アムネシアのその後さらさらと木々の擦れる音。
さくさくと誰かの土と枯葉を踏む音。
場所は____破壊された研究所。その中にある、中庭のような場所。
そこの大きな木の下で、1人の女性___いや、アンドロイドが静かに座り、1枚の画用紙を眺めている。
その表情は悲しげで。今にも泣き出しそうな、悔しそうな……アンドロイドが持つはずのない感情を露わにして、そこにいた。
「……ごめんなさい。助けられなくて、ごめんなさい」
ポツリと呟いた彼女の言葉は、誰にも届かない。
なぜなら、彼女が伝えたい人々はもう既に、死んでしまったのだから。
「……私は、私の持つ感情のデータを、どのように処理すればいいのでしょうか……人であった心たちは、どのように判断するんでしょうね……」
吐き出された言葉たちは、いつも誰かを支える気丈な言葉ではなく、紛れもなく彼女の弱音だった。
弱々しく大きな体を縮め、か細い声で虚空へと話しかける。
思い出されるのは、この場所でまだ子どもであった5人が彼女の周りで楽しく談笑する姿と、黒田大翔を殺せず、救おうとする姿。
どれも彼女が苦しむ材料であり、彼女が助けることのできなかった者たちの姿であった。
「……841?」
ひょっこりと顔を出したのは美しいチェリーピンクの髪を高くふたつに結ぶ白のローブを着た少女が顔を出す。
その声に気がついた彼女は、今までの弱々しさをうちに潜め、いつもの優しい笑みへと変える。
「リト。どうしたんですか?ここまで来て」
「志狼が841を探してるって。……大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「……841が、大丈夫なら、いいけど……」
少し俯いてしまったリトに近付き、しゃがんで目線を合わせる。
少女の顔は、とても心配そうで、不安でいっぱいであるかのような表情だった。しかし彼女がそばによれば、しっかりと目をあわせてくれる。
そこが、リトの強いところなのだろう。
彼女は不安がるリト抱き抱え、バイクのある入口だった場所へと向かう。そして、1つの質問をする。
「……リト。私は、私の持つこの感情のデータを、どうするべきでしょうか」
その質問に、リトは少し黙り込む。しかし考え込んだのは数秒で、すぐに口を開いて答えを出す。
「捨てないで、持ってるべきだと思う」
「……それは、何故でしょう」
「だって841、志狼と会ってから段々と親しみやすくなってるんだもの。私はこっちの841が……まぁ、好きよ」
その言葉に、彼女は少し驚いたようにリトを見る。
リトは少し気恥しそうにしながら、言葉を続ける。
「841がスパローに来たばっかりの頃。その頃は本当に感情がなくて、少し怖いなって思ってたわ。でも、841がスパイとして警察に潜り込んでから、段々と感情の起伏が出てきて……その……」
「人間らしくなった、ですか?」
真っ直ぐリトを見つめるその瞳は、アンドロイドのように無機質で、しかし人間のように感情が顕になっている。
彼女は、いま、どこにいるのだろうか。
人?それとも、アンドロイド?
それは、彼女にもわからない。けれど、彼女にも言えることはあるだろう。
「そうね。人間らくしくなって、私たちも気軽に話しかけやすくなった」
「……きっと、志狼のおかげでしょう。志狼の周りは……いつも賑やかですから」
そういえば、そうね、とリトが笑い、つられるように彼女も笑う。
そして先にリトを帰らせ、人目のつかない場所を走りながら零す。
「志狼は、私のことをどう思っているのでしょうか」
「私は……志狼をどう、思っているのでしょうか……」
「……感情を正しく理解すれば、わかるのでしょうか……」
___けれど。私のこの、護りたいという感情は、嘘偽りない。
___なら、いつかわかるのかな
___わかったら、いいな……