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    CitrusCat0602

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    CitrusCat0602

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    厄災ルート直前のプロチコです
    誤魔化し方をしくじるプロさん(よその子)と立ち尽くすチコ

    一足遅い決意 雨が降っている。雨脚が強くなりつつあるのに気が付いて、これから帰宅するというのに全くついていないとプロキオンはため息を吐いた。遠くの方でごろごろと音がするので、この分だとじきに雷雨になるだろう。さっさと帰るに限る、と踏み出した靴が水溜まりを揺らした。
     雨に打たれながら走る車を横目に歩く。幸い傘は持ってきていたものの、風に煽られた雨粒のおかげで足元やらなんやらは濡れている。何かしら処理をしておかないと明日まで靴が濡れているだろうことに気が付いて、またうんざりとした気持ちを吐露しないように飲み込んだ。ふと前方に見覚えのある小さい背中を見て足を止める。何故だか傘も差さずに突っ立っているのをしばし眺めるが、少女が一向に動かないので恐る恐る近づいて声をかけた。

    「チコちゃん?」

     ざあざあと雨が地面を叩く音が響く。少しの間の後チコーニャはゆっくりと振り向いた。その顔はぼんやりとした表情を浮かべていたが、やがて焦点が合いはっきりとこちらを認識する。どのくらいの間雨に打たれていたのやら、布も髪も随分と水を吸っていた。

    「傘も差さんで何しとるん?」
    「落ち着くから、雨に打たれてたっす」
    「落ち着く……?」

     チコーニャはにこりと笑う。彼女にしては随分と色のない笑顔だったものだから、プロキオンは何となく落ち着かない気持ちになった。かと言って彼女に必要以上の優しさを注ぐことがどういう事態を招くことになるかということを考えると、最近はどうにも何をすればいいのか分からない。とりあえずいつものように当たり障りのない言葉を吐こうと口を開く。

    「雨に濡れてたら風邪引くで」
    「……」
    「……なんかやなことあったんか?チカさんと喧嘩したとか、そういうのならおにーさん一緒に謝ったるから……」
    「どうしてダメなんですか」

     これくらいはと思って原因を問えば、そんな言葉が返ってきた。プロキオンは言葉を詰まらせる。彼は随分と頭が良いので、チコーニャの問いの意味がわかっていて、けれどそれに本当のところを答えることができなかった。目を逸らしていたい過去の話など、目の前の少女にできるはずもない。数分の間黙り込む。チコーニャの目を見ることができないので、プロキオンは静かに傘で顔を隠した。

    「……チコちゃんはほら、子供やし、チカさんも心配なんやろ」
    「……は?」

     少女の方から素っ頓狂な声が飛んでくる。誤魔化そうとしている自覚があるプロキオンは思わず傘を握る手を強くして、不自然に口角を上げながら捲し立てるように続けた。

    「チコちゃんのことやし、お店のお手伝い頑張り過ぎとか、そーゆーことでチカさんに言われてムッとしたんやろ?責任感強いもんなあ。お姉ちゃん気質っつーやつ?偉いけど我儘の一つも言わんのは子供らしくなくて確かにまあ心配にもなるわな」
    「何の、話を」
    「まーそれについては僕も心配やわ、いつもチコちゃん忙しないし。こないだだってずっこけて泣きっ面しとったし?無理のし過ぎでいつか倒れたりとかしたらえらいこっちゃで」
    「プロキオンさん」
    「まあまあ、そういうことならおにーさんに任せとき、適度にサボるのは得意やし」
    「プロキオンさん!」

     雨粒が地面を叩く音がする。プロキオンは傘の向こうにいる少女の両手が、ぎゅうぅとぐしょぐしょに濡れた服を握りしめているのを見た。ぱちり、ぱちりと何かが弾ける音がする。自分を落ち着かせようとしているのか、或いは先ほど声を荒げたせいか、少女は不自然な深呼吸を数度繰り返した。どうやらこれで誤魔化されてくれるほど、今の少女には余裕がないらしい。それに気づいたところで吐いた言葉は戻ってこないので、ただ黙ってプロキオンはチコーニャの言葉を待っている。

    「……なんで、そんなこと言うんすか」
    「……」
    「なんで、何でわからないふりなんかするんですか!?」

     悲鳴のような声が響いた。雨音にも負けないくらいの声量だった。プロキオンは相変わらずチコーニャの顔を見ることができない。また少しの沈黙が落ちる。彼は何かを言おうと口を開いて、けれど結局それを飲み込んでまた誤魔化すことにした。

    「……ごめんなぁ、何のことだかさっぱりわからんのや」
    「……っは、そう、なんすか。そうっすか……。」
    「うん。」

     雨脚が強くなってきた。雷の音は一層近づいて来ていて、ああ今夜は嵐になりそうだなあとプロキオンはぼんやり思う。

    「……ほら、もう帰りや。傘貸したるさかい、また明日な」
    「…………」

     顔が見えぬように傘を押し付けて、プロキオンはそのまま足早に道を進んだ。ちらりと振り向けば、少女は傘を片手に立ち尽くしているのが見える。一体あとどのくらいの間チコーニャがああして立ち尽くしているつもりなのかを考え、漠然とこのままではいけないと思った。本当はカノープスの言う通り話し合うべきなのだとわかっている、しかしその勇気が未だにない。プロキオンはただ帰路を急ぐ。
     ようやく家に到着する頃にはすっかり濡れ鼠になっていて、けれどそれを嘆くでもなくただドアを開け部屋に入った。そうして立ち止まって自分の足元にできた水溜まりを見下ろしながら、ずぶ濡れになっている少女に傘を渡したところで、最早何も意味がなかったことに気が付く。雨水に濡れて張り付く髪をかきあげて、深くため息を零した。

    「……伝えないと」

     そう、伝えないといけない。自分が犯した罪を晒してでも、少女が妹のようになってしまうことは避けなければならない。今度こそちゃんと話し合わなければならないだろうと腹を括る。プロキオンは暫く玄関に留まっていたが、やがてふらふらと浴室へ歩いて行った。
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    元ネタ【https://twitter.com/msrnkn/status/1694614503923871965】
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     子供を含めた四人の席、否や食堂全体で見ても、彼女の使った皿は一目で分かるほど他のどれとも違っていた。大抵の場合、そのままになっているか避けられている事が多いかいしきの笹の葉で、魚の頭や鰭や骨を被ってあった。綺麗に食べ終わった状態にしてはあまりに整いすぎている。此処に座っていた彼女達が東京から泊まりに来た高校生の予約客だと分かった上で、長く仲居として勤めている年輩の女性が『今時の若い子なのに珍しいわね』と、下膳を手伝ってくれた際に呟いていたのを聞き逃す事は勿論出来なかった。
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