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    CitrusCat0602

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    CitrusCat0602

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    できました 捏造盛り沢山
    チコーニャ以外全員よその子です、よろしくお願いします

    胎児の夢 1胎児よ
    胎児よ
    何故躍る

    母親の心がわかって
    おそろしいのか

    **

    誰かが泣いている。ぼんやりとした意識の中、少年は隣を見た。そこにいる少女の顔をした化け物は、楽し気に笑いながら哭いていた。どこかで見たような顔で、しかし見覚えのない姿でいるその怪物に手を伸ばし、身体を覆っているふんわりとした羽毛に触れる。とくんとくんとその奥に流れる血潮を手の平に感じながら、少年はそれをよく聞こうと耳を押し付けた。自分がなんだったのか、彼女がなんだったのかもまだよく思い出せないので、ひとまず目を閉じてその音に耳を傾ける。少女の号哭はまだ響いていた。

    **

    化け物は笑っている。笑って笑って、そうしながら町の中を練り歩いていた。人の目を惹きつけ狂わせて、パレードのように追従する人々を増やしながら、それは四本の脚で歩いている。

    「チコーニャ!」

    その狂乱の前に、一人の青年が躍り出た。名を呼ばれた怪物はぴたりと足を止めて首を傾げる。笑みを絶やさぬまま、未だ潰れていない右の眼を大きく見開いて、それは青年を見つめた。カノープスという名の青年は、バイザー越しに苦し気な顔をする。

    「……何故、プロキオンを殺したのですか」

    ぱちり、ぱちり。それが無垢な子供のように不思議そうな瞬きを繰り返すので、カノープスはもう一度同じ問いを投げかけようとした。しかしそれより早くそれは声を上げる。

    「殺した。それは違いますよ、カノープスさん。私のお腹の中に入れてあげたんです。だってかみさまはそれを望んでいたんです。こうなることに救いを見出していたんです。」
    「……な、」
    「チコーニャについてきたみんなもそう。チコーニャのお腹の中に入りたくて、一生懸命ついてきているんです。ああそれともカノープスさんも私のお腹の中に入りたいんですか?それじゃあ駄目ですよ、順番抜かしは。ちゃんと並んでいる子たちが可哀想でしょう」

    正気だった頃、少女がまだまともに頭を動かしていた頃、お菓子が欲しいあまりに順番を抜かした子供を叱っていた、その顔と全く同じ顔で化け物が言うものだから、カノープスは何かが喉の奥に込み上げてくるのを感じる。もうどうしようもなかった。それは自らの恩人である青年を喰い殺した化け物であり、しかし純粋に彼を慕って役に立ちたいのだと笑っていた少女その人であった。頭の中がぐちゃぐちゃのまま、ただ剣を握る。いずれにせよ、止めなければならない。少女がこれ以上罪を犯す前に。ただ日常を生きていた無辜の民が犠牲になる前に。
    そして何より、彼女の中に巣食う狂気そのものを殺すために。

    「……せめてその魂が還れるように……私が、斬る。」

    ざり、と、青年の靴が地面を踏みしめる。きゅるりと少女の瞳孔が狭まった。同時に青年に雪崩込むように人が掴みかかる。縋ろうとするように伸ばされた手をかわし、人の間を縫って少女の攻撃から逃れながら少女に迫った。人波に飲まれた青年を探し出すことが出来ず、同時に攻撃もできない。
    やがて人の波から飛び出してきたカノープスを、民間人が阻む。咄嗟に逸らした剣筋が、それでも深く羽毛を巻き込んで翼を引き裂いた。

    「いたい!」

    少女の悲鳴が響いた。とんと着地し、くるりと振り向いて、カノープスは怪物が大粒の涙を零しているのを見る。

    「ぐす、……いたいよぉ……」
    「……チコーニャ、」
    「ひどい、ひどいひどいひどい……わたしはただみんなのために頑張ってるだけなのに」

    ぽたり。血の雫が地面に落ちる。カノープスは剣を握り直し、口を開こうとした。
    ――その瞬間、花が咲いた。ふわりと甘い香りが周囲に香る。それは精神の強い人間でなければ侵され思考をぼかされてしまうような、魔性の蜜の香りだった。

