデートに誘ってくれたモンだ)
ごちそうさまとお行儀よく手を合わせる仕草は淑女のそれである。…口の周りにボロネーゼソースをたくさん付けていることを除いたら。まあどうせ、丁寧に拭いてやってもデザートのバニラアイスでまた汚れるのだ。
ドフラミンゴはその光景を思い浮かべてクスクス笑いながら、自分のナプキンでちいさな唇をそっと拭ってやった。下りない瞼のせいで、つやつやの瞳は相変わらずこっちを向いている。それでいい、ずっとそうしていてほしい。
「デザート呼ぶか?」
「ウン!」
形のよい指が呼び鈴を鳴らして、晴天の空にリンと澄んだ音が響いた。春はもう、すぐそこまで来ていた。