ありえたかもしれない別れ「アムネシア、なんで俺が今怒ってるか分かるか?」
「……騙していた、からでしょうか……?」
「そうだ」
重苦しい空気の中、対面して座っているのは警察第1課からドロ課に共に移動したパートナーであり、スパイの隠れ蓑としてそばにいさせて貰った相手である警察の、葛城志狼だ。
騙されていたから怒る。
その感情の表れを理解できないものの、察することができる。だって、私には、感情のデータが整っているから。なぜかは分からない。けれどこれだけはずっと持っていた。
志狼さんは私を疑っているらしい。他になにか黙っていることはないかと。今の私は信頼ができないから、信頼できる何かが欲しいと、志狼さんはそう、私に乞うているのだ。
「……初めから、です」
「初めからってのは、あの廃棄所で出会った時のことか?」
「はい」
グッと握り締めているその拳から、怒りが見て取れる。
志狼さんは、相当怒っているようだ。
……それは、そうだろう。
だって、信頼しているパートナーが自分を騙していたのだから
ふと、以前大翔さんとレイさんの3人で話していたことを思い出す。
『私は、信頼されていると感じていますから、その信頼に応えているだけですよ』
自身の言葉が今になって首を絞めてくる。
無いはずの心臓が痛い。しているはずのない息が荒くなる。
グルグルとめまぐるしくデータが脳内を飛び交う。
「私は、あなたの敵ではありません」
「……アムネシア……」
口が、つい、滑ってしまう
「ですが、あなたの味方でもありません」
志狼さんの表情が隠されてしまう。
志狼さんは私より小さい。だから俯けばすぐに顔が見えなくなってしまうのだ。他にわかる場所があるか、と探るように見ていれば、志狼さんは急にその場を立つ。
「志狼さ__」
「アムネシア」
「っ、はい」
「俺は、お前を信頼できない」
そうして、扉に八つ当たりするかのように激しく扉を閉めて出ていった。
私は、何故か、ぽっかりと穴が空いたような、なにか失せ物をしたかのような感覚に見舞われた。
志狼さんの言葉が脳内を駆け巡る。
どうして。バレてしまえば、こうなることはわかっていたはずなのに。
どうして、私はアンドロイドなのに。
__どうして、こんなにも、"悲しい"のか
両手で顔を覆う。
出ないはずの涙が出ているような気がした。
出ないはずのしゃくりが、出ているような気がした。
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません」
「申し訳、ありません……申し訳っ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……志狼さん……!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!!」
「あなたに見つけてもらわなくては、私はこの場にいなかったかもしれないのに……! 」
「あなたに名前をつけてもらったのに……!!」
「あなたの、パートナー、なのにっ……!!!」
「ごめんなさい、志狼さんっ……!騙して、ごめんなさい……!」
_____許してなんて、言いません
_____助けてなんて、言いません
_____そばにいて欲しいなんて、言いません
__だって、私は……あなたを裏切ったアンドロイドですから__
__だって私は、あなたの敵であり、味方ではないのですから
_____でも、安心してくださいね
_____あなたに、志狼さんにどう思われようが、
「__私は、この身にかえても、あなたを……志狼さんを__」
「_______護って、見せますから……______」
そっと、機体の見えないところに『amnesia』と彫る。
忘れないように、隣には『841』とも。
私は、こころとキョウの『841』であり、
私は、志狼さんの『amnesia』だ。
これは、たとえ世界が滅びようとも、変わらない
大丈夫。私はあなたを護ります。
たとえ、あなたに拒まれたとしても。
だって、パートナー、ですから