    「あは。」

    足元に咲いた大きな花を見て少女が笑う。少女の血が種となり、花が咲く。――芽吹いてしまった。

    「あはは、あはははっ、あははははは!!!そっか、そっかあ!嬉しい嬉しい嬉しい!!!おいで!おいで!!“生まれておいで”!」

    カノープスは何かを察知して咄嗟に花に近づいた人間の首根っこを掴み引き離す。
    ずるり。ずるり。何かが生まれる。悍ましい怪物が生まれる。それはかつての竜の姿によく似ていて、それでいてどこか自然に生まれた生命体としては歪な姿をしていた。どろどろに溶けた顔面で、それが鳴く。可愛さの欠片もない金切り声が聞こえた。

    「こ、れは」

    つうと冷や汗が首筋を伝う。これは存在してはいけない物だと誰が見てもわかる姿のそれが、近くにいた人間に飛び掛かろうとするのを見て、一瞬反応が遅れたカノープスが手を伸ばした。届かない、さあと血の気が引くのを感じる。一人でもこれ以上犠牲を増やした瞬間に、彼女を救うことは二度と叶わなくなるというのに――目の前で血が飛び散った。しかしそれは人間のそれではなく、竜の頭が弾けたことによって地面にまき散らされたものだった。

    「……は、この矢は、幽谷の……?」

    竜もどきの頭を貫いて、一本の枝矢が地面に突き刺さっている。

    「……だあれ?」
    「御機嫌よう、チコーニャ。随分と様相が変わりましたね」

    カノープスの隣にふわりと着地して、麗しい見目の女性が赤い双眸を細める。

    「ユーダリル……」
    「ええ、事情をしっかりと把握しているわけではございませんが……獣に堕ちてしまった以上、彼女は幽谷……そして僕の獲物です。」

    獣に堕ちてしまった。その一言にカノープスがぐ、と身を強張らせる。理解していたはずでも、納得はできていないのだ。少女は見開いた瞳をただ黙って二人に向けていたが、やがてにこりと口を三日月状にしならせる。

    「もしかして、遊んでくれるの?」
    「言い方を変えるなら、そういうことになりますね」
    「そっか……じゃあ沢山遊ぼう!それで遊び疲れたら、チコーニャが大事にしまってあげますね!」

    周囲の民間人が一斉に二人を見た。雪崩のように迫るそれに咄嗟に後退しながらカノープスは対処を考える。下手に攻撃をすると、先のように民間人が自ら壁となるだろうことが容易に想像できた。人の壁の後ろで、チコーニャが嬉々として自分の腕を掻き切るのが見える。ぼたぼたと勢いよく零れ落ちる血の中からいくつも花の蕾が現れるのを見ながら、この数の民間人を守り、時に彼らをいなしながら先の竜やチコーニャの相手をするというのは、かなり骨の折れる行為だと眉を寄せる。ユーダリルもそれに気づいているのか、少し目を細めた後に猟犬としての姿に転身をした。

    『彼らの保護は僕と幽谷にお任せを。完了次第こちらの戦闘に助力しに参ります』

    ユーダリルが大きく吠える。それで一瞬民間人が怯むのが見えた。続いてチコーニャと民間人の間に猟犬の群が飛び出してくる。魅了されているとはいえ恐怖心を煽られるその光景に、民間人が後ずさっていく。猟犬たちはわざと威圧するように唸り、吠え、彼らが逃げ出すと追い立てるように動いた。普段の狩りの応用だろう、見る見るうちに民間人が戦線から引き離され、囲まれていく。
    それを背に、カノープスは再びチコーニャに向き直った。チコーニャの足元にある蕾は次々花開き、彼女に似た悍ましい獣竜の子供たちを産み落とす。

    「……チコーニャ」
    「ふふ、ふふふ!カノープスさんはおにいちゃんだからたくさん遊んであげてくださいね!」

    無邪気な笑顔でチコーニャがそう言って笑った。獣竜は一声吠えると一斉にカノープスを囲み、彼を食いちぎろうとじゃれつくように飛び掛かってくる。その瞬間、カノープスの腕が閃いた。獣竜の首が飛ぶ。胴体が崩れ落ち、びしゃりと音がする。カノープスはそれを気にせず、次々と襲い来る獣竜を切り伏せていった。しかし、首のないはずのそれがずるり、と動くのを見て目を見開く。チコーニャには高い再生力があったことをふと思い出し、たらりと頬を冷や汗が伝うのを感じた。あっという間に切断面をくっつけて、それが再び立ち上がる。

