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    CitrusCat0602

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    二話目

     目を覚ます。傍らにはいつの間にやら戻ってきたらしいマガミがいて、シロヘビのことを覗き込んでいた。

    「……起きたね、おはよう!」

     彼女は瞳を瞬かせてにこりと笑い、そう声をかける。シロヘビはしかしそれに返事することもできず、ただおえ、と胃の中身を吐き戻した。胃の中には固形という固形は入っていなかったので、ただただ胃酸を吐き出すだけに終わる。煙で爛れた喉にはそれでもつらかったのだが。マガミは暫くぽかんとした後、慌てて部屋を出る。
     それをぼやけた視界で見送って、シロヘビの意識は再び沈んだ。

     炎の中を走る夢を見ている。自分に沢山のことを教えてくれた、優しい罪のない人たちが、自分のせいで死んでいく。シロヘビは足を止めた。炎がまるで蛇のように自分を飲み込もうと迫ってくる。しかし、けれど、自分はそうなるのがお似合いの存在であるように思えた。

     目を覚ます。見覚えのある、しかし見慣れてはいない天井が見えた。心臓の辺りがひどく重苦しくて、は、とシロヘビは呼吸をする。全身の感覚が鈍く、そのおかげで全身が少しも動かせないほど重く感じた。思考に靄がかかったように、状況の把握ができないでいる。ただただぼんやりとしていれば、微かに話し声が聞こえた。一方はマガミの声で、もう一方は聞き覚えのない少女の声だ。

    「喉の中が煙を吸っちゃったからかな、火傷してるみたい。あと裸足で走ってたから、足に切り傷があったよ。」
    「そっか……、処置ありがとう。来て早々ごめんね」
    「いや、気にしないで。元々ここでは医者として働かせてもらおうと思ってたしさ、ただ……外傷自体は私がどうにかできるけど、話を聞いた限り、嘔吐の方は心因性だと思うし……」

     と、何やら話していたところで、シロヘビが起きていることに気づいたのだろう少女が顔を覗き込んでくる。焦げ茶の髪に青いメッシュ、ウサギの髪飾りを付けた少女だ。

    「おはよう、あー、私は蒼空鈴っていうんだ、よろしくね。それで、喉の調子はどう?」
    「……。」

     シロヘビはどこかぼんやりとそれを聞いている。言葉は聞こえているが、上手く考えが纏まらないので、ただただ無言でじっとスズを見つめていた。それを見つめ返し、彼女は何を思ったか手を振る。シロヘビはそれを何となく目で追った。それを確認すると顔を上げ、マガミを見やりやはりと首を振る。

    「……少なくとも、意識はあるみたいだ。ただ、やっぱり反応が鈍いね。」
    「反応が鈍い?」
    「トラウマからだと思うけど、かなり心を塞いでるんだよ。戦時ではよくあるとは言っても……ここまで話かけても反応が返ってこないのは稀かなぁ」

     現状、打つ手がないというのが正直なところだ。マガミが心配そうに子供を見る。スズもまた同様にシロヘビを見た。視線の先で、シロヘビは相変わらずぼんやりと二人を眺めている。何かのきっかけを待つか、時間をかけるしかない。
     その日から、シロヘビの部屋を訪れる誰かしらは、子供に沢山話しかけるようになった。しかし、シロヘビが彼らの言葉に返事を返すことはなく、そんな状態が数日、数週間、一ヶ月と続いた。



     そして、そんなある日の夜。ふと風に頬を撫でられてシロヘビは目を覚ます。ベッドに突っ伏してマガミが眠っているのが見えた。そして、彼女からベッドを挟んで反対側、自分の隣にある窓が開いているのを確認する。そこから風が入り込んでいた。手が暖かい何かに包まれているので、シロヘビはマガミのつむじから自分の手に視線を向ける。少女の白い手がしっかりとシロヘビの手を握り込んでいた。

    「いつになったら喋るようになるのでしょうか」

     凪いだ青年の声が聞こえる。シロヘビはもう一度視線を動かし、声の主を見た。窓から差し込む月光を避けるように、その青年は闇の中に立っている。シロヘビはその青年がアノニマスと名乗ったことをぼんやりと思い出した。未だ考えは纏まらないものの、マガミたちの努力は少しずつ功を奏している。夜の女神の眷属であるその青年は、ただただ輝く緑の瞳でシロヘビを見つめていた。

    「……マガミさんがあなたたちを慈しむ気持ちが、私には理解できません。」
    「……」

     ただ静かに、青年はそう口にする。心底理解できない、と、大してそう思ってなさそうな無表情でもう一度そう言った。シロヘビの返答がまたしてもないので、しかし、とため息を吐くようにまた青年は口を開く。

    「……しかし、マガミさんが望むなら私はそれに協力せざるを得ない。……マガミさんや私たちの献身を、どうか受け取ってくださいね」

     では、おやすみなさい。そう微笑むと、彼はそのまま闇に溶けるように姿を消した。シロヘビは彼がいなくなっても変わらずそこを見つめていたが、やがてぱたんと窓が閉まる音に目を上げる。窓枠に絡みつくようにあった黒い影が、部屋の影に消えていくのが見えた。

    「くしゅっ」

     マガミがくしゃみをするのが聞こえる。シロヘビは布団をかけてあげなきゃ、と思って身体を起こした。随分長い間動いていなかったので、きっと上手く動けないだろうな、なんてぼんやりと考える。しかし、先ほどの黒い影のような何かが手伝ってくれたので、シロヘビは思っていたよりも楽にマガミに毛布を掛けてやることができた。
     ぽふん、とベッドにもう一度横になると、いい子と褒めるように頭を撫でる感覚がする。影はシロヘビに布団をかけてやると、もう一度部屋の影の中に溶けていってしまった。
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