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    仁川にかわ

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    仁川にかわ

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    付き合ってない学パロっぽいにょたゆりブネです!!!
    パス外しました!

    無理な相談 部屋を開けた瞬間、ツン、と鼻に染みる臭いがした。思わず眉を顰める。その正体であるボトルに視線を流し、勝手知ったる他人の部屋の窓を開けた。
    「換気しろよ。シンナー臭え」
    「忘れてたんだよ」
     黒い革張りのソファを背もたれに、床に胡座をかいたブラッドリーが除光液の染み付いたコットンを投げ捨てた。見事にゴミ箱へスローインされたコットンは、濃いピンク色で汚れている。昨日までブラッドリーの爪を彩っていた色だ。
     爪やすりと、除光液のボトル。コットン。数種並べられたマニキュアの小瓶。上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、ブラッドリーは爪の形を整えている。長く伸ばして野生の獣のように尖らせた指先は、短く切り揃えたネロの爪とは正反対だった。
    「なあ、次どれがいいと思う」
    「どれでもいい」
    「つれねえなァ。じゃ、好きな色は」
    「だから、どれでもいいって。あんたの好きにしろよ」
     角の擦り切れたスクールバッグを乱雑に置く。ソファに寝転がったネロに、ブラッドリーは尚もなあなあと声をかけてきた。
     年頃の女として、そういったものに興味がないわけではなかった。だが料理の邪魔になるし、ネロにとっては己を飾り立てることが何となく気恥ずかしくもあったので手を出したことはない。クラスメイトの女子が薄桃色のつやつやした爪をしていたり、キラキラの小さな石を貼り付けていたりするのを綺麗だなと思って見るばかりである。
     ブラッドリーもそれなりに化粧品を揃えてはいるが、それはお洒落のためというより戦化粧のようなものであった。印象的な大きな瞳を強調させる黒い跳ね上げアイライン。蝶の羽が瞬く様に似た、上向きにカールしてマスカラで補強した睫毛。光を反射して輝く、ラメ入りのアイシャドウ。強気な血の色のリップ。ともすれば厚化粧にもなりかねない色遣いは、ブラッドリーの顔立ちにはよく似合っていた。
     化粧は女の鎧だ、といつか言っていた気がする。それは爪も例外でないらしく、血色を良く見せるための薄い色でなく真っ赤であったりはたまた真っ黒であったりと、週替わりでブラッドリーは指先をカラフルに変えていた。
     どうせ喧嘩をして拳を使えば割れるなり剥げるなりするのだから、そうやって整えても無駄なのではないか、と思うのだが、ブラッドリー曰く「わかってない」らしい。
     そんなものはどうせ脱ぐからとベージュの下着で閨に挑むようなものだ、だとか。もっともらしく言われるとわからない気がしなくもないが、予想外の下品な例えに背中を蹴飛ばした記憶がある。
    「なーあ。こっちとこっちなら、どっちがいい」
    「しつけえな……じゃあ、右のやつ」
    「ん、こっちな。なあ、終わったらお前のも塗ってやろうか?」
    「いいよ。似合わねえし、飯作んのに邪魔だ」
     二つに絞られた選択肢の内、より色の深い方を指差した。何がそんなに嬉しいのか、ネロが選ぶとにんまりと唇に笑みを浮かべキャップを開ける。小器用に刷毛で塗っていく様は、常になく大人しい。ネロは豪快で粗野な女がちまちまと手を動かすこの時間が、存外に嫌いではなかった。
     ブラッドリーは模様を描いたり飾りを乗せたりするタイプではなく、必ず一色で塗る。形は綺麗に整えているのだからサロンの広告なんかで見かけるネイルアートも似合うと思うのだが、指が重たいのは調子が狂うらしい。よくわからない感覚だ。
     両手とも、はみ出しもなくワインレッドに染まる。ふう、と息を吹きかけて乾くのを待つブラッドリーの髪を一房取って弄んだ。爪が乾くまではブラッドリーは身動きができないのだ。
    「あ、こら。今動けねえんだから、後にしろよ」
    「動けねえからだろ」
    「こういうときばっか構ってくんだよな、お前。素直じゃねえの」
    「うるせえ」
     悪態をついて、髪をぎゅう、と強く引っ張る。痛え、と文句を言うのに溜飲が下がった。
     整髪料の落とされた髪は、柔らかく触り心地がいい。あちこちに跳ねる癖毛は、硬そうに見えてそうでもないのだ。手触りは産まれたての仔猫のようで、女豹とまで呼ばれるブラッドリーの印象とは随分とギャップがあった。
     紫がかった黒と灰銀の髪に、ホワイトタイガーの赤子なんかはこんな感じなのだろうか、と想いを馳せる。いつか、修学旅行で行った動物園にいたホワイトタイガーは、ブラッドリーにそっくりで含み笑いをしたものだ。こっそり土産物コーナーでホワイトタイガーのぬいぐるみを買ったが、未だタグも切れないままクローゼットの奥に眠っている。本人にバレたら揶揄われること必至であるし、買った意図を思うと余計にバレたくはない。