    「……」

    ちらりと自らの握りしめた剣に目を向けた。概念破壊の力を使えば間違いなく仕留められるだろう。しかしそれをするにはデメリットがあまりに多すぎる。どうしたものかと苦々しく思っていれば、ぴたりと獣竜の動きが止まった。

    「……?何だ……?」

    獣竜たちは戸惑ったように母体の方を見ていたり、落ち着きなくその場でくるくると回ったりしている。心配するように鳴く声も聞こえた。見れば、チコーニャは歪な両手で頭を抱え、苦しむように身悶えていた。

    「……こ、ろして」
    「チコーニャ、あなた正気が……」
    「どうか、ころして、ください……たすけて……」

    涙ながらに、けれど明確に正気を保って、少女がそう言うのを聞いた。カノープスがそれに何か行動を起こすよりも先に、彼女が顔を上げる。彼女の理性はそれでも狂気に勝つには至らない。ぼろぼろ泣きながら笑っているのを見ながら、カノープスはぐ、と唇を噛む。しかし希望は見えた。彼女は救える、それが知れただけ大きい。

    「絶対に助けてみせます、だから頑張って、チコーニャ!」

    強い意思を持ってそう叫ぶ。その為にはまず彼女を囲い守るようにいる獣竜たちをどうにかする必要があった。獣竜たちは首を落とされても問題がないほどの自己治癒能力を保有している。ならば、どうするか?
    ――ならば。カノープスは剣を振るい獣竜たちの攻撃を退けつつ思考した。回復できないくらいに切り刻めば良い。カノープスの意識に呼応し、武器が姿を変える。より早く、より鋭く――それは鉤爪へと姿を変えた。まるで舞を踊るようにカノープスが動く。しなやかに、美しく。されどその刃は的確に獣竜を捉え、細切れの肉片へ変えていく。幸いチコーニャと違い彼らは増殖能力を持たないようで、切り刻まれた肉片はただそこに肉片としてあるのみだった。案の定再生もしない。単純だがしかし効果的な対処法だ。端末越しに片割れが何かを指示するのが聞こえたが、獣竜の咆哮によりそれを言葉として認識することができない。
    背後から飛び掛かってくる気配に振り向き、しかしそれが黒い長毛の猟犬に牙を突き立てられ、そのまま地面に叩きつけられるのを見る。

    「助かりました、ユーダリル」
    『いえいえ。お待たせしました、戦況はどうでしょう?』
    「チコーニャに正気がまだ残っていることがわかりました」
    『ほう?』

    襲い来る獣竜をいなし、時にはひき肉にしながら先の出来事を説明する。それを聞けばユーダリルは考え込むような沈黙をした後になるほど、と声を上げた。

    『つまり、剣の力を使うのですね』
    「ええ、そうすれば解決するはずです。ただ……」
    『ただ?』

    カノープスが言葉を切る。続いて飛び掛かってきた獣竜を矢が刺し貫くのを目撃した。幽谷もまたこの場にいるらしい。狙撃に徹するつもりなのか姿は見えないが。チコーニャが再び腕を掻き切るのを見ながら、カノープスが目を細める。

    「竜が邪魔でチコーニャの元に行けません。剣の力を発動させるのに必要な時間も……、竜を殺して減らしてもチコーニャがああして産み落としてしまうようだし、かといってチコーニャの血が足りなくなるまで待つわけにはいきません。」
    『ならば、僕と幽谷が彼らを引きつけましょう。その間に準備を。それが整いましたら、我々が道を開きます』
    「わかりました、背中を預けます」
    『お任せください』

    カノープスが後ろに下がる。追い縋ろうとする獣竜の前に、ユーダリル率いる猟犬の群れが立ち塞がった。繋がったままの端末越しに、カノープスが片割れであるシリウスに儀式の要請をする。そうしながら、けして警戒は怠らずに猟犬たちの背中を見た。
    獣竜たちが吠え、威嚇するのと同時に猟犬たちは彼らに飛び掛かる。狩猟の経験が豊富な猟犬たちと違い、ただ産み落とされただけの幼竜たちが敵うはずもなく。猟犬の牙や爪が彼らを引き裂き蹂躙していった。カノープスの言った通り細切れにして、着実に殺していく。しかし、獣竜とはいえ曲がりなりにも竜。知能自体は高く、猟犬たちとの戦闘により少しずつ学習していき彼らの攻撃が猟犬たちに届くようになっていく。時間をかけるのはまずいだろう。うち数体がついに群れを抜け、それを幽谷が撃ちぬき磔にした。地面に血をまき散らしながら尚も動こうと地面を引っかくその脚が、矢から伸びた枝に飲まれ見えなくなっていく。

    《――準備完了。いつでも発動できる。》
    「……!了解!ユーダリル、幽谷!準備が整いました!援護をお願いします!」

    カノープスの言葉に、獣竜たちが反応を示した。何かが来る。自分たちの母を害する何かが来る、そう判断した獣竜たちが一斉に大きく吠えた。突然攻撃をやめた彼らに、猟犬たちが戸惑いを見せる。ぱちり、空気が弾けるのを聞いた。ユーダリルは毛が逆立つような感覚を感じる。
    続いて落ちる轟音と視界を染め上げる真白の光に一瞬意識が遠のいた。視界がゆっくりと回復していく。猟犬たちは辛うじて立っていたものの、全身がしびれて動けない状態にまで追い込まれていた。それでもその程度で済んでいるのは幽谷の領域展開が間に合ったためであった。その証拠に、獣であると判定された獣竜たちは地面に縫い付けられたように伏せ、唸り声を上げている。

    『……カノープス、行ってください。もう貴方を妨げるものはありません』

    静かにユーダリルがそういうのを聞いて、カノープスは頷く。倒れ伏す獣竜の群を抜けて、一歩。者剣に疑似記憶を焚べる。二歩。者剣の姿が揺らぐ。三歩。それは本来の形態へと変化した。四歩。

    「……チコーニャ」

    チコーニャは座り込んで地面に両手をついていた。身体を覆いつくすほど伸びた髪の隙間から、琥珀色の瞳が呆けたようにカノープスを見ている。

    「今、助けます」

    そうしてゆっくりと振り上げられるその腕に、チコーニャはほうと息を吐いて目を閉じた。

    **

    「プロキオンの中にある、旧き血と奇跡的に適応した様だな、竜の一族よ。」

    チコーニャはただ静かに目の前の青年を見た。記憶の中の様子とは随分雰囲気が違っていたが、そんなことは些細な問題である。チコーニャは何も言わずに言葉の続きを待った。特に何も聞いてこないチコーニャに、シリウスはそのまま話を続ける。

    「その力があれば単独での異界渡りも可能だろう。異界を渡るか、贖罪のために戦い続けるかはお前の自由だ」

    贖罪。ふ、とチコーニャが薄く笑う。そうだ、犯してしまった罪は贖わねばならない。ぼんやりと、そのために自分は生かされたのだろうと思っていた。チコーニャの笑いと沈黙をどう思ったか、シリウスは目を細める。

    「ただしその旧き血と適合したということは、いずれ大元である旧き邪神の元へ還る。発狂し異形となる未来は免れない」

    だからあの人は死にたかったのだろうか、とチコーニャはどこかホッとしていた青年の顔を思い浮かべた。チコーニャに食われることを悟った時に、優しいあの人は君を怪物にできないと言っていたから、そうなることを知っていたのだろう。そしてその残酷な未来を、チコーニャに押し付けるつもりなどこれっぽっちもなかったのだろう。あんなに悲しい顔をさせるつもりはなかったのにな、と彼女は視線を落とした。

    「旧き血は旧き血にしか払えない。ここにいればお前がそうなる前に処分する手段はある。」

    但し、その前に贖罪をしてもらうことにはなるが、とシリウスが言った。やはりまだ幕引きは許されていないのだとチコーニャは目を閉じる。

    「……最初から、答えは決まっています。チコーニャは……罪を贖わねばなりません」
    「そうか。質問は以上だ。……それじゃあ、ゆっくり休むんだぞ」

    椅子から立ちあがり、シリウスが部屋から出て行った。それを見送り、チコーニャはただ自分の両手に視線を落とす。歪なままの両手が、とても醜く思えた。
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