「待ちやがれそこのガキ!」
白い髪に黒いメッシュの入った、独特な髪色の少女が人波の中を掻き分けていく。その子供があまりに足が速いので、青年はその姿がどんどん離れていくことに焦りを覚えていた。簡単に捕まえられる、と思っていただけに、一層焦っている。この場所は所謂法に触れるようなことばかり行っている場所で、更に子供の手に見慣れたファイルがあったものだから、それが衆目に晒されてはまずいと青年はひたすら追いかけていた。
子供が曲がり角を曲がる。やがてぱたん、と扉が閉まる音がして、青年は一番手前側の扉を勢いよく開いた。
「もう逃げ場はないぞ、!?」
彼の目に飛び込んできたのは一組の男女。逢瀬の最中だろうか、テーブルの上に座らされた女性のドレスを捲りあげながら男の手が怪しく撫でている。ちゅ、と僅かなリップ音と共に唇を離し、長い前髪から覗く赤い瞳がじぃっと青年を見た。
「すっ、すみません!!」
素っ頓狂な声を上げて青年が部屋から飛び出し走り去っていく。閉じた扉を暫し眺め、ぴこんとリリーは耳を動かした。先ほどまでの怪しげな空気はどこへやら、ドグマは一仕事終えた、というような顔でリリーから離れる。捲り上げられたドレスを直しながら、リリーはちらりとテーブルを見やった。
「……もういいんじゃない、チコーニャ」
もぞ、とテーブルクロスから子供……もとい、幼体の姿をしたチコーニャが這い出てくる。
「証拠は取れたの?」
「まあ……。」
「あら、目的は達成したのに変な顔するじゃない。どうしたの?」
チコーニャは何とも言えない顔のままリリーとドグマを交互に見た。既にドグマの手はリリーの腿から離れているが、とはいえキスはしっかりとしていたし、とチコーニャは何とも言えない顔をしている。
チコーニャは隠密行動が苦手である。故に協力しろとは言ったが、自分が言ったのは何かしら騒ぎを起こすなどして注意を引いてほしい、ということだったのだ。それがまさか、こんな方法でどうにかするとは思ってもおらず、チコーニャはこめかみを揉む。
「……ともかく、自分はこのまま成体の姿で出て行くつもりっすけど」
どうします、と二人を見る。そう、とリリーは首を傾げ、ちらりとドグマを見た。
「私はそのまま帰るけど、遊ばないわよね?ドグマも」
「まあなあ。姉さん一人でうろつかせたらばくっと食われそうだし」
「やあねえ、本物のウサギじゃあるまいし。」
いつもの調子で軽口を叩く二人を横目に、チコーニャは一つため息を吐く。これ以上長居をするとこの二人の独特の距離感に神経をすり減らしそうだと思った彼女は、姿を変えるなりそそくさと部屋を出て行った。