     一人で恥ずかしい思い出に赤面していると、ようやく両手が自由になったブラッドリーが、ネロの腕を捕まえた。バランスが崩れ、ソファに後頭部が沈む。ハーフアップに結えた髪の結び目が、少し乱れた。
    「ネロ。今日、泊まってくだろ?」
    「……まあ、そのつもりだったけど」
    「飯、フライドチキンがいい」
    「またかよ。肉以外も食えっての」
    「草以外なら考えんこともない」
    「野菜を草って言うな。サラダも食え。太るぞ」
    「太ったとこ見たことあるか?」
    「ねえのがムカつくんだよな」
     出るところが出て締まるところが締まっているスタイルは、誠に遺憾ながら完璧なプロポーションだった。たわわに実った乳房は張りがあって上向き。それなのに腰は折れそうに細い。すらりと伸びた長い脚は贅肉など無縁だ。
     あちこちに傷をつくり鼻の頭にも大きな目立つ傷痕があるものの、肌も毛穴なんか見えないほどきめ細やかで、吹き出物ができたことなど、ネロが知る限り一度もない。本人はストレスを溜めないのが一番と宣うが、脂っこい肉料理を毎日のように食べていてこれとは些か納得がいかない。
     えい、と八つ当たり気味に薄いキャミソールの上から片乳を揉んだ。ブラジャーもつけていない感触は、やはり腹立たしくも柔らかい。
    「はあ、もう、栄養全部胸に行ってんのかな」
    「雑に揉むなよ。てめえもいいの持ってんじゃねえか」
    「うおっ」
     お返しと言わんばかりに、ブラッドリーがネロの胸を鷲掴んだ。やたらとねちっこく揉みしだかれ、腰の辺りがざわつく。細い指がカッターシャツに皺を作る光景に、妙な気分になった。
    「揉み方が変態臭い」
    「ンだと。テクニシャンと言え」
    「馬鹿」
     脚を振り上げて背中を蹴る。ぱっ、と離された手に安堵した。変に速まる鼓動を悟られたくなかったからだ。何てことのない戯れであるのは百も承知だが、ブラッドリーはネロのパーソナルスペースを無視したスキンシップをするので困る。嫌悪感があるでもなく、満更でもなく思ってしまうから、余計に困るのだ。
    「……お前、エッロいパンツ穿いてんのな」
    「あ?」
     ブラッドリーの唐突な台詞に眉を顰める。下半身を見遣ると、脚を上げたことにより短いスカートが捲れて下着が丸見えになっていた。咄嗟に隠すも、まじまじと見られた後では遅い。
     今更下着を見られたとて羞恥心など抱かないが、卑猥な形容詞を使われると気恥ずかしくもなる。スカートを押さえたまま二度目の蹴りを喰らわせた。
    「いってェ!」
    「人のパンツを品評してんじゃねえよ。別に、エロかねえし」
    「どう見てもエロいだろ。紫のサテンに黒レースって。ドスケベじゃねえか」
    「ドスケベ言うな!」
     言い返すも、実際無感情に購入したものではないから反論は苦しかった。たまたま、いつも使っているブランドの通販サイトで見つけ、何処かの誰かが着けていそうなデザインだなと、気付けばカートに入れていたのだ。
     泊まる予定の今日着けてきたのは全くの偶然である。これは、ネロの失態だ。
     いつもは機能性重視のシンプルなものか、淡い色の特別レースだのリボンだの縫い付けられていない地味なものを選んでいる。たまたま、たまたまだ。出来心というやつだ。
    「上も同じの?」
    「おい、捲るな。同じだったら何なんだよ」
    「エロいなって」
    「エロくねえっつの! 捲るな!」
     確かに上下セットであるが、何故自分はこの女に押し倒され服を脱がされかけているのだろうか。抵抗しようにも、力勝負ではブラッドリーには勝てない。太腿に腰を下ろされ、腕を封じられたらネロには打つ手がなかった。
     いっそのこと一息にひん剥いてしまえばいいのに、勿体ぶって焦らして裾を持ち上げるものだから黙り込むしかない。深紅の爪が腹に当たり、反射的にひくつく。何だこの空気は。何だこの居た堪れなさは。それもこれも、ブラッドリーの厄介な好奇心と無駄にダダ漏れな色気が悪い。
     とうとう中に着込んだTシャツが鎖骨までたくし上げられ、ネロは顔から火が出そうだった。不埒な手の持ち主は、口を開かない。
    「……何か言えよ」
    「いや、お前さあ……」
    「何」
     頬が熱い。視線にも灼かれているようで、皮膚がピリピリする。馬乗りにのしかかったブラッドリーを睨め付けるが、ブラッドリーは何故だか困ったような顔をしていた。
    「何でまた、そう、やらしい顔をするワケ」
    「……意味わかんねえ。思春期かよ」
    「年頃のせいじゃねえよ」
     ブラッドリーは嘆息した。しかしながらこの体勢も乱された衣服も邪な目でなくとも艶かしいシチュエーションではあった。
