ヴェスコルピの過去ヴェスコルピのいた集落では、「不治の病にかかった者は、仲間が苦しんで死ぬ前に殺してやる」という習慣があった。
彼は集落で一番の体躯と強い毒を持っていたので、たくさんの仲間の"介錯"をした。
当たり前だが、介錯の相手は基本的に老人が多かったので、彼はあまり罪悪感に駆られることなく…むしろ前向きな気持ちでこの習慣に習っていた。彼らを苦しみから解放してやれるのだから。
…話は変わるが、彼にはずっと片想いしていた幼なじみが居た。
幼なじみの名前はジュバ。キツめの顔付きや、無愛想な性格から同年代にあまり馴染めていなかったヴェスコルピにも積極的に関わっていく、朗らかで優しい少女であった。
…ーいつだかの会話。
「ヴェスコルピ〜!おばあ様の介錯、お疲れ様。」
「うォッ!急に背後から話しかけてくるんじゃねェよ。」
「うふふ、今日も相変わらず無愛想ね!」
「ングッ!鼻を摘むな!!」
「どうだったの?おばあ様の最期は。」
「ア?…まぁ、なんだ。安らかに…逝ったよ。そもそもほぼ死にかけだったしな。」
「コラ!言い方!」
「うるせェな、おまえが訊いてきたんだろうが!」
「それはそうだけど〜…まぁ、それなら良かった。」
「??はァ?」
とさりと軽い音を立ててヴェスコルピの隣に彼女が座る。…そして力を抜いていた彼の手の甲に、一回り小さな彼女の手が重なる。
「ッオイ?!?!なんだよ?!?!」
好いた女性に急接近され、少年・ヴェスコルピの心臓は飛び上がる。
「ヴェスコルピ…」
「…ッッ…!!」
まつ毛が長くて鼻筋の通った綺麗な顔が近づいてくる…わけも分からずとりあえずギュッッと目を瞑った。
「…一つさ、お願いがあるの。」
「…ア??」
唇が重なるでもなく、突拍子もない言葉を投げかけられた。
「私がさ、病気でダメになっちゃった時は…ヴェスコルピに楽にしてほしいな。」
「…はァ?…嫌に決まってんだろそんなん、おまえの最期のツラなんて見たくもねぇ。」
「んん〜っ…ねっ!お願い!!この通り!!」
こちらに手を合わせながら深々と頭を下げるジュバ。
「…ッはァ〜…大体なんでオレなんだ。そもそも同い歳だからおまえがくたばる頃にはオレもヨボヨボか死んでるっつの。」
「ウッ…それはそうかも…だけど……最期に見る顔は、ヴェスコルピがいいなって…こんな理由じゃダメ…?」
再び心臓が跳ね上がった。
…ヴェスコルピはジュバが好きで、ジュバもヴェスコルピが好きだったのだ。
もちろんここまで言われれば彼もそれに気がついた。…が、まぁ素直になれない男である。
「〜〜…しゃ〜ねェなァ…」
くしゃくしゃと頭を掻きながらそっぽを向いてそう答えることしかこのシャイボーイにはできなかった。
だが彼女は大いに喜んだ。
「やった〜!!じゃあ…約束ね!」
「ン」
突然、視界が暗くなり、唇に柔らかくて生暖かいものが触れた。
……キスだ。
「…ふふ。じゃあね、また明日!」
ヴェスコルピの唇を奪った張本人は、顔をほんのり赤らめながら微笑み、そのまま軽い足取りで去っていった。
「………………〜〜クソッッ…好きだ…」
なんだかんだで言えなかった3文字をぽつりと呟いて、ヴェスコルピは暫くそこで初めてのキスの感触に浸っていた。
…ーそれから数ヶ月後。
まぁお察しの通りで、ジュバは不治の病に罹った。というか彼女は自分の身体のことだから、約束をした時点でなんとなくわかっていたのだろう。
日に日に彼女の呼吸音は小さくなり、全身がやせ細っていく。ヴェスコルピより一回り小さかった身体は、今では一周り半ほど小さくなったように思える。
ヴェスコルピは毎日寝たきりの彼女の見舞いに行った。
その度にか細い声で彼女が言う。
「…ね、ヴェスコルピ…約束、忘れてないよね…?」
「…あぁ、あぁ。覚えてる、ちゃんと覚えてる…ただ、おまえの病気はまだ治るやつだろ。なんか間違いがあったらいけねェから、まだ介錯はしてやれない。」
真っ赤な嘘だ。病気が治らないものであることなんて、そもそも彼女が一番わかっている。自分の体の事なんだから。
それでも、…それでも。
ヴェスコルピは、彼女が死ぬところを見たくなかった。彼女の死に、手を貸してやりたくなかった。
彼女に少しでも長い間、生きていてほしかったのだ。
…そんな思いとは裏腹に彼女はどんどん弱っていく。
もう、言い逃れもできない所まで来てしまった…。
ーそうして、ヴェスコルピは自分の毒で、ジュバの"介錯"をすることとなった。
…
ジュバの葬式。たくさんの人が集まって、彼女の死を憂いた。ヴェスコルピもちろん、そこにいた。
…一つの声が耳に入った。
「あいつ、ひどいやつだな。ジュバはあんなに苦しんでたのに、なんでさっさと介錯してやらなかったんだ?」
ヴェスコルピは気づいた。
結局、ジュバを生かしてやりたいという気持ちも、ただのワガママだ。…最後まで、彼女のことを死なせたくなかった。その結果、彼女は誰よりも病気と、中途半端に盛られた毒で長く苦しむこととなった。どうせ最初から長くない命だったのに…彼女を1番苦しめて殺したのは、自分だ。
…
それからヴェスコルピは集落から、自分の役目から逃げた。一度罪悪感を抱いてしまえば、もう誰の"介錯"もしたくないと思ってしまったから。
家族も友達もいない彼は唯一の光を自分で消してしまった。何度も…何度も死を望んだ。しかし、自分は罰を受けるべき存在なのだ。…生きなければいけない。彼女を苦しめて殺した業を背負って。彼はせめてこの忌々しい能力を手放すために、宇宙船に乗り込んだ。