Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    inabaria

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 32

    inabaria

    ☆quiet follow

    マイルドドラッグってやつやね(多分違う)

    ##ニキ燐
    ##SS

    幸せのパイ 俺の目の前には一人用の小さめのパイが一つ。
     中は肉か、魚か、あるいはスープやカレーのような可能性もある。ナイフを入れてみるまでわからない。だけれど、一つだけ確実にわかっていることは「美味しい」ということだけだ。なぜなら。
     
    「どうしたんすか? 食べないの?」
     
     これはニキが作ったものだからだ。
     
    「……これ、“アレ”だよな?」
    「あはっ」
     
     笑って誤魔化すニキの目は笑っていない。なんでニキが急に“コレ”を作ってきたのか、その表情が答えのような気がする。実験マウスを見る目。居心地が悪い。
     “コレ”は普通のパイ包み料理ではない。中身はニキの故郷の食材を、ニキの故郷の調理法で作られたものだ。いや中身だけではなくパイ自体もそうかもしれない。見た目や匂いでは判断できない。ただ俺にはニキが“コレ”を作ったときの表情だけはわかる。
     
    「なんで急に……」
    「だってこんなに美味しいのに燐音くんにしか食べてもらえないから」
     
     美味しいし、法に触れるようなヤバいものが入っているわけではない。だから他の人に食べさせられないわけではないが、食べさせない方がいい理由はある。
     だから本当は俺も食べたくはない。美味しいが。ニキの作るものはなんでも食べたいが。
     
    「燐音くん、シナモンで出してたコーラのこと覚えてます?」
    「……空腹時の味を再現したやつだろ」
    「あれ、期間限定ですぐなくなったのなんでか知ってるでしょ」
     
     知っている。凛月ちゃんが適当に作ったレシピのないコーラを再現した、例のメニューは一ヶ月そこらでなくなった。人気メニューであったから「幻のコーラ」などと言われて今でも求める声がある。
     
    「……中毒症状が出たから」
    「正解。ちなみに中毒が出た人たちはちゃんと直したから大丈夫っすよ」
     
     俺は詳しくは知らないが、コーラというのはスパイスを組み合わせて作るらしい。都市伝説では大昔のコーラには麻薬を使っていたものがあったとかなんとか。
     つまり、ニキが作ったあのコーラには普通は使わないスパイスが入っていて、そういう異分子に弱いか、あるいは大量に飲んだ人間が中毒を起こしたわけだ。あの異様ともいえる熱狂的な人気は禁断症状からきていた。ここまでは俺の知っていることだ。
     
    「……あ? 今、直したっつった?」
    「まって、うそうそ。治療ね? ちゃんと中毒を取り除くための食材を使った料理で治しました」
     
     頭を抱える。ニキのこういう感覚のズレは昔俺が「都会ってこういう感じなんだ」と思っていたせいで気づくのが遅れた。
     このズレの原因はニキの故郷にある。姿形は似ているけれど、俺たち人間とは決定的に違うところ。
     
    「だからさ、やっぱり僕の“正体”を知ってる燐音くんにしか食べてもらえないなってなっちゃったんすよ」
     
     ニキの正体。人間ではないなにか。本来は俺たち人間を食べるような、なんらかの種族だ。ニキはうまく擬態していて今まで見破られたことはないらしいが、俺はそういうのが視える人らしいので早々に気がついてしまった。
     そんなニキの故郷の食材と作り方で作った料理では俺たち人間には寄り添えない。“コレ”は、そういう食べ物だ。
     
    「……俺もう中毒なのかねェ」
    「そう、それ! 燐音くんって昔っから僕の料理食べてるのに普通にしてるじゃないっすか。他の人の料理食べても平気だし。なんでなんすか?」
    「いや俺が知りてェ……」
     
     四年前、ニキに拾われた時からニキは俺に“コレ”を食べさせてきた。あの頃から見た目だけは人間の食事を模したものだったけど。
     俺はあの「幻のコーラ」を求めるような禁断症状に見舞われたことがない。四年間食べ続け、身体に異常が生じたことは今のところはない。食べないでいると変調を来すようなこともない。
     
    「でもまぁ、きっと適応したんすよ。愛かな?」
    「愛ね」
     
     正直な話、生存本能だろう。これを食べなければ死ぬとなれば死にものぐるいで適応するものだ。あの頃の俺はニキに生かされていたと言っても過言ではない。
     その本能を愛と呼ぶかと言われると否ではないか。いやニキが愛と喜ぶのなら愛でいいのだけれど。俺がニキを愛しているのは間違いではないし。
     
    「ね、だから是非燐音くんに食べてほしいんすよ」
    「いいけど……、美味いし。ただ、コレ……」
    「ん?」
     
     にこりと微笑んで有無を言わさせないような圧を感じたので反論を諦めた。ナイフを持ってパイを切り開く。途端に広がる食欲を煽る脂の香り。ミートパイだったらしい。自然とよだれが溜まる。中身の視覚情報だけで美味しいとわかってしまう。もう食べずにはいられない。一口サイズに切って口に運ぶ。
     
    「なはは」
     
     嬉しそうにニキが笑った。
     
    「燐音くんって本当に幸せそうに食べるから大好き」
     
     だから嫌だったんだ。コレの幸福感に抗えない理由が、ニキが作ったからなのか、食材と調理方法によるものなのかが解らないから。
     でもまぁ、結局この料理を作るのはニキしかいないだろうから、いいか?
     

     
     
     
     
     
     
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💗💖💖💖💞💞🌠💞💖💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works