あなたは喉が渇いているのを感じる。たまの休日に散歩に出たが、行くあてもなくぶらぶらしていたせいで身体が火照っていた。どこかでお茶をしたいな、と周囲に目を向ければ、ユニヴェールと書かれた看板が目に留まる。どうやら喫茶店らしいそこに、ふらふらと足を向けた。木製のドアを開ければカランコロンとベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
ふわりとツインテールを揺らし、ぴこぴこと獣耳を揺らしながら少女があなたを出迎えた。きらきら輝く琥珀色の瞳を何度か瞬かせ、にっこりと彼女は笑う。
「好きな席へどうぞ!」
元気よくそう言って、程々に空いている席を片手で指し示した。温かい色味の店内に足を踏み入れ、あなたは少し考えた後に窓際の空いた席に座り店内を見回す。木の温もりを感じさせる落ち着いた内装だ。奥にはカウンターがあり、その向こうでは先ほどの少女とは違う女性がカップを布巾で拭っている。見た限りでは彼女と獣耳の少女以外に店員らしい姿はない。席に備え付けてあったメニューを手に取り眺めていると、お冷を持って少女がやって来た。注文が決まりましたか? と首を傾げる彼女にあなたはとにかく喉が渇いていたのでアイスティーを一つ注文する。それを聞いてにこ、と笑った少女は手に持ったメモに書き留めた。
「他にご注文は?」
少女がにこやかに尋ねてくる。少しだけ考えた後、以上で、と返事をした。少女は大きく頷き、カウンターへ足早に向かう。くるんと巻かれた尻尾がぱたぱた揺れているのが見えた。それを目で追う。彼女は別の席に座っている少年に呼ばれてそちらへと向かった。
「チコーニャ、僕アイス食べたい」
「はー?自分でガラークチカさんに頼むっすよ」
「えー。いいじゃん、ね?僕あんなに下拵え手伝ったんだよ!アイス食べたらお店のお手伝いするしさぁ」
「もー、しょうがないっすね……」
どうやら獣耳の店員はチコーニャというらしい。少年と仲がいいのだろうか、親し気にそう言葉を交わした後またカウンターに向かうのが見える。それを眺めてからあなたはぼんやりと外の風景へと視線を移した。この後少し涼んだ後はどうしよう、と頬杖をつく。
「お待たせしました~!」
チコーニャの明るい声と共に机にアイスティーが置かれた。それと一緒に伝票を置き、ごゆっくり!とまた少女が無邪気な笑顔を見せる。それに軽く会釈をして、あなたはアイスティーのコップを手に取った。ひやりとしたガラスが熱っぽい手のひらに心地よい。そのまま口に運べば、紅茶の良い香りが鼻腔を満たしていく。ごくり、と嚥下すれば冷たい液体が食道を通り過ぎ胃に落ちていった。美味しい。身体が冷えると同時に水分を求めていたことを実感して、一気にグラスを傾けた。
水分不足と暑さでぼんやりしていた頭がすっきりとする。ふー、と深く息を吐きながら、この喫茶店は当たりだなと満足感を覚えた。それにしてもこのアイスティーは何の茶葉を使っているのだろう、紅茶に詳しいわけではないのでわからないがフルーティーな爽やかで甘い香りがしている。ちらりとカウンターを見ると、その奥の女性がこちらの方に顔を向けていた。自分が見られていることに気が付いたのだろうか、にこ、と微笑んでくる。それにあなたは愛想笑いを返し、そっと目を逸らした。何となく気まずくなって、コップの中のアイスティーを呷る。
「これもどうぞ」
店員の少女が何かを差し出してそう言ってきた。サービスです、とウインクして、あなたが何かを言う前に少女はカウンターの方へ戻る。机の上に置かれたものを見ると、そこには犬の形のキャンディーが置いてあった。飴玉にしては少し大きなそれは茶色い包み紙に包まれている。
あなたはそっとそれを摘み上げた。包み紙をはがすと茶色とミルク色の飴が組み合わさってできた柴犬の顔がこちらを見つめている。可愛らしいそれを口の中に放り込むと、ミルクチョコの甘さが広がっていった。美味しい。ころころと舌の上で転がしながら、また来ようと心に決める。口の中の飴玉がなくなり、アイスティーもすっかりなくなって、さあ今日はもう出ようと立ちあがり伝票を持ってカウンター横に置いてあるレジスターの前まで進んだ。アンティーク調のそれとその前に並んだ紅茶の茶葉をしげしげと眺めていれば、カウンターにいた女性が近寄ってくる。
「お会計ですね?」
あなたはこくりと頷いて伝票を差し出した。それを受け取り打ち込もうとする彼女に茶葉を一つ購入することを伝えれば、にこりと微笑まれる。
「先ほどお客様が飲んだ茶葉は桃色のパッケージのものです。そちらをご購入されますか?」
それを聞けば、あなたはそうします、と答えて一つ手に取り彼女に手渡した。彼女は慣れた仕草で小さな袋にそれを梱包する。そして今度こそレジスターに値段を打ち込み、代金を提示した。それを支払い、小袋を受け取って、あなたは喫茶店のドアを押し開く。ありがとうございました、という女性の声を背に、あなたは再び町の中へと足を踏み出すのだった。