     ネロとしてはそういった表情をしているつもりなど一切なかったが、ブラッドリーからは「やらしい」ように見えていることに体温が上昇する。掌で顔を隠し、見るな、と呟いた。蚊の鳴くような声だった。
     二人が閉口すると、途端に静かになる。とっくに拘束は緩められていたが、どうしてか身を起こせない。たくし上げられた服もそのままに、荒くなりそうな呼吸を抑える。
     ごくり、唾を飲み込む音が大袈裟に響いた。指の隙間からちらりとブラッドリーを覗く。
     目なんか合うはずない、と油断していた。
     熱っぽく、溶けたキャンディーみたいなピジョンブラッドがネロを射抜いている。ひくり、喉が引き攣った。
     ──そっちの方が、よっぽどやらしい顔してんじゃん。
     言い返す言葉は、声にはならない。下手にこの時間に針を刺せば、何処へ転がるかわからない。物音一つでも、瞬き一つでも、全てが切っ掛けとなり得る。
     手の甲を掠める吐息は、熱く湿っていた。濡れた瞳はお互い様。
     空気が揺れる。ブラッドリーが、近い距離を更に詰めた。腕が動く。近づいてくる。その様子が、スローモーションに映る。
     そっと首筋に添えられた指先には、赤。
    「……ッ、ぶら、っど」
     どうして名前を呼びたくなったのか、わからない。勝手に口が動いていた。鼓動が速まる。何か、大切な一線を踏み外そうとしている。それだけはわかっていた。
     ブラッドリーの唇が、ネロ、と、そう囁く形に変わった。その瞬間。
     キンコン、キンコン。
     間抜けな呼び鈴が鳴り、扉を叩かれた。
    「ちわっす、宅急便でーす!」
     外から、威勢の良い、元気な声がする。ブラッドリーとネロは顔を見合わせて固まった。
    「…………」
    「……だってよ」
    「……おー」
    「……出ろよ」
    「……おー」
     生返事を繰り返すブラッドリーを無言で急かすと、のろのろと立ち上がり玄関へ向かった。元気そうな青年の悲鳴が聞こえた気がするが、聞こえなかったことにする。完全に雰囲気に押し負けていた先ほどまでの己を思い返し、ネロは膝を抱えた。脱げかけのTシャツも元に戻し、顔を手で扇いで頬の熱を冷ます。
     ああ、何だったというのか。
     昔馴染みで、幼馴染の腐れ縁。相棒だとか、何だとか。ありきたりな名札をぺたぺたと貼り付けて中身の見えなくなっていた関係性が、突如色を変えるような。あるいは一頭目立つ名札が貼り付いたかのような。
     自分も、奴も、どうかしていた。否、どうかしているのは今に始まった事ではない、か。
     兎にも角にも戻ってきたブラッドリーをどうやって迎えたらいいのか判別つかず、キッチンに逃げ込んだ。流しの下、隅っこでまた膝を抱えて丸くなる。
    「……今日、本当に泊まるのか……?」
     逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、そういえば泊まる予定だったのを思い出した。やっぱ無しで、と言うのもこちらが気にしているみたいで癪である。しかし、何事もなかったように振る舞うには冷静になるための時間が足りない。
     苦悩するネロは、背後に歩み寄る影に気付かなかった。ふと、頭上から降ってきた長い髪は白黒の斑。カーテンか、檻のように左右を阻んでネロを逃がさない。心臓がひやりと凍った。
    「ねーろ」
    「……な、に」
    「まさか、帰るって言わねえ、よな?」
     ネロの胸中を読み透かしたブラッドリーの問いかけに、無言を貫く。イエスか、ノー。改めての確認に許された返答は二択。だが、実質は一択だ。副音声で、逃げるな、と聞こえてくる。いっそ無視してしまおうか。そんな思考が過ぎるが、にっちもさっちも面倒なことになるのは確実だった。
     紫のパンツを穿いてきたばっかりに。
     下半身を覆う布切れを恨む。元々は買わなければいい話なのだが、出来心をコントロールできないのが人間というものである。
     ああ、うう、と小声で呻く。一向に返事をしないネロに焦れて、ブラッドリーがまた名前を呼んだ。
    「なあ、ネロ」
     拗ねたような、子供っぽい声。ネロは、時折ブラッドリーが出すこの声に弱い。いつも強気で堂々として、傍若無人に振る舞う姿からは想像もつかない甘えた一面は、ネロにしか向けられない。それがどれほどの優越感か、本人は知るまい。
     屈するな、と自分を叱咤するも、自己暗示が必要な時点で殆ど負けている。結局は拒めないし、逃げられない。抗えない。逆らえない。心の奥底では従うことに悦びを見出しているからだ。わかっていて、否定できないでいる。
    「か、帰ら、ない。帰らない、けど……」
     もごもごと口籠もりながら答えを出す。背後の、しょぼくれた犬のようなオーラがぱあっと輝く。胸の柔い部分をぐさぐさと刺され、ネロはぐう、と唸った。
     それでも、言わねばならないことがある。息を吸って、吐いて。ブラッドリーを見上げた。
    「パンツのことは忘れろ